「邪魔するならよそで」
そんなこんなで文化祭初日。 空は生徒たちの祈りが通じたか(と、言うかここで雨でも降ったら気象庁で某中学生達によって暴動が起きるだろう)、見事なピーカン晴れ。 時間は一般入場が始まって三十分も立った頃のこと。 「お、やってるやってる」 ひょっこりとが顔をのぞかせたのは、テニス部の屋台。 買出しにも便利な校門付近にかなりのスペースという厚待遇。 加えて豊富な種類と手ごろな値段設定、ちょっとなかで休んでいけるというのが受けたか、開始三十分にしては上々の客足である。 「あ、どうしたんスか、先輩」 入り口で客を捌いていた堀尾が見つけて声をかける。 「やぁ、堀尾君。ちょっと様子を見に来ただけだよ。すごい入りじゃあないか」 「そりゃそーっすよ。なんせ俺たちが出してるんですから!」 ぐっと胸をそらせ得意気な堀尾。 「うん。流石だね」 は素直に賞賛した。 「ところで先輩。何か注文は?」 「あ、いや。私は別に様子を見にきただけで……」 「ちゃあぁんっ!?」 聞き覚えのある声にははっと和んでいた顔を引き締めた。 「うっわ、なにそのカッコ!超にあ、うあっ!?」 飛びつきかけた菊丸を、くるりと身を翻し避ける。菊丸はそのまま店外へ。だが避けたも動きづらい格好のためか足がよろける。 「うぉっ!」 倒れるかと思った体を支えたのは、二本の腕だった。 「バカ。何やってんだ」 「薫ちゃん……」 見上げたそこに眉を寄せた海堂の顔があって、は照れ臭そうに笑いながらその腕から起き上がった。 「ありがと。こけかけた」 「そんな格好じゃあな」 海堂の言ったそんな格好とは、小豆色の小紋にフリル付の真っ白いエプロンをつけた、一見すれば大正時代の女中さんに見えるの姿。 頭にはご丁寧にフリルとリボンのついたカチューシャをつけている。 「あのね、これは……」 「ちゃあん!!」 「わっ!」 がばっと背後から圧し掛かる重圧に、再度よろめきかけたが今度は自力で持ち直す。 「菊丸先輩、重いっ、です……っ!」 「うわぁ〜!可愛い!すっごいかわいいってぇ!!」 菊丸は腕の力を緩めることなく耳元で大声を上げながら、すりすりと髪に頬擦りまでする始末。 は息苦しさに思わず呻いた。 「お褒めの言葉は嬉しいのですがちょぉっと本気で重いです。大石せんぱーい!」 「大石なら自分とこのクラスだヨン」 「うわっ、万事休す!ヘルプだ、薫ちゃん!!」 「っかげん放せ!先輩!!」 「うにゃ〜ん!ヤダやだぁ!」 とっさに助けを求めれば、応じた海堂が菊丸が引き剥がそうとする。 しかし、腕の力は一向に緩まず、万力のような力を持っての首を絞める。 ギブアップとばかりにしめる腕を何度も叩くが、菊丸はまったく気付いてくれない。 そのうち、ゆっくり目の前が暗くなってきた。 「え、い、じ?」 「っ!?」 が本気でオチかけたその時。 引き剥がそうとする海堂も、周囲の好奇の目も介さずなおに体重をかけようとしていた菊丸だったが、背後からのツンドラ気風にその動きは面白いくらい固まった。 間近に浴びたも海堂も、同じく動きを止める。 「何やってるの?ちゃん困ってるよ?いい加減離れようね」 そう優しく言って襟首を掴んで放り投げるその姿に、クラスメイトとしての慈悲など欠片も感じない。 再度店外へご出立なされた菊丸を見送ってから、不二は荒い息をつくへ視線を向けた。 「よく似合ってるよ、ちゃん」 「ありがとうございます、不二先輩」 礼を言っては言っているが、の視線は外でのびている菊丸を案ずるように向っている。 不二は、視線を遮るようにの前に立つと、 「大丈夫だよ、英二は頑丈だから」 「目を回している所を見るとあまり信憑性の無いお言葉なのですが……」 「おー、じゃねぇか」 頬を引きつらせるに向い、作業場からひらひら手を振りながらやってきたのは桃城だった。 じろじろと上から下まで、余す所無くの姿を見てから、一言。 「それ、茶道部のか?」 「うん。茶道部は和風喫茶やってるんだ。それの制服」 「おい、抜け出して平気かよ?」 「へーき。ここみたいに混んでないし、私は結構早くにきて茶請け作ってたから他の人より結構働いているのだよ」 それより、とは顎に手を当て桃城の真似をして、海堂を頭のてっぺんからつま先までじっくり眺め見ると、 「エプロンがよく似合ってカッコいいよ、薫ちゃん」 「なッ!?」 にっこり笑ったの発言に、海堂は瞠目した。 それから、たちまち両耳が赤くなる。 「妙な事ぬかすんじゃねぇ!」 「うわっ!褒めたのに酷い仕打ち!!っと!」 オーバーなリアクションで傷ついたと言うの背後から、再び菊丸が圧し掛かる。 「ちゃーん、俺は、俺は?」 「英二、もう復活したんだ……」 「不二先輩、今の舌打ちは?」 一瞬肌に感じた冷気に、は思わず後ずさる。 そのの前に、桃城が立ちはだかった。 「!何でまず俺をほめねぇんだよ、よりによってマムシが先かぁ!?」 「いや、今褒めようと……」 「マムシ言うな!それにテメェ自分で褒めろって催促すんじゃねぇよ、バカ城!」 「誰がバカだ!!マムシにマムシって言って何が悪いってんだよ、マムシ!!」 「うわーぁ、店員自ら営業妨害だー」 いつものように始まる過激なじゃれ合いを、冷めた目で見つめる。 背中には、コバンザメよろしく菊丸がくっついたままだ。 「ちゃんってばー。俺はー?」 「って言うか先輩たち」 「君たち」 エスカレートしそうな騒ぎに割り込んだ、前後の冷静な声。 「邪魔するならよそで」 開眼した不二の声と完全に座った越前の眼が、その場をシンと静まり返らせた。 「ッたく、何やってんすか」 一悶着あって数分後。 渋る海堂、桃城、菊丸をそれぞれの持ち場に帰らせた不二と越前は、休憩と称して店の脇でをはさみ話をしていた。 「営業妨害もイイとこっすね」 「反省してます」 「反省だけならサルでもできる」 越前の言葉は冷たいがまさしく言ってる事は正論なので、はしゅんと殊勝な態度をとった。 「返す言葉もございません」 「越前、あんまりちゃん苛めないでね」 いいながら、不二はの頭をふわりと撫でる。 白い指がさらさらとの黒髪を梳いた。 「気にしなくていいよ」 優しい言葉と仕草に、沈んでいたの顔も照れ臭そうな笑顔に変わる。 「ありがとうござ、ッてぇ!?」 いきなり肩に重力が掛かり、何事かと思ったら越前が怖い顔で手を引いていた。 「……何かね、リョーマ君」 「先輩、俺のこの格好、どう思う」 「エプロンだね」 「ふざけてる?」 「いや、率直な意見」 いたって真面目なに、越前はムッとしたように質問を追加する。 「じゃなくって似合うかどうかって訊いてんの」 「うん、似合う。可愛いよ」 越前の眉間の皺が増えた。 「っだよ。そうじゃなくってさ……」 ぶつぶつ言いながら手を放し、そっぽを向く越前には不思議な顔をした。 「リョーマ君の顔がくーちゃんみたいだ」 「まだまだだね、越前」 「人のセリフとらないでくださいよ、不二先輩」 交わした視線がバチッと火花を散らす。 間に挟まった状態のは器用にそれを避けると、 「さて、それではそろそろ――――」 「もう帰るんすか」 不二を睨みつけていた越前が慌てて声をかける。 「じゅーぶん、休ませてもらいました。あ、私午後も出てるからお暇ならお立ち寄りを」 「じゃあね」 「ンじゃ、また……」 「うん」 二人に手をふり、帰ろうとしたは小さく声を上げて振り返った。 「リョーマ君、不二先輩」 「なんすか」 「なに?」 「そのカッコ、休日の旦那様って感じで二人とも似合ってますよ」 ひらひらと後ろ手に手を振りながら歩いてゆくに、二人は少々呆気にとられたような顔を見合わせた。 |
あとがき
やっと学園祭当日。 主人公の格好は完全に管理人の趣味です(笑) 可愛いと思いませんか、着物にエプロン!! そしてカチューシャはよくメイドさんがしているようなふりふりのやつに、耳の横に長いリボンのついているようなものとお考えください。 何気に堀尾君、初登場(笑) |