「ってなわけで明日の文化祭」
「冗談だと思いたいね」 綿を手にしては呟いた。 暗幕の垂れ下がった教室は一切人の目も、光も入らない。 唯一時間を知る事が出来るのは壁に掛けられた時計だけ。 それでも、今が夕方か昼かは分からない。 「ここまで秘密にする必要、ある?」 「しらねーよ」 隣で針を動かしていた桃城がやけくそ気味に言った。 「どうせ最終日しかでないのにさ。大げさだよね」 目を細めながら針に糸を通そうとして、は舌を打った。 蛍光灯の光が針に反射して、糸が通りにくい。 「でもま、秘密にしなきゃ意味ねぇだろ。ウチのクラスの場合」 「そうだね。事前に知られたら面白みも何もないからね。でもさ、桃ちゃん大丈夫だった?」 「なにがだよ」 針で刺してしまった親指を舐めて消毒しながら、桃城はのほうを向いた。 「テニス部の人たちから、なんか詮索受けなかった?」 「受けた受けた。英二先輩なんか毎日キューカンチョーみたいにおんなじこと訊いてくんだぜ。何やるんだー、何やるんだーって」 「喋った?」 「まさか。逃げてる」 「そりゃよかった。その調子でがんばれ」 「の方はどうだよ」 「副部長は『予め内容が分かったら面白くないものです』って説明したら『そうか』って、納得してた。くーちゃんは……知ってるしねぇ。生徒会長だもん」 は縫い終わった糸を歯でぷちんと噛み切った。 「部長に会ったんか」 「校内でね。話したのなんて三分ほど。忙しそうだったなぁ〜。テニス部の方には顔出してる?」 「全然。俺が見たのって文化祭で何やるか決めるミーティングの時だけだぜ」 「ほぅ。そういや、テニス部って何やるの?」 「ドリンクバー」 は偏った綿を揉み解す作業を中断して桃城の方を向いた。 「アイデア出したの乾先輩でしょう」 「ビンゴ。なんたらかんたら理由はあったみたいだけど、長すぎて憶えてねぇ」 「野菜汁出す気満々だ」 「だろーな、だろーよ。あの様子じゃあ絶対初日から出す」 と桃城は二人して笑った。 ただ、双方共に文化祭当日に野菜汁がもたらす諸々の事を想像して、わずかに引きつっていた。 「――――桃ちゃん、店に出るのはいつ?」 「一日目の午前と二日目の午後。なんだよ、見にくんのかよ」 「拝ませていただきマス」 「手ぇ合わせんな。は?いつでんだよ」 「一日目は茶道部。二日目は家政部の手伝い」 「――――華道部(本職)は?」 「邪魔だと言われた」 「あー、そっ」 あっさり言った言葉に、桃城は納得顔で頷く。 あの副部長なら言いかねないとでも思っているのだろう。 は諦めきった顔で笑った。 「ま、それならそれでよそをめいっぱい頑張るさ。下手に手ぇ抜いたら副部長に怒られそうだし」 「いよいよ明日だな」 「うん。明日。いっぱいお客さん来るかな?」 不安に表情が曇るに対し、桃城は快活に笑う。 「は転校生だから知らないだろうけど、ウチの文化祭って結構有名なんだぜ。毎年大入り!」 「忙しいのは大歓迎だよ。ヒマよりよっぽどね」 「お、プラス思考だな」 桃城に言葉に、はくすりと笑う。 「おかげさまで。ってなわけで明日の文化祭」 「頑張りますか」 「了解(ラヂャ)」 互いににやりと笑って、手の甲をぶつけ合う音が、薄闇の中で僅かに響いた。 「って、いきなり電気切るな――――!!」 「あんまり二人の世界作ってるもんだからつい……」 |
あとがき
最後のセリフは二人の様子に呆れたクラスメイトという事で。 次回でやっと本題に入ります。 うーん、長かったなぁ……。 |