共有財産

他の誰も持ってない。
二人だけの共有財産。


















「アッ……」
隣を歩いていたが一声上げて、土手を降りる。
「くーちゃん、くーちゃん」
こいこいと手招かれ、手塚も同じように土手を降りた。
そこはいまどき珍しい草の茂る広めの土手で、休日ともなれば子供たちがサッカーの練習などしに来るだろう。
今は人気の無い土手の中央に、はしゃがみ込んでいた。
「見てみて、タンポポ」
嬉しそうに見せるのは、風に揺れて黄色い花を咲かせるタンポポ一輪。
「最近見かけないよねぇ」
が指でちょいちょいと揺らす。
「これ一輪だけか」
「うん、みたい。そうだくーちゃん、覚えてる?」
しゃがみ込んでいたが、イタズラそうな目で手塚を見上げた。
「タンポポの指輪」
「ああ……」
の言葉と手塚の中で一緒に記憶が蘇る。
「確かお前が幼稚園の年中で……」
「くーちゃんが年長さん。懐かしいね」
ふわりとは笑う。
あの頃とおなじ、どこか暖かさを感じる笑みで。















「私が、おばさんにタンポポの首飾りと指輪の作り方教えてもらって」
「家に帰ったら縁側中にタンポポが巻き散らかされていた」
「たくさん作って驚かせたかったのに、くーちゃんその日に限って早く帰ってきちゃうんだから……」
「しょうがないだろう、土曜日で午前中のみだったんだ。だが驚いた事は驚いた。沓脱の上まで茎が散乱してたからな」
「もぉ。……で、やっと指輪が二個と王冠が一個できて」
「あの時、手伝ってやろうとしたのにお前が強情を張るから、昼食を食べ損ねた」
「自分一人で作りたかったんですー。で、その後タンスの中からまだ新しいシーツを取り出して結婚式ごっこ」
「頭からシーツを被ったお前の姿は、今思い出しても外国の子供向けアニメの幽霊だ」
「くーちゃんだって、幼稚園の制服におじさんのネクタイ、変だったよ」
「神父役がいないから二人で交互に誓いの言葉を言って」
「“健やかなる時も病む時も、共にあることを誓います”だっけ?あの時私、“病む時”っててっきり“止める事”だと思ってたよ」
「お前らしいな」
「うん。自分でもそう思う」













春の日。
ひばりの声。
草の匂い。
真っ白なシーツ。
お互いの指には不恰好なほど大きな黄色い花の指輪をはめて。
どこかくすぐったいような気持ちで、テレビの中の神父と同じ言葉をなぞっていた。
それがどういう意味かも知らず。
ただ、憧れだけを抱いて。
















「誓いのキスの手前でゴッコは終わり。あの時は酷かったね」
「ああ。いきなりお祖父さんが帰ってきて」
「しょうがないよ。今朝掃除したばっかりだっていう廊下は草の汁でべたべた」
「シーツもネクタイも汚れた手で触ったせいか見事に草の色に染まってたからな」
「その後道場に連れて行かれて」
「一時間正座」
その時のことを思い出し、は大きく溜息を吐いた。
「私は五分で音を上げたのに、くーちゃんってば三十分も平気な顔してるんだもん」
「日ごろから鍛えていたからな」
「ずるい」
は口を尖らせる。
手塚は、そんなを見下ろしながら、呆れた口調で、
「なにがだ。そして一時間たった頃やっと禁がとけて」
「おばさんが呼びにきてくれたときは泣きそうになったよ〜」
「本当に泣いてなかったか?」
「泣いてません〜」
「そうか」
「……ね、くーちゃん」
「なんだ」
「案外憶えてるもんだね、昔の事」
「当然だろう」
至極当たり前のように手塚は言い放つ。
「そうだね……」
自分でも驚くほど、鮮やかに思い出される記憶たち。
それは何物にも代えがたい、二人だけの共有する財産だ。
「ねぇ、くーちゃん」
「何だ」
「家帰ったらさ、アルバム見ようよ。なんだか昔話したくなってきた」
「――――考えておこう」
見上げた幼馴染の、変わらない表情の奥に僅かな照れを見つけて、はクスリと笑みを浮かべた。






















「ち、近づけない……」
土手の上から、桃城が呆然とした声を出す。
「部長たち、俺らも一緒に帰ってるって事忘れてるんじゃないか……?
口から得体の知れない息を吐きながら、海堂も呟く。
「手塚ずるい〜!」
菊丸が地団駄を踏む。
「幼馴染の本領発揮といった所か、面白い……」
夕日に眼鏡を光らせ、乾がノートを取り出す。
「ムカツク……」
越前は舌打せんばかりの勢いで眼下を睨みつけている。
「ハハハ、ふ、二人とも本当に仲いいよね〜」
河村が場を和めようと殊更のん気な感想を言う。
「日本の法律って、確か呪殺は咎められないんだったっけ……?
不二がカバンの中から藁人形と五寸釘を取り出す。
「手塚……さん……頼むからこの状況に気づいてくれ……っ!!
大石が万力でねじ切られるような痛みに耐えながら懇願する。
――――土手の上では、マラソン中のどこかの野球部員たちがテニス部を包む雰囲気に通り過ぎる事ができず、ずっと手前で足踏みをしているという、異様な光景が繰り広げられていた。

あとがき

バカップル?
いえ、ただの幼馴染(最後のあがき)
見事に会話文が大部分を占めています。
やっぱこういう思い出があるのが幼馴染の強みですよね。
でも願わくば、不二が日本の伝統を行使するまえに気づいていただきたいものです、手塚部長。
確実に命の危機だから(爆)

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