SAKURAドロップス

この町での最後の記憶は、桜並木とキレイな微笑み。
ただそれだけ、ただそれだけだった……。



俺との付き合いは、が母親の腹の中にいる頃からだという。
はっきり言ってそんな赤ん坊のころなんて記憶にないが、生まれたばかりのの隣に自分がいる写真を見せられれば納得するしかない。
祖父同士が友人で、家族ぐるみの付き合いをしていたが、どういったわけかの母親の記憶は朧にしか残っていない。
とにかく忙しい人で、会ったのすら両手で数えられるほどだろう。
そのせいか、はよく俺の家に預けられる事が多かった。
だいたい幼稚園から帰れば、玄関先でが待っている。
時には母が俺を迎えに来た後、も一緒に連れて帰ることもしばしばあった。
休みともなれば泊まりに来る。
家族ぐるみというより、すでに家族そのものなつきあいの為か、は自分の家にいるよりも、俺の家にいた時間のほうが多かったのではないかと思うほどだ。
それに、兄弟の居ない俺にとって、の存在は『妹』代わりだったのかもしれない。
字の読み書きを教えたのも俺。
自転車の乗り方を教えたのも俺。
泳ぎ方を教えたのも俺。
迷子になったとき探すのも俺。
特に迷子になってやっと見つけたとき、それまでの不安そうな顔を一変させて、嬉しそうに笑う。
どんなに鬱陶しがっても、まっすぐな視線を向けて、手を伸ばす。
だからいつも――――俺はその手を掴む。
繋いだ手は暖かくて、手放せないから。
だから、そばにいるのが当たり前。




同じ道を。
同じ時を。
すこしずれるテンポで。
歩む。
共有する。
呼吸する。
それが日常。




その当たり前が崩されたのは俺が小学四年、が小学三年の頃。
――――が突然転校する事になった。
母親の都合らしいとは聞いていたが、それにしても突然だった。
聞かされてから、引越しの準備やらでドタバタしてと会えないままとうとう引越し当日。
桜の花もいくつか満開を向かえ、気の早い樹は散り始めようとしている四月のはじめ。
「もう行くのか」
「うん」
エンジンのかかった車にの母親が乗り込む。
すこし風が出ていた。
桜の樹がざわざわと揺れ、向かい合う俺たちを遮断するように桜の花弁が舞う。
「くーちゃん」
「何だ」
「またね」
「ああ」
泣きもせず。互いに微笑を返す。
まるでいつものように、普段どおり、は手を振った。
風に踊る薄紅の花弁。
の乗り込んだ車が去っていく。
俺は車の影が去るまでその場から動かなかった。
あれは暖かな春の日。
俺の肩に、まるで雪のように桜色の花が積もった、四月の頃。
散り急ぐ桜花≪ハナ≫のように儚い笑みだけ、俺の目蓋に焼きついた。








どんどんと見慣れた景色が遠のいていく。
道の脇を彩っていた桜の樹が窓から見えなくなって、私は始めて涙を流した。
車の後部座席に蹲りながら。
声を殺して。
私は泣いた。
それが何の涙かは未だに分からないけれど。
この町での最後の記憶は、桜並木とキレイな微笑み。
ただそれだけ、ただそれだけだった……。

あとがき

部長の一人称は非常に難しいです(汗)
一応一番初めと終わりは主人公。
なぜこの時期にこういう話しを書くのか、自分の心情がよく分からない(笑)

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