賑やかな帰路
side―不二 裕太

「何やってんだよ、俺は……」
俺は呆然と呟いた。
今立っているのは、ついさっきまでいたジョギング用に整備された山道じゃなくって、青学の施設の近くだった。
見据えたコートの近くで佇んでいるのは、頭にバンダナみたいにタオルを巻いた作務衣姿だけど間違いない。
この間朝市であったとか言う奴だった。
俯いてるせいか表情までは見えないけど……妙に寂しそうだ。
周りには、誰もいない。
しばらく馬鹿みたいに後姿を見ていると、不意にが振り向いた。
ふと、眼が合う。
そして、
おぉお!裕太くんだー!!
満面の笑みで手を力いっぱい振る。
さっきまでの寂しそうな影なんて微塵も感じない。
「おーい!何やってるのー!?」
その声があんまり大きいもんだから、俺はとりあえず止めさせようとの元へ近づいた。
「大声出すなよ!恥ずかしいなっ」
「あ、ごめん。ところで、裕太君はなにしてるの。偶然?必然?運命?奇遇?遭遇?迷子?」
「どれも違う」
「じゃあ先輩に会いにきたのか。あいにく先輩はランニング中でいないよ」
「でもねぇよ」
「スパイか?」
「ンなわけねぇだろ」
「ははん、やはり迷子――――
だから違うっつってんだろ!!
にやりと笑いながら言われたセリフに力いっぱい否定する。
「ランニングしてたらぐーぜんだよ、ぐーぜん!」
「ランニングか!えらいねー」
くるりと感心したように眼が大きくなる。
それから何か気づいたように俺の後ろを気にしながら、
「一人で?」
「まあな」
「あの人は?」
「あの人?」
堕天使(ルシファー)サマ
一瞬にしてある人物が思いついて、俺はふきだす口を慌てて押さえた。
やっぱ……思いつくのって一人しかいねぇ。
「もしかしてその堕天使サマってのは……」
「聖ルドルフ三年、テニス部の強化組であり、軍師である観月はじめさん」
さも当然の顔をして言い放つ。
フルネームな上にご丁寧な解説つきかよ。
つーかそんな情報どこで仕入れた?
「あの人だったら、不二先輩の居所を瞬時に嗅ぎつけると思ったんだけどなー」
見当が違ったのか、は難しい顔で考え込んだ。
つか、嗅ぎつけるって何だ。嗅ぎつけるってのは。
あの人は、犬じゃねぇぞ!
「……、お前観月さんの事なんだと思ってんだよ」
かの不二先輩と舌戦を繰り広げられる世界唯一の逸材
「……」
なんだそりゃ。
なんてツッコミ入れる気力も抜けていく。
「参考までに訊くけど、お前の中のアニキ像ってどんなだ?」
素なら美人、笑えば天使(エンジェル)、怒る姿は魔王(サタン)サマ
まるでどこかの標語みたいなセリフをテンポをつけて、さらに表情も変えずに言い切った。
本人聞いたら絶対怒るよな……とか思いながらも、的を得ているから笑うに笑えず、されど怒るの怒れず……。
、お前って凄いこと言うな……」
ただ力が抜けていくように感心するしかなかった。
「たまに言われる。でも、私そんなに大人物じゃないよ」
きょとんと、特に変化も無い顔で言われる。
――――こいつ、絶対皮肉とか気づかずに受け流すタイプだ。
初対面から変な奴だとは思ってたんだよ。
いきなり「兄貴を好きだ」とか言い出すし。
しかも、あの言い草だったらきっと本人の前でも言ってるに違いない。
良くも悪くもガキっぽい奴だ。
まぁ、見てたら飽きはしないだろうけど……。
「裕太君?」
「あっ……」
不思議そうに見開かれたの眼に、映りこんだ俺はどこかにやけた顔をしていた。
やべぇな……なんて顔してんだよ、俺。
慌てて顔を引き締めると、はハッとした顔で、
「そだ!ランニング、引き止めてごめんね。行かなくていいの?」
「あ、ああ」
の眼が寂しそうに揺らぐ。
どうせ予定の時間までまだあるんだ。
もっと……話がしたい。
……」
「なにかな?」
「…アニキたち帰るまで、その……話し相手、してやろっか?」
自分でも思っても見ない一言が口をついた。
は信じられなさそうな顔でこっちを見ている。
そのうち、ためらいがちに口が開く。
「……いいの?」
「ああ」
「――――ありがとう!!」
ぱあぁっと花が咲くみたいな笑顔に、俺の顔も自然にほころんだ。
その直後。
なにをしているんです、裕太君
和やかな空気に割ってはいる不機嫌な声。
恐る恐る振り向けばそこにいたのは……
「み、観月さん……」
「まったく……どこで油を売っているかと思えば」
「観月さん、こんにちは」
観月さんの全身からかもし出される不穏な空気なんて何のその。
が脅えた様子もなく挨拶をする。
「おや、あなたは……」
「この間、朝市でお会いしたです」
「そうそう。不二君と越前君と一緒にいた……。今日は彼らはどうしたんです?」
観月さんが人気のないコートに目を滑らす。
「今はみんなランニング中です。今日で帰るから、最後の詰めです」
「そうですか……。それは残念ですね」
観月さんが軽く舌打つ。
俺はこのとき心底青学のメンバーが、もっと言うなら兄貴がいなくてよかったと思った。
ヘタすりゃ……戦争が起こるぞ。
「んふ。いないのならしかたありません。さん……と言いましたね」
「はい」
「伝言をお願いできませんか」
やです
観月さんの言葉をはあっさり遮った。
って、何断ってんだよ!
ほら、観月さんの機嫌が見る間に悪くなってゆく。
「……なぜです」
声のトーンがさっきよりも低い。
俺は情けない事ながら、観月さんから距離をとった。
しかし、真正面で対峙しているはと言うと、平然とした顔で、
「言うのなら直接どうぞ。喧嘩の仲介人なんて、私はごめんです」
「ただ伝言を伝えるだけですよ」
「どうせ喧嘩の売り文句でしょ?」
「あくまで伝言です」
観月さんは粘る。半分、意地になってきているみたいだ。
はまたしてもしらっとした顔で、
「そんなに言いたきゃどうぞ?私は聞きませんけど」
そう言っては耳にふたをする。
「……強情な方ですね」
「よく言われます」
こめかみに青筋を立てる観月さんに、あくまで飄々としている
コイツ……鈍いのか大物なのかどっちだ?
よっぽどを連れ出して逃げてやろうかと思っていたが、そのの一言で流れが変わった。
「それに先輩だったら朝市のすぐ近くのランニングコースにいますよ?こっから走れば五分ほどだし……私に伝言するより直接行ったほうが早いです」
ちょ、!?
なに言い出すんだコイツは!?
わざわざ火種もってってどうすんだよ!!
「……僕に彼の居所を教えてもいいんですか?」
観月さんも目を丸くしている。
ところがはもっと瞠目して、
「えっ、何で?先輩に会いたいんでしょ?」
「僕は不二周助に敵意を持ってますよ?」
「でしょうね」
あっさり頷くなよ。
「だから君は彼に、僕が近づくのがいやなんじゃないですか?」
「違いますよー」
は何でもないことのように言った。
「だって、口げんかで鬱憤晴れるんなら可愛いもんじゃないですか。別にドンパチやるわけじゃないでしょう?だったらさっさと行って、パーっとやらかしてきてくださいな。さぁ、遠慮なさらずに」
「……」
シン……と静まり返る。
ざわざわと風の音だけが聞こえる。
「……あの、行かないんですか?」
おずおずと言い出されたの言葉が、呪縛をとく呪文だった。
「え、いや……」
どう返答していいのか分からない。
しばらく二人の間でどうしようか迷っていると、ふきだす声がした。
声の方をみれば、観月さんがくすくすと口に手を当て笑っているところだった。
「あなた……おかしな事を言いますね」
「よく言われます」
だから、認めるなよ!
「それじゃあまるで喧嘩を推奨しているようですよ?」
「喧嘩の前に"口”をつけてください。喧嘩はだめです。怪我するから」
「――本当に、面白い人だ」
咳払いをして笑いを収めた観月さんだったが、まだ口元に笑みをたたえている。
「興をそがれたので、今日はこの辺で帰りましょう。さん」
「はい」
「これは喧嘩の売り文句でなくたんなる伝言です。お伝え願えますか?」
「本当に売り文句じゃないのなら」
が小さく頷くと、観月さんは艶やかに笑った。
「では『そばにいるからといって安心していないで下さいね?』と、伝えてください」
(ッ!まさか!?)
びっくりして観月さんをみると、普段どおり、艶のある中にもどこかふてぶてしい笑みを浮かべている。
対するは分かっていないらしくきょとんとした顔で、
「どういう意味です?」
「あなたに関することです。裕太君、行きますよ」
「は、ハイ!」
踵を返す観月さんを慌てて追う。
一度振り返ると、はニコニコ笑いながら手を振っていた。
俺はその笑顔に向って思わず、
……厄介な人に気に入られたな……)
そう、同情したのだった。

あとがき

争いになると分かっててあえて場所を教える。
ある意味はた迷惑です、この主人公(汗)

戻る