眠り姫のキス
どんなものの頭上にも等しく朝は訪れる。 そう、たとえどれほど来るな!と願っていても……。 「分かっちゃいるんだけどね……」 と、は部屋の前で呟いた。 現在の時間は起床予定時刻よりも少し早い、午前六時。 そして立っているのは、テニス部一番の寝坊人間越前リョーマ(+桃城)の部屋。 なぜ、がこんな朝早く、彼の部屋の前に仁王立っているのか。 ――――この三日間、リョーマがまともな時間に合宿に現れたことはなかった。 あの小さな体で連日の激しい練習を耐え抜いているのだから当然と同情もしたくはなるが、せめて最後の日くらい時間通りにきてほしい。 お節介かと思うが、一人コート周りをランニングさせられる姿は見ていて忍びない(本人はけっこう平気そうだが) これは自分なりの先輩としての気遣い。 そう割り切り、はドアを開いた。 「……」 ――――しかし、すぐに閉じたくなった。 (何だ、この乱雑ップリは!?) が躊躇うのも無理はない。 ベッドが二つあるだけの簡素だが結構広い部屋に、手塚を除く全テニス部員が思い思いの形で寝転がっていた。 (おおかた宴会でもしてたんだろう) 入り口近くで転がっていたポテトチップスの袋を目の前まで拾い上げて苦笑する。 これだけ元気が有り余っているなら、わざわざ起こしに来なくてもよかったかもしれない。 とはいえ、来てしまったのだから最初の目的をきっちり果たそう。 (これ、私が掃除するんだよね……) は、なるべくゴミを踏まないように注意しながら、部屋へ足を踏み入れた。 そしておもむろに物置から拝借した拡声器を取り出すと、 「Wake up Everybody!」 部屋の窓ガラスも振るわせんばかりに声を張り上げた。 たちまちその辺にしかれた毛布からバネ仕掛けみたいに人間が飛び出す。 「ににゃあぁっ!?な、なになに!?」 「うわっ、火事か!?」 「なんだッてんだ、オイ!」 「……ッ!?」 「さん!?」 「ちゃん、おはよう」 「グッドモーニングです、皆さん。特製モーニングコール、お気に召しました?」 横目に時計を見れば起床予定時刻きっかり。 意味もなく親指を立ててみたくなる。 「なんだよ、びっくりさせんなよぉ〜」 「……鍵、どうした」 いつも以上に目が据わっているのは、眠いためか、はたまた闖入者のせいか。 海堂が問う。 は、問いに答えるため目の前に一房に固まったカギの束をちらつかせた。 「一応マスターキー持ってる。でも必要なかったよ、開いてたから。無用心だねぇ、まったく」 「面目ない……」 大石がぺこりと首を折る。 は苦笑して、 「ま、くーちゃんにばれずに、ついでにゴミだけでも捨ててくれれば私は別にいいですけどね。さて、これで全員起きたかな」 「まだいるよ」 「えっ?」 踵を返しかけたは不二の言葉に立ち止まった。 「……マジ?」 は、先輩方を踏まないように注意しながら近づいた。 部屋の一番奥まった位置。 毛布だか蓑虫なんだか区別のつかない状態でいまだ惰眠を貪っているのは……。 「少年……」 本人の要望により久しく口に出していなかった呼び方がこぼれる。 そして呆れと同時に感心してしまう。 アレほどまでに声を張り上げ、拡声器まで使ったというのに越前は一向に目覚める気配すらなかった。 「さすがは我らが期待のルーキー……」 「それ、関係ないだろ」 感心するに桃城のツッコミ。 「しかしまぁ、よくここまで寝こけれるよにゃ〜」 「ですねぇ」 菊丸の言葉に頷く。 確かに、まさしくこの寝方は凄い。 へたすりゃ震度六の地震にあっても起きないのではないか。 これはまるで……。 「まるで眠り姫か白雪姫じゃない?」 どちらのお姫様も共通点は悪い魔女に騙されて永久の眠りにつかされていること。 このままでは大変なことになってしまう。 誰か早く助けてください……。 と、そこへ颯爽と登場するのは愛する王子様。 悪い魔女めをやっつけて、愛のキスでお姫様の呪いを解く。 そしてめでたしハッピーエンド。 「……」 はくるりと振り向いた。 「誰か慈愛とチャレンジ精神に溢れる王子様は……」 「いないから」 当然ながら誰も名乗り出はしなかった 「おーい、少年。朝だよー!」 は越前の肩を揺すった。 しかし、越前は何度か迷惑そうにうめくばかりで、起きる気配はまったく無い。 はなおも諦めなかった。 「あさー、朝だよぉ。朝ごはん食べて練習行くよー」 「……、その台詞どこの受け売りだ」 「深夜放送のアニメ」 が、桃城の問いにけろっと答えるその横で、不二が越前を覗き込みながら感心していた。 「全然起きないね」 「越前が今の時間帯に起きる確立は40%以下だ」 「諦めて、俺らだけでメシ食ってくるか」 「う〜、でもちゃんと起こさないと……」 あっさり諦める面々を尻目には粘る でなければ、こんな朝早くにわざわざ男の子の部屋に乱入した意味が無い。 「おーい、リョーマくぅん。さっさと起きないと朝ごはん食べ遅れて、またくーちゃんにどやされるよぉ」 「ううぅ〜……」 がくがくと体が擦れんばかりに揺すったためか、やっと越前は薄く目を開いた。 「……?」 くしくしと目を擦る姿が子猫のようで可愛い。 は微笑ましさと安堵からにっこり笑った。 「おはよう」 「Is this a dream……?」 (おお、本場の英語だ) 寝ぼけ声ながら流暢に滑り出された言葉に、思わず感心する。 だが感心している間に、首の後ろに手がかかった。 そして、 「GoodMorning……」 「えっ?」 ちぅっ ……ちぅ? ちぅ。 Chiu…… チュー!? は唇の触れた箇所を押さえて飛びずさった。 「ち、ち、ち……」 顔面が見事に茹で上がる。 こっちはこんなに大変なのに、越前の方はというとまた夢の中。 さらに、なぜか冷房もかかっていないのに、さっきから背後では、足元から冷たい空気が漂っている。 が静かに水面下で大いに慌てていると、後ろからぽんと肩を叩かれた。 「えっ?」 振り向くと、不二が春の木漏れ日のように穏やかに笑っている。 「タカさん」 「あ、うん」 「ふぇ?」 不二が合図したと同時には河村にぬいぐるみみたいに抱きかかえられ、部屋の外へと出された。 「先輩!?」 「ちゃん、先に行っていて。僕らちょっと朝ごはんに遅れるけど、気にしないでね」 ドアの隙間から顔を出した不二がそれだけ言ってドアを閉める。 閉める瞬間、笑顔から影のようなものが覗いたのは気のせいだろうか? とにかくは言われるままその場を後にした。 足元がふらふらとおぼつかないしまだ顔が熱い。 (うぁ〜、初めて男の子にチューされたぁ……。ほっぺだけど) そして食堂に入るなり手塚に顔が赤いことを指摘され、さらに赤面する羽目になるのは別の話。 さらにその後越前がどうなったかは……皆様のご想像にお任せしよう。 |
あとがき
リョーマ寄りなお話し。 必要のない話だったかもしれないけどどうしても書きたかったので。 英語に関してはもう何も言わないでください。 自分の英語能力は幼児並みです…… |