Rainy Memory
| 雨は大嫌い。 音が気持ちをざわつかせ、匂いが思い出を呼び覚ます。 だから。 「大嫌い……」 窓に叩きつけられる水のつぶて。 流れ落ちる痕は、視界を奪う。 一切の音は遮断され、ただ雨が地面を叩きつける音だけが聞こえる。 大きな窓のある廊下は、人口の光で満たされ明るい。 だが、どこかしら暗く感じるのは雨のせいだろうか。 は廊下の窓越しに見える雨を、ただじっと見つめていた。 「……」 声がして振り返る。 そこには幼馴染がいた。 「くーちゃん」 「外を見ているのか」 「うん……」 視線を外に戻すと、気配が近づいてきた。 「雨、まだ止まないかな」 「どうだろうな、山の天気は変わりやすいというし」 「さっさと止んでくれればいいのに……」 視線を眇める。 睨みつけているのは、窓でも、雨でもない。 「機嫌が悪そうだな」 「私、雨嫌い」 はきっぱりといった。 「思い出しちゃう……よね」 「何をだ」 「すごい前のこと」 視線を窓の外に貼り付けたまま。 引き戻される、思い出。 「幼稚園の頃、他のみんなは終わると、すぐにお母さんが来てくれるのに、私だけいっつもお父さんやくーちゃんのおばさんが引き取りにきてくれた。たまに母さんが来てくれるって時もあったけど、そういう時はいつも仕事で遅くなって、私は最後まで残る事が多かった。酷い時なんてすっかり忘れられてる時もあって……」 の視線は昔を見つめるように遠く、虚ろだった。 「しかも忘れられてる時に限って雨が多くてさ。部屋の中はある程度明るいけど、他の部屋も外は真っ暗で音って言ったら外の雨音くらいで……。ほんと、いやだった」 部屋に残っていたはずの友達は、みんな母親の腕に連れられ帰ってゆく。 明日になればまた会うことができる。 それは分かってはいた。 しかし、友達の背中を一人見送るたび、小さな孤独は心に積み重なり、溢れ、やがて体を侵してゆく感覚が――――恐ろしかった。 「思い出すんだ、雨が降るとあの時のこと。だから……雨って嫌い」 刻み込まれた、幼い日の記憶。 思い出す引き金はいつも、雨。 「……」 手塚の困惑気味な声が耳に入る。 は視線を窓から外すと、気の抜けた笑みを向けた。 「ごめんねー、変な愚痴言っちゃって。やっぱ雨の日って調子狂うよ」 けらけら笑って手塚の肩を軽く叩く。 「じゃあ、私、部屋に戻るね」 「あ、ああ……」 手塚の声はどこか引き止めたそうだったけど、はあえて無視して歩き出した。 窓の外は相変わらずの雨。 すこしも止む気配を見せない。 うっそりと重いため息をついて憂うの横顔を、空の閃光が走った。 「ひゃああぁぁ〜ッ!?」 叫び声がしたのはその直後で。 「どうした!?」 「何だよ、何なんだよ、おい!?」 「……廊下かッ」 「今のって先輩!?」 「ちゃん!」 「!」 続々声がした廊下に集まったレギュラー陣が見たものは…… 「う〜……」 珍しく困惑気な乾の腰にしがみつくの姿であった。 「乾、何やってるの?」 不二が目を薄く開いて乾を睨む。 乾は首を振って、 「俺は知らん。いきなりがしがみついてきた」 「おーい、。何やってんだー?」 桃城がの肩を叩く、その瞬間。 「うわぁ〜っ!!」 第二の閃光との悲鳴が廊下に走った。 「……ひょっとして先輩って……」 「手塚、これって……」 「の唯一といっていいほど苦手なものが雷だ」 大石の問いに、眉間に皺を寄せた手塚が答える。 菊丸は何度かと手塚の顔を見合わせると、いきなり噴出した。 「いっがいー。ちゃんにも苦手なものがあったんだぁ」 「私だって人間ですよ!!怖いものの一つや二つや三つや四つ余裕でありますってぇのっ!!っつーか雨降ったら雷鳴るじゃん。何でこんな単純な連想ゲームに気づかなかったんだあぁ!?」 悲鳴とも雄たけびともつかない声を上げてますます乾にしがみつく。 乾のシャツはすでに涙と鼻水で無残な状態にある。 「乾先輩、離れてよ」 「俺が離れないんじゃなくてが離れないんだ」 戸惑いながらもどこか嬉しそうな乾に、他の面々の機嫌が悪くなる。 そして場の雰囲気を悪化させている張本人はというと…… 「ふえぇ〜、やっぱ雨なんか嫌いだぁぁ〜……」 ぼろぼろ泣きながら震えていた。 ――――結局三十分後、雷の遠のくまでとレギュラー陣一同はその場から動く事ができなかったと言う。 |
あとがき
| 結局最後はギャグで落とすと(笑) 書き始めた最初は実は手塚メインでした。 でもそれじゃあ最後までシリアスになっちゃうからもう一本出ていたアイデアに方向転換。 やはりギャグは書きやすいです。 |