再会先で昼食を。
「あれ?」 合宿に着いてまず最初の仕事―使用するシーツの洗濯―を終えたは、建物に戻る途中草陰に潜む何者かを発見した。 どうもレギュラーが練習しているコートを見ているようだ。 そこでふと、の脳裏に竜崎顧問の言葉がよぎる。 “そうそう、。この辺は合宿場としては有名だから、色んな学校が来てる。他の学校の偵察があるかもしれないから十分注意するんだよ” スパイ。 そんなものが本当に居たのか。 は足音を立てないよう、そぅっと人影に近づき、そして、 「デバガメですか?」 「うわあっ!?」 奇襲に仰天したのか、人影はひっくり返る。 その姿に、は既視感を覚えた。 「わッ、わッ、前、前見えないです!?」 は焦るスパイの目を覆っている、ずり落ちたバンダナをひょいと戻す。 すると、そこに現れたのは、零れ落ちそうなほど見開かれた大きな目だった。 「お久しぶり、太一君」 「ダダダダ〜ン!?うわぁっ、さんですぅ〜ッ!?」 にっこり笑うと、太一もまたぱぁっと顔をほころばせた。 「どうしたですか!?何でここにいるです!?」 「テニス部の合宿に身の回りの世話役としてくっついてきました」 「マネージャーさんです……?」 小首を傾げる太一に、は首を横に振ると、 「いや。私はスコアブックすら読めないからね。言い方は雑用係、世話役、小間使い、メイドと色々あるけど要するに家事をやりに来たんだよ。太一君は?」 「あの、僕はマネージャーとして偵察……うぐッ!?」 太一は慌てた様子で自分の口を手で覆った。 その様子が実に愛らしくて、は忍び笑いを禁じえなかった。 「ご苦労、スパイさん。でもここからじゃよく見えないんじゃない?もうちょっと近くに行ってみる?」 「だ、大丈夫です!全然、平気です!あわッ!?」 慌てた拍子にまたバンダナがずり落ちる。 直してやると、バンダナの裾から太一の眼が照れくさそうに笑った。 「、さ〜ん!」 「うわあああっ!?」 太一と談笑している真っ最中、突然背後から呼びかけられ、は奇声を上げた。 とっさに後ろを向けば、そこにいるのは、 「せ、せせ、千石さん!?」 忘れようのない、明るいオレンジ頭がにやけた顔で立っていた。 「いやぁ、こんな女の子の居ない所で合宿なんてついてないと思ってたけど、さんに会えるなんてやっぱオレってラッキー!」 「千石さん!何でここにいるですか!?」 またしてもずり落ちたバンダナを首にぶら下げたまま、太一は指を突きつける。 千石は、非難がましい視線を物ともせずへらへら笑うと、 「うん、俺は自主休憩」 『それはサボり!!』 見事にと太一のツッコミが重なった。 「だめです!早く戻ってください!!」 マネージャーとしての義務感からか、太一は怖い顔をして千石を睨む。 しかし、千石は太一の非難を余裕の態で一蹴すると、 「そういう太一こそ、さんと二人っきりで何やってたんだよ」 「な、ななな、何って……ッ!?」 真っ赤になってドモリまくる太一に、は救いの手を差し出した。 「太一君は、うちの偵察にやってきて隠れていたのを、私が勝手に捕獲してしまいました」 「捕獲……?」 「まぁ、喋っていたら偵察の邪魔をしてしまっていたといいますか……。それじゃあ私、戻るね」 洗濯籠を手に、は立ち上がる。 途端、太一の顔がクシャリと歪んだ。 「え、もう行くですか?」 「もうちょっと話してようよ〜」 「でも、これ以上邪魔しちゃ悪いでしょ?」 「そ、そんな事ないです!!」 太一が思いっきり頭を振る。 千石は、立ち上がったに目線を合わせ、どこか試すような口調で、 「それにいいの、さん。こいつ偵察にきたんだよ、スパイなんだよ?ほっといたらお宅のデータ、盗んじゃうかもしれないよ」 「盗んだって無駄ですよ。今盗まれたって直にそれを上回ってしまいます、うちのテニス部は」 「ずいぶんな自信だね」 「自信で無く、事実です」 はにっこり笑った。 太一の頬がうっすら紅色に染まる。 千石の唇にはどこか楽しそうな笑みが滲んでいた。 「いいよねぇ、やっぱり……」 「はい?」 言われた意味が分からなくて聞き返すが、千石は答えず、代わりににっこり笑って、 「そーいや聞き忘れてたけど、何でさんがここに居るわけ?ひょっとしてテニス部のマネージャー?」 「いえ、私はしがない華道部部員です。部費が少ないと嘆く副部長に、花代一週間分の質草としてテニス部の身の回りの世話をするため売られてきました。ですが取引が成立した今となってはむなしい話です。忘れてください」 言ってるうちに本当に虚しくなってきた。 が一人で軽く落ち込んでいると、千石が明るい口調で、 「じゃあテニス部の世話、一人でやってるの?」 「はい。といっても、まだ着いて一時間ほどですが」 「大変だねー。俺、手伝っちゃおうか?」 『えっ!?』 聞き逃しそうなほどあっさり軽く言われたが、驚いたのはと太一である。 「何言ってるですか、千石さん!!」 「そうですよ!自分のところはいいんですかぁ!?」 「いーの、いいのぉ。どーせ部員はみんな使い物になんないしね」 「……はっ?」 は小首をかしげた。 「実はさ、今朝からテニス部はみぃんな腹壊して寝込んでるんだよね」 「腹……ッ!?な、なんでぇ!?」 仰天するの横で、太一は見る見る縮こまった。 「実はさー、今日の朝食太一が作ったんだけどね、見た目はよかったらしいよ、うん。でも一口食ったらみんなばったばた倒れたらしくて……」 「千石さんは何で無事なんですか?」 「オレ実は寝坊しちゃってさあ〜。いやぁ、ラッキー、ラッキー!」 あっはっはと朗らかに笑う千石と対照的に沈み込んでゆく太一。 は二人の顔を見合わせて……ため息をついた。 「で、どうしてこうなったんだ?」 仏頂面に磨きをかけて、食堂に入ってきた手塚は呟いた。 後ろから続いたレギュラー陣も、皆一様に食堂で甲斐甲斐しく働くイレギュラーを唖然と言った様子で見つめている。 テーブルに昼食の用意をしていたは眉尻を下げて笑いながら、 「いや、ほらね。事情聞いたら自然に『ご飯うちで食べる?』って訊いちゃって、二人ともそれに頷いて。あ、でもタダ飯じゃないよ!食事の用意手伝ってくれたから!!」 必死に弁明した。 (それにこれ以上太一君による被害を増やしたくないし……) その横でニコニコ笑顔の千石は、ポンと軽くの肩を叩く。 「まぁ、困った時はお互い様って言うし。ほら、せっかくさんが作ってくれたんだから冷めないうちに食べようよ」 「なんで君が仕切るの……」 開いた不二の目は、の横で笑う千石を冷たく見据えていた。 そして始まる青学レギュラー陣+αの昼食。 もちろん、最中静かな訳なくって…… 「薫ちゃん、リョーマ君、頼むからこっちを睨むな。太一君が脅えてる」 カレーのスプーンを持ったまま青ざめて固まる太一の横で、が注意すると、二人はバツが悪そうに視線をはずした。 「このサラダうまいねー」 太一を挟んで千石が料理を褒めれば、 「先輩、福神漬けとって」 すかさずリョーマが邪魔をする。 「さってと、おかわりおかわり」 「桃ちゃん、早ッ!?」 「んじゃ、おーれもっと」 「菊丸先輩まで!?」 「育ち盛りだもーん」 にかっと笑って席から立ち上がる。 夕食の分も計算して、気持ち多めに炊いておいた米が持ってくれるかどうか、はなはだ疑問に思えてきた。 思春期の食事光景をハイエナの群れに喩えた近所のオバサンの言葉の意味が、今になって分かる。 目に見えて、自分の食欲が落ちてゆくのを感じながら、は隣を向いた。 「太一君も、遠慮しないでおかわりしていいんだよ」 「は、はいです!」 スプーンを加えたまま頷く太一の様子が、には微笑ましく映った。 そこへ割り込む千石。 「でもさん、料理うまいねー」 「意外ですか?」 聞き返すに千石は頷いて、 「うん、意外、意外。いいなぁ、こういう彼女いたら」 「千石さんならすぐ作れると思いますよ?」 「ほんと!?いやぁ、やる気出てきたなぁ〜」 「頑張ってくださいね!」 「、煽るな……」 の隣で手塚が世界で一人だけ除け者にされたような顔でカレーを口に運んだ。 一見和やかに、だが実は当てこすりの多々ある中昼食は進む。 そんな騒ぎの中で一人は、 (そうだ……。山吹中の人たちにお粥作っていこうかなぁ……) 至極安全な台風の目の中にいた。 |
あとがき
合宿先での再会山吹バージョン。 ってか、太一と千石しか出てませんがな(セルフツッコミ) いまいちギャグが書ききれてないきがします……(汗) ちなみにタイトルの原案は『ティファニーで朝食を』です。 小説も映画も見たことありませんがオードリー・ヘプバーンの美しさはまさに妖精のようだと思う。 |