事の起こりは……
早朝、青学前にバスが一台止まった。 それは今日から四日間という連休を利用した、テニス部レギュラー+コーチが合宿へと向かうためのバス。 出発の時間が近づき、部員も集まり始めたそこへ、テニス部と深く関係なさそうで案外関係ある部外者が現れた。 「さん!?」 大石の驚いた声に一同そちらを向くと、確かにそこにはカバンを手にしたが立っていた。 「どうしたんだ、。こんな所に……」 手塚の訝しげな問いかけに、は柔らかく微笑む。 そして、 「売られてきましたぁっ!!」 『なにぃ!?』 「、お前明日から四日間テニス部の世話やって来い」 「はっ?」 場所は昼休みの華道部部室。 呼びつけられたは、副部長のいきなりの命令に目を点にした。 「えと、それはどういう……」 戸惑いながら事の次第を聞こうとすると、副部長は放り投げるように、 「お前、暇だろ。だから明日から四日間、テニス部の合宿にくっついて、あいつらの世話やって来い」 「――――なんでッ!?」 は驚きのままに立ち上がった。 理不尽だ。副部長に対して何度か無茶苦茶な人だと言う印象を持ったが、ここまで無茶な人だったとは今日この時まで思いもしなかった。 の激昂する様に、副部長はのん気に茶など啜りながら落ち着いて、 「そう、興奮すんなよ」 「する!します!何で私がお世話を!?」 「その理由は四つある」 もったいぶって指をだす副部長に、思わず心中、 (アンタは下手なインテリ探偵か) と突っ込みを入れてしまう。 だがとりあえず落ち着いて事情を聞こうと、は座りなおした。 「明日からの四日間、テニス部の連中は合宿へ行くそうだ」 「それは聞きました」 「だからお前、世話やってこい。以上」 「おちょくってますか!?」 思わず畳に思い切り拳を叩きつける。拍子に、畳の目に詰まった埃が舞い上がった。 副部長は何度か咳き込むと、にやりと笑って手を振る。 「冗談だよ。実は、あいつらが行くところは別にホテルでも民宿でもない。青学の所有する施設だそうだ。で、そこには賄いだのを一切やってくれる人間がいない。だから、お前行ってこい」 副部長の比較的まともな説明を大人しく訊いていたが、やはり納得は出来ない。 「普通そういうのって家政部がやりませんか?」 疑問を口に出せば、副部長はあっさりと、 「ああ、最初はそうだった。でもな、幸か不幸か家政部の連中総勢十名には休日、予定があった」 「そりゃまたご都合のよいことで……」 うそ臭いと思う心中を飾ることなく表に出せば、副部長はまた余裕のある笑みを浮かべた。 「茶々入れんな。これが第一の要因。で、そうすれば、自然他の連中にお鉢が回る。ところが他の運動部もまた、休日は練習だのがあって、マネージャーの貸し出しができない」 「それが第二の要因ですか」 「そういうことだよ、ワトスン君」 「……BSのジェレミー版ホームズがまだ後を引きずってますね」 気取った言い方に、は溜息をつく。 実はここ数日、華道部員達は副部長のホームズかぶれに手を焼いていた。 言葉遣いや仕草を真似するだけならいざ知らず、 ≪ここの壁、なんか死体が埋まってそうだよなー≫ なんて、どこからかつるはしを持ってきた時は、全員で必死に止めたものだ。 しかし、副部長はの複雑な心境など慮る事も無く、恍惚と言った表情で、 「ジェレミーのホームズはいいぞー。こないだDVDをゲットしたばかりだ。……話を続けよう。そうすれば合宿の必要のない文科系に話が来る。だがここで問題が生じた」 突然、過ぎるくらい冷静に戻った副部長に戸惑いながら、は 「問題?」 と繰り返す。 「ああ。まぁ、女子と男子とでは問題自体まったく違うけどな。男子のほうは『何で休みに野郎の世話しなきゃなんねぇんだ』ってぇ理由で全員降りる。女子は女子でこれまた怖いことになった」 「怖い……事?」 重い顔で語る副部長に、は段々と合宿同行にいたる経緯で無く、怪談でも聞いている気になってきた。 「ある意味人間の本能だな。よく思い出せ。テニス部のレギュラー陣って言えばそれぞれ個性はあるものの概ね美形が多い。これを機会にお近づきになりたいなぁって言う女子の間で醜い争奪戦が繰り広げられてるんだよ。その姿はハイエナかはたまたハゲタカか……」 「あ、浅ましい……」 想像してしまったは、あまりの凄惨さに顔を背けた。 副部長は、悟ったような顔で溜息をつくと、 「それも人だよ。で、困り果てたテニス部からの要請で我が華道部のクン、君が選ばれたのだよ。ちなみに見返りは部活に使う花代一週間分だ」 「賄賂もらったのか!?」 今までの説明が頭から吹っ飛ぶような理由に、は再び激怒する。 しかし、取り澄ました顔で副部長は、 「弱小倶楽部の宿命だ。許せ」 と頭を下げた。その厚顔無恥ぶりにはくらくらとめまいを覚える。 「だいたいお前、連中と仲いいんだろ。それに料理得意だって言うし」 「でも、私、実家の家事が……っ!」 それが最後の綱とばかりに縋りつくが、副部長は意地の悪い顔でそれをぶった切る。 「このまんま決まらずにいったら確実にあの逆光めがねが賄いやるぞ。全国を前に阿鼻叫喚地獄絵巻の完成だ。いいのか、友達がそんな目にあっても」 「うっ……」 ぐっと言葉が詰まる。 せっかくの休みだからたまった家事を全部やりたい。 だが副部長の言うとおりなら友人を見捨てるなんてできない。 ――――逡巡する思いは、しばらくたって固まった。 「……分かりました。引き受けましょう」 「サンキュー!恩に着る!!」 満面の笑みを浮かべた副部長がバンバンと両肩を叩く。 その痛みに堪えながら、 「でも、何でわざわざ私に要請が?」 最後までそれがわからず問いかけると、副部長もまた逡巡した後、きっぱりと、 「マチガイが起こらないと判断したんだろ。お前、女として見られてないんじゃないか?」 ――――の手が、傍らの剣山に伸びた。 「ま、そういう訳で」 「大変だったね」 「どーも」 は不二の同情の言葉にぺこりと頭を下げる。 説明自体は簡単だったが、間に茶々や質問を入れられ、終わる頃にはバスはもう目的地に付いていた。 そこは海に近い山の中にあった。 塩の匂いがする初夏の風が心地いい。 施設自体は確かに古臭いが、ある程度は手入れがしてあって、あまり大きな掃除の心配をしなくても済みそうだ。 「部屋割りは各自二人ずつ。はアタシと同じへやだ。昼食は一時半。これから昼食までの時間、練習を始める。全員着替えて五分以内にコートに集合!絶対遅れるんじゃないよ!!」 「えー!ついたばっかなのにぃ」 竜崎顧問の説明に、菊丸を筆頭に不平が起こる。 「黙らんか!いったい何しに合宿に来たと思ってんだい!!」 「あ、そー言えば」 一喝する顧問の隣で、はバスでもらったこの辺のパンフレットを捲りながら、 「さっき乾先輩が大量の野菜と得体の知れない水生生物とミキサーを手に台所へ向かいましたよ」 ――――次の瞬間、二人の目の前からレギュラー達は消えていた。 |
あとがき
主人公、売られるの話(笑) しかしシリーズのシリーズってどうだよ…… 完全ご都合主義だし。 まぁ、温かい目で見守ってください。 |