猫の狂想曲
=capriccio=

放課後、下校する生徒で賑わう青学校門前。
そこへ現れた、制服の一団の中で非常に目立つ存在。
小さく整った白磁の顔。
バランスの良さそうな体躯。
甘い紅茶色の髪と同色の瞳。
そして、そろそろ擦り切れ始めたランドセル。
よもや彼が波乱の種になろうなどと……
誰が予想出来たろう?
















そんな事、露とも知れず練習に勤しむ青学テニス部。
今日も今日とて部活を終えて通う姿あり。
「やぁ、
コートの入り口。
ストップウォッチ片手に出迎えてくれた先輩に、は笑みを向けた。
「こんにちは、乾先輩。みんな精が出ますね」
「ああ。やっぱりコイツのおかげかな?」
そう言って、乾が手に持っているのは毒々しい泡を吐くペナル茶(しかもジョッキサイズ)
「……頑張れ、みんなッ!!
は命がけの形相で走るレギュラーにエールを、そして給水場の横で朽ち果てる屍たちに同情を向けた。
!」
声がしたのは乾にペナル茶を進められ、必死で首を振っていた時で……
「あ、静流さん?」
するはずのない声に、はきょとんと目をむいた。
道の端から、見慣れた可愛らしい子供が走ってくる。
!!」
ぴょこんと抱きつく感触も本物。
だがには訳が分からなかった。
「会いたかったぁ〜、久しぶり!!」
「いや、今朝会ってるから
「じゃあ七時間ぶり
そういう問題でなくて
戸惑いながら律儀にツッコミ返す
それから、少年の体をゆっくり離すと、さっきからの疑問を口にした。
「どうして、静流さんがここに居るんですか?」
に会いたくって、来ちゃったんだ。……めーわくだった?」
「うっ……」
一瞬怯む。
この下から伺うような、物悲しい小動物の視線にどうも弱い。
はゆっくり首を振ると、
「違う、けど……」
「えへへ、よかった!」
少年の寂しげな表情は一変、満面の笑みに変わる。
(あー、もう!可愛いなぁっ!!)
は思わず頭一個分小さい静流の髪をくしゃくしゃと撫でた。
と、そこへ
……先輩……」
ぜいぜいと喘ぎ声も苦しげに、予定週を走り終えた越前がフェンスにもたれかかりながら汗を拭いつつ、
「それ……だ、誰……?」
必死の態で二人の会話に割り込む。
「これ……」
は自分の体に引っ付いている少年を指差し、少し考え込んだ。
(どうしよう、素直に説明すべきか。いや、したらしたで絶対みんな混乱するぞ。そうしたら二度手間だし……。第一信じてもらえるかどうか……)
逡巡するの横で、レギュラーに向かって天使のごとく微笑む静流。
そしてその口から衝撃の台詞が飛び出した。
「はじめまして。僕、の伯父です!!
『――――ッ!?』
――――その一言は、その場に居た人間全ての思考をフリーズさせるには十分な威力であった。
















「……まぁ、簡単に言うとね」
フリーズから五分たって、復活した一同を前には説明を開始した。
横にはニコニコ笑顔で、場を凍りつかせた張本人が寄り添っている。
「この人は母方の祖父の後妻の連れ子、なんだよ」
「それが、にゃんでオジサンに……?」
青ざめたまま、の隣を指差す菊丸には苦笑しながら、
「血は繋がってないけど、私の母親の弟だし。だから戸籍上は叔父なんですよ」
「ちなみに今、小学六年生です。中学受験のためにの家に居候させてもらってます」
にっこり笑顔を崩さない静流。
その姿に、大石はほぅと息をつくと、
「だからさんは彼に敬語を使っているのか」
「ええ。一応叔父さんですし」
「なるほど……なかなか興味深い家庭だな」
さらさらとノートに情報を書き付けていく乾。
「でも、何で静流さんはここが分かって……」
「ねぇ、。僕、のど渇いた」
「えっ?」
突然、静流がそんな事を言い出した。
猫のような気まぐれさは、越前といい勝負かもしれない。
は呆れながら、
「またいきなり……」
「買ってきてよ。お金ならちゃんと払うよ?」
「ジュース買うお金くらい持ってます」
「じゃあ買ってきて。オレンジジュース以外で。僕、お兄ちゃんたちと待ってるから」
「――――」
じーっと見つめる視線。
こうなったら静流は自分の要求が通るまで絶対に引かないだろう。
は深々とため息をつき、
「いいですか、なるべく早く帰りますけど、絶対みんなに迷惑掛けちゃ駄目ですよ」
「ハーイ」
「じゃあ、私いってきます」
お利巧さんな返事に満足したは、走るような速さで自動販売機へ向かった。



















「さ、て、と……」
の背中が見えなくなるまで見送ってから、おもむろに静流は表情を変えた。
先ほどの無邪気な笑顔ではなく、含んだ所のある大人びた微笑。
そしてその笑みを手塚に向けると、
「手塚さん、でいいですよね。ちょっと話があるんですけど……」
「話……?」
手塚の眉間に、訝しげに眉がよる。
の前でするのはちょっとね。他の皆さんもよろしかったら聞いていただけませんか?」
「……」
先ほどとは打って変わった不遜な態度に、返事をするものはいない。
沈黙を肯定と取ったのか、静流はそれまで浮かべていた笑みを消した。
「――――単刀直入に言います。オレ、が好きです」
「なッ……!?」
一同の顔に驚愕が走った。
「な、何言ってんだ、お前ッ!!」
「ホントのことだよ」
真っ赤になって慌てる桃城にあくまで冷静に接する静流に対し、つり上がった目を眇めた越前が、
「ガキの癖に……」
「えらそーに言わないでよ。アンタとはたかがイッコ違いだろ、越前クン」
「ッ、何で俺の名前を……」
見開かれた金色の目に、静流は鼻を鳴らした。
「テニス部レギュラーの名前は全部知ってる。なんせがしょっちゅう話題に出すからね……。それこそ、腹が立つくらい」
「にゃンか……この子さっきと雰囲気変わってない……?」
菊丸が脅えとも畏怖ともつかない視線で静流を見る。
静流は菊丸を冷たく見上げて、
「だっての前でしょっちゅう本性出してたら、怖がっちゃうじゃない」
誰かに似ている……
レギュラー一同の胸に共通の思いがよぎった。
「なんか……生意気だね」
ずいと前に出た『誰かさん』が視線に氷の冷たさを乗せ、静流を睨む。
「ひょっとして彼女にもう近づくなとでも言う気なのかな?」
「察しのいい人は好きですよ」
普通の人間ならここで震え上がるところだが、どうしてどうして、少年は図太く微笑み返した。
「不二さんの言うとおり、にはあんまり近づかないでもらえますか」
「納得いかねぇな。何でテメェにンな事言われなきゃなんねぇんだ」
はオレのだから」
静流はあっさり告げた。
「だって最近の口から出てくんのってミナサンの話ばっかだから。ようするに宣戦布告。危険因子は先に摘み取っておくに限るしね。特に手塚サン」
くるりと手塚の方を向いた静流は、指を突きつけ、
「アンタは特に要注意。六年も離れてたくせに、の根底にはいっつもあんたが居る。幼馴染かなんか知らないけど、絶対負けないから」
手塚はその目に冷たく揺らめく闘志とも決意とも取れない炎を見た。
「アンタは、のことどう思ってるの」
「俺は……」
「ただの幼馴染とか言うんなら、それはそれでいいよ。俺ももう『遠慮』なんかしないし」
「っ……」
挑戦的な言葉に重い手塚の唇が開く。
「――――俺は、」
「ちょっと待った!」
「ッ」
制止の言葉に出掛かった手塚の言葉が止まる。
言葉を聞きそびれた静流は、不快気に眉を寄せた。
「邪魔すんなよ……」
「子供が偉そうに指差しちゃ、いけねぇな、いけねえよ」
「それに、僕らのことも忘れてない?」
普段の口調に重さを乗せて桃城が、微笑の中に暗さを含めて不二が会話に割り込む。
「だいたいなんで部長だけ特別?」
「俺たちも忘れてもらっちゃ困るな……」
「チッ、ガキがナマイキ言ってんじゃねぇよ……」
「オレだってぜーったい負けないもんね!」
越前、乾、海堂、菊丸も同じように割り込む。
大石、河村の両名は、実際動きはしないものの視線だけ、強く静流を見据えてた。
静流は舌を打った。
「ガキはガキなりに真剣なんだよ。だいたい、長く生きてるからって気持ちの強さには関係ない」
殺せそうなほど強い視線で、静流は手塚達を射抜く。
火花でも散りそうなほど強く睨み合う手塚達に、いままで傍観者を決め込んでいた他の部員たちも焦り始める。
何人かが顧問を呼びにいこうとした、その時。
「――――人に指をさすなと教わらなかったですか〜?」
のんびりした口調に全員が振り返る。
と、そこにはジュースの缶を手にしたがいた。
!?」
静流の顔が青ざめる。
すたすたと近づいたは、手にしたジュース缶を静流へ手渡した。
「グレープジュース。これ、好きでしょう?」
「あ、ありがとぉ」
静流は缶を手ににっこりと、だが若干引きつった笑顔を見せる。
、いつからいた」
「ざっと、静流さんのくーちゃんへの宣戦布告あたりから。なんか出るタイミング逃して……」
手塚からの質問に、あっさりは答える。
その答えに、静流の顔からさらに色がなくなった。
「静流さん、校門前で待っててもらえませんか?」
「えっ……」
「一緒に帰りましょう。すぐ行きますから、待っててください」
いつもとなんら変わらぬ口調では言う。
静流はしばらく躊躇った後小さく頷くと、レギュラー陣へのキツイ一瞥を置き土産に走り去った。



















「……ごめんね」
走る静流の背中を見送りながら、は呟いた。
「あの子がなに言ったか知らないけど、ごめんね」
先輩が謝る必要ないっすよ」
「そー、そー。悪ぃのはあのガキだって。が気にすんなよ」
沈む口調に気付いてくれたのか、越前と桃城がフォローを入れてくれる。
「でも、ごめん」
二人のフォローが余計申し訳なく感じて、は深く頭を下げた。
「あの子、本当はすごくいい子なんだ。ちょっと人によって態度変えるところあるけれど……」
「気づいてたの?」
不二がびっくりしたように薄く目を開く。
は頷いて、
「静流さんの猫かぶりには、結構前から気づいてました。でも、あれがあの子の世間から身を守る術だから……」
「術?」
大石の問いに、
「よく知らないけど静流さん、今までも色々大人の都合で振り回されてきたから、自然とああいう態度が身についたんだと思う」
大人の身勝手さを腹立たしく思う気持ちは、にも覚えがある。
そして、それに合わせるしかない子供の無力さも知っている。
「もう、ここにこないようにちゃんと言っておく。だからね、あんまり悪く思わないでほしいんだ。ほんとに、本当にいい子だから……」
「……」
「みんな……」
言葉を無くしたままの一同の姿に、焦りを感じる。
は縋るように幼馴染を見つめた。
「……、早く行かなくていいのか」
「えっ?」
はきょとんと目を向く。
手塚は、いつものように冷静な声で、
「待っているんだろ、お前の叔父が。別に俺は怒っていないから、行ってこい」
「――――うん!ありがとう!!」
は満面の笑みで頷くと、走り出した。


















「……部長、ずるいっすよ」
越前が深く被った帽子の下でぼやく。
「ずるいにゃ〜、手塚ってば美味しいとこどり!」
菊丸がぎゃんぎゃん喚く。
手塚はむっつりと眉を寄せ、
「全員、練習に戻るぞ!!」
騒ぐ面々を部長の威厳でコートへ戻らせた。
しかしその隣で、ずっと黙っていた不二が、ぽつりと口を開く。
「でも、さし当たっての問題はあの子がちゃんと一つ屋根の下に居るってことだよね
突然溢れ出た禍々しいオーラに、全員の歩みが止まる。
「あの子本当に気をつけなきゃ……」
「不二……何考えてるんだ……?」
青ざめて、胃の辺りを押さえた大石の問いかけに、不二は薄く笑っただけで答えとした。





















――――猫かぶり少年のもたらした波乱の種は、とても危険な人に芽吹いたようだ……。

あとがき

オリキャラ登場。
ごめんなさい、好き勝手やってます(汗)
本当は叔父さんのキャラ、もうちょっと違う感じだったんですけどね……
(主人公より年上)
予定通りに進まないのが自分の性格です(笑)

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