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「納得いかねぇなぁ、納得いかねぇよ」 「……何が?」 意味が分からなくて、透は思わず訊き返した。 退屈な授業も終わりを告げて、お昼まで残る授業は後一回。 そんな休み時間に、親しい友人から急に振られたとある疑問。 「なぁんでマムシが『薫ちゃん』で、オレが『桃城君』なんだよ」 珍しくむっつり眉など寄せた桃城に、釣られる形で透も眉を寄せた。 「……わざわざ人の席までやってきた用事がそれ?」 「オレにとっちゃ大事なんだよ」 さらに、頬まで膨らませる桃城。どうにもご立腹らしい。 「なんか、オレよりあいつの方がお前と仲よさそうじゃねぇか」 その指摘に、透は首を横に振る。 「仲は桃城君と同じくらいいいよ。私の一方的な考えかもしれないけど」 「じゃあ何であいつだけちゃん付けだよ」 透は腕を組んで考え込むと、 「ほら、ねぇ。何かカッコいいじゃない、『薫』って名前」 「じゃあオレの『武』って名前はかっこよくねぇのかよ」 「で、なくてね?」 とことん絡む桃城に、透は苦笑した。 前に聞いた事があるが、どうやら桃城と海堂は、入学した時からライバル関係にあるらしい。 透自身、『ライバル』と呼べるような相手がいないので推測するしかないが、こういった些細な事でも対抗心は燃えるようだ。 不可解な友人の行動に、透はまた考え込むが、いいアイデアは浮かばない。 半分途方にくれた気持ちで、 「じゃあどう呼べばいい?」 問えば、まるで待ってましたと言わんばかりに明るく表情を変え、 「桃ちゃん、でいいぜ」 「桃ちゃん……桃ちゃんね」 何度かその名を口の中で転がして違和感が無いのを確認すると、透は頷いた。 「了解(ラヂャ)。じゃあ今度からそう呼ぼう。これでいい?」 「おう!」 桃城が嬉しそうにニカリと笑うと、ちょうどチャイムが鳴った。 自分の席に戻っていく桃城の背中に、透は小首をかしげる。 (でもなんでそんなに拘るんだろう?) 「ねぇ、何で?」 「えっ?」 いきなり訊かれたって分からない。 始まりは放課後。 部活へ行く前授業で借りていた本を図書室まで返しに行くと、本の整理をしている越前と遭遇した。 「どーも」 「やっ、少年。精が出るね」 軽く挨拶を交わすと、越前はあからさまに不機嫌な顔をした。 思わず一瞬引くと、越前は完全に据わった目で睨みつけ、 「ねぇ、何で?」 「えっ?」 これが冒頭のせりふ。 透は突然振られた疑問に、眼を丸くした。 「少年、主語を抜かしちゃいけない」 苦笑しながら言えば、相手は膨れっ面で、 「なんで、先輩オレのこと『少年』って呼ぶンすか」 「いや、何でって……」 そんな事今まで一度も考えたこと無かった。 思わず首を傾げる。 ただ何となく、出会ったときからそう呼んでいただけだ。 今までそれを不思議に思った事が無い。 「なに?そう呼ばれるのは厭かな」 「ヤっすね。ムカツク奴思い出すから」 本の整理を続行しながら越前は口を尖らせる。 透は本を持っていない方の手で頭をかきかき、 「じゃあなんて呼べばいいんだい?」 「そんな事自分で考えてよ」 越前、にべも無い。透は腕を組んで悩みはじめた。 今まで『少年』で慣れてしまったから他に言い方を考えると…… 「越前、越前君、一年、少年君、青少年、越後屋くん、低血圧、子猫チャン、遅れてきたルーキー……」 「別に呼び捨てでもいいっすよ」 「リョーマ?」 変な呼び方のオンパレードにうんざりした顔の越前が提案する。 だが透は自分で言ってから、妙な感じに襲われた。 なんだか首の後ろがぞわぞわする。 「何か、ねぇ。やっぱ『少年』でいいと思うけど……」 「それは絶対、ヤっ」 越前がきっぱり突っぱねる。 透は無理強いもできず、 「……妥協案で『リョーマ君』ってのはどうだ」 「ま、いいんじゃない」 越前は鼻を鳴らして許可を出した。 そういう訳で、新しい呼び方は『リョーマ君』に決定した。 しかし――――。 (何で私は、図書室で彼と呼び方について討論しなきゃいけなかったんだろう……) 廊下に出て考え込みながら、透は部活へと向かう。 その手には、返すはずの本がまだしっかり納まったままだった。 「ちょっと、気になるんだよね」 「はぁ……」 にこやかな美人の笑みを前に、透は呆けた返事しか返せなかった。 自分の部活が終わって、一緒に帰ろうと幼馴染を待っていたときのこと。 いち早く着替え終わったらしい不二が、近づいて開口一番そう言った。 「どうして手塚のことを『くーちゃん』って呼ぶの?」 「……今日は『疑問記念日』ですか」 「にゃに、それ?」 二番手でやってきたのは相変わらず猫語な菊丸。 不二の肩越しに顔を覗かせながら、好奇心丸出しの顔で、 「何にゃに、二人で何話してんの?」 「うん、ちょっとね」 「呼び方に関する一考察、くーちゃん編」 「はっ?」 透の説明になっていない説明に、菊丸が首を傾げる。 透がなおも説明を続けようとした時、クラブハウスの方から、一人の少年が歩いてきた。 「三人とも、何固まってんすか」 「あ、おチビ」 「リョーマ君、早かったね」 「あれ?」 透がひらひらと手を振ると、不二が疑問を挿んだ。 「明日葉さん、いつの間に越前のこと名前呼びになったの?」 「今日の放課後からです」 「えーッ!コイツ、いつの間に~!」 菊丸が越前の頭をがっちり抱え込む。 「何するんスか!菊丸先輩!!」 「おーい、何騒いでんだー」 誰がどう見てもじゃれあっている菊丸と越前を指しながら桃城、後ろから海堂も到着。 「やぁ、おそろいでご到着だね。桃ちゃん、薫ちゃん」 「あれ?ひょっとして桃城も……」 耳聡く不二が気づく。透はにこりと笑って、 「はい。今日の三時間目の休み時間に、本人たっての希望で改名です」 「あーっ!桃もぉ!?ずっるいぞー!!透ちゃん!!」 「はいッ」 やたらテンションの高い菊丸に押されるように返事をすると、 「オレも名前で呼んで!!」 「いいね、じゃあ僕も名前で呼んでいいよ」 「はぁ……?」 いいよ、といわれた所で先輩を名前呼びなんてできなかったが、3-6コンビの言い知れぬ圧力にとうとう透は、 「英二さん、周助、さん……っ」 言い終わった後、一呼吸おいて透は頭を抱え込んだ。 心配してくれたのか、顔を覗きこむ不二が、 「明日葉さん?」 「スイマセン、不二先輩。今現在、自分の中に生まれた何とも言いがたい違和感と格闘中です。しばらくお待ちを……」 「……どうしたんだ」 しばらくして、呆れ顔の手塚がやってきた。 「あぁ、『くーちゃん』」 突然いつものにこやかな笑顔で不二が透のまねをすると、手塚の眉間に必要以上に皺がより、透は思わず腹を抱えて笑い転げ、他はぽかんとしたり吹き出したりした。 千差万別の反応を返す一同を前に、手塚は呆れを夜叉のような顔に代え、 「不二……いったいどう言うつもりだ」 「ちょっとね、気になる事があって」 「ねぇ、くーちゃん」 ようやっと笑い終えた透が目に溜まった涙を拭く。 まだ腹が痛い。透はわななく唇を必死に動かし、 「私がくーちゃんって呼び出したの、たしか私が三つの頃だよね」 「ああ、何度俺の名前を覚えさせようとしてもうまく発音できなくて」 「どうしても『国光』の最後の『つ』が『ちゅ』になっちゃうんだよね」 「しかたがないから好きに呼ばせていたら……」 手塚が軽く嘆息。 「本当に好き勝手に呼ぶようになったな」 「イヤなら今からでも呼び方変えようか。どうせ三つ目だし」 何気なく提案をすれば、手塚が眼鏡の奥の瞳を軽く見張り、 「何が三つ目だ?」 「今日は二つも人の呼び方を変えてみました。だからくーちゃんも『手塚先輩』って変えた方がいい?」 「――――よせ、お前は前にそう呼んで舌を噛んだだろう」 「手塚も透ちゃんには甘いね」 にべも無く却下する手塚に、不二がクスリと笑う。 手塚は笑みから逃れるようによそを向いた。 くすくすと笑っていた透だったが、一連のやり取りに流されかけた言葉をいまさらながら聞きとがめた。 「あの、不二先輩。今透ちゃんって……」 「うん、僕も呼び方変えて見ようと思って……。イヤかな?」 不二の表情がすこし悲しげに歪む。透は慌てて首を横に振ると、 「いえ、好きに呼んでください。どうせなら呼び捨てでもいいですよ?」 「それはもっと先に、ね?」 いたずらっぽく、人差し指を唇に当ててウィンクする不二。 それがまた綺麗でよく似合ってて、透は思わず頬を染めた。 「――――透、帰るぞ」 「あ、うん」 突如手塚に腕を引かれ歩き出す。 その背中がすこし怒っているように見えて、透は逆らおうとしなかった。 「でも、何でみんな呼び方に拘るんですかねぇ……」 それだけは分からないと首を傾げていると、ついてきた不二がいつものにこやかスマイルで、一言。
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あとがき
淡々と、とにかく淡々と。 何だかギャグも少なくて、自分じゃなくて誰か別の人が書いてるような文体ですな。 ちなみにいったい何がかきたかったかと言うと、要するに名前呼びが書きたかったんですよ(正直) |