FirstContact
「……」 草が生い茂り、日当たりも悪くどこかカビ臭い、いかにも学校の裏手な場所。 は建物の壁を背に脅えた顔をみせる愛くるしい子を前に、まさに不良といった金髪少年を足の下に敷いて、なぜこうなったかという数秒前のことを思い出していた。 (確か竜崎先生のお使いで書類渡しにここまで来たんだけど、どう言った訳だか校門にはつかず見たまんま学校の裏の壁に来ちゃってて、ええいどうせ中に入っちまえば学校の敷地内だと意を固めて壁を乗り越えて見たら一瞬目の前にいる子と目が合って、直後ぐしゃって嫌な音がして、そして気がついたら――――人間下敷きにしてる……) 「てんめぇ……」 「うおわぁッ!?」 自分の下から搾り出すようなうめき声がして、は慌てて飛びのいた。 「すんません、すんません、すんません!!まさか下に人がいるだなんて思いもよらずに、すいません!重かったでしょ、私、昨日お鍋作りすぎて食べ過ぎて!本当にごめんなさい!!」 はありったけの声で何度も何度も頭を下げた。 「っち。とっとといけよ」 忌々しそうに舌打ちをして、金髪長髪の少年が睨みつけた。 白の学ランを着ているということはここの生徒だろうか。 (何なんだ、このヤバい雰囲気は) 二人の顔を訝しげに見直したほんの一瞬、はもう一人の子と目が合った。 小鹿のように震え、大きな目には涙さえ溜まっている。 まるで、助けを求めているような…… 「……」 「えっ?」 は無言で脅える子の前に仁王立った。 不良少年の眼が据わる。 「何のつもりだ、テメェ」 「この子、脅えているようですが」 「っせぇな、てめえにゃ関係ねぇだろうが……」 「袖振り合うも多少の縁。何があったかご説明願いましょう」 「ッ……」 奥歯を鳴らす少年に対し、はあくまで冷静に徹した。 「そこどかねぇと怪我するぞッ!」 「納得がいけばどきます」 「マジで怪我してぇみたいだな……」 少年はポケットの中から何かを取り出した。 見せ付けるようにはめられたそれは、僅かな木漏れ日を鈍く跳ね返し光る鉄製のナックルだった。 「骨が砕けたってしらねぇぞ」 「……」 にやつく少年をはただ無言で睨み返す。 (こいつ人を殴った事が無いな……) その証拠に、さっきから脅すように何度も拳を見せびらかしているが、まったく手を出す気配が無い。 だいたいの人間は、少年の風貌とはめられたナックルに恐れをなし逃げ出してしまうのだろう。 だがは動かなかった。動く気すらなかった 「おら……。どけよ」 「……」 「どけっつってんだろうが!コロスぞ、マジでッ!!」 「ど、退いてくださいです。本当に怪我してしまいます!」 庇っている子が震える声で言うが、は彫像のように固まったまま、ただじっと、一言も喋らず相手を睨みつける。 「おい、何だよ……」 次第に相手が焦りだし始める。 額には、脂汗が浮かび始めていた。 「退けって……」 声が剣呑さをさらに帯び始めた。矢先。 「――――退けッ!」 「キャアァッ!?」 「ッ!!」 背後の悲鳴の後、の頭がわずかに揺れた。 掠めたナックルが頬に三筋、赤い線を引く。 だがそれでも、は動くことなく無言で少年を睨みつけた。 避けた箇所が、いまさらながら熱を持つ。 逆に少年の方が化け物でも見たみたいに震え始めた。 「て、テメェ……」 「――――誰だ」 出口から低音の声が掛けられた。 不良少年が入り口の方を見て、青ざめる。は、ただその様をじっと見ていた。 「――――阿久津先輩!?」 背後から、歓喜に震える声が聞こえる。 不良少年は近づいてきた姿をみると、ぼそぼそと負け惜しみのようなものを口の中で呟いてから、脱兎のごとく逃げ去った。 「太一、こんな所で何やってやがんだ」 「阿久津先輩、この人が……」 は近づいてきた第三者の声を聞くなり、その場にへたり込んだ。 「だ、大丈夫ですか!?」 小さな手が、震えながらの肩を揺らす。 「……た」 「へっ、何ですか?」 「ぬ……た……」 「何だって」 不機嫌そうな少年の声に、は始めてそちらを見た。 白髪と言っても通用するような銀髪を逆立てた目つきの悪い少年が視界に映る。 は何度か唾を飲み込み、唇を湿らせてから、やっと一言。 「腰が……抜けた」 「うわぉっ、珍しい組み合わせ〜!」 保健室に着くなりベッドに寝ていたオレンジ髪の少年が声を上げる。 は近づく少年を、米俵のように担がれた状態で迎えた。 焦点の定まらないせいか、目に映る全てがぼんやりしている。 「阿久津が女の子拉致ってきたー。お前何したんだよ?」 「うるっせぇよ、黙れ」 「千石さん。あの、この人、僕がカツアゲにあってる所を助けてくれて……」 後ろからついてきた被害者(驚いたことに男の子だった)――太一が説明する。 は殆ど放り投げられるような形で、白髪の少年―阿久津と言うらしい―の肩から椅子の上に下ろされた。 「おい、誰もいねぇのか」 「保険の先生は出かけてるよ」 「ッチ。使えねぇ」 舌打つ阿久津が、ガチャガチャと戸棚を引っ掻き回す。 太一が、まだ放心するの顔を、心配そうにのぞきこんだ。 「あの、大丈夫ですか……?」 は油の切れた機械のようにぎこちなく視線を合わせると、 「ヘぇキ。君は」 「あの、僕は大丈夫です。ありがとうございましたです」 ぺこりと頭を下げられる。 はまた真正面を向くと、うわ言の様に、 「うん……。そっか、無事か。そうか、無事……。無事……」 何度か口の中で無事を繰り返していると、急に体が震えた。 「うっ……」 「あ、あの!?」 「どうしちゃったの!?」 「おい!」 驚いた声が重なる。 「ふぇ……」 気がついたら、はぼろぼろと泣いていた。 「うぁ〜、怖かったよぉ〜……」 「ダダダ、大丈夫ですか!?傷、痛いんですか!?」 「よかったぁ〜、君、無事だったねぇ……」 傍らで青ざめる太一の頭を、何度も撫でる。 は何度も大きく鼻を啜った。 「すっごい怖かったぁ〜……」 「何やってんだ、テメェ」 ガーゼと傷薬一式を持ってきた阿久津が呆れ気味に言う。 はまだみっともなくしゃっくりあげながら 「よく考えたら相手武器持ってたんだよぉう。私、武術の心得があるわけでもないのに……。あぁ、思い出したら震えが……」 「じゃあ何で僕を助けたりしたんですか」 呆れたような太一の発言に、は涙を袖で擦りながら、 「だって放っておけなかったんだよ。気がついたらあの人の前に立ちはだかってたし。それに声出したら、絶対負けるって、秋山小兵衛だか大治郎だか言ってたし……でも本当に何にもなくてよかったぁ」 「勇敢かと思ってたら、案外考えなしなんだね、君って」 先客がけらけらと遠慮無しに笑う。 はまだ鼻をぐずぐず言わせながら、 「すいません……イテッ」 頬に傷薬を吹きかけられ、は身を竦めた。 「オラ、動くんじゃねぇ」 白髪少年が、消毒液と絆創膏を手に怖い目で睨んでいる 「傷、残らないですか?」 太一がおずおずと訊く。 はやっと涙を全部拭い、にこりと笑った。 「平気、平気。浅いみたいだし。ええっと君は……太一君でよかったっけ?」 「はい、壇太一です。そして、運んできてくださったのが阿久津先輩」 「挨拶が遅れました。始めまして、です」 はぺこりと頭を下げたが、その瞬間阿久津が低い声で、 「動くなッつってんだろうが」 「あ、ごめんなさい!」 「だから動くなって!ど頭かち割るぞっ」 「うっ……」 はまた頭を下げかけたが、阿久津に怒鳴られ萎縮した。 目つきも怖いと思ったが、声も心臓に突き刺さるような感じで、なお怖い。 「ッぷ……」 吹き出す声に、は声の方を向く。 そこには口元を押さえ、肩を震わせる先客の少年が立っていた。 「ごめんごめん。吹き出したりして」 「いえ、慣れてますから」 当たり前の事だろう、とは頷く。 オレンジ頭の少年が、なぜかまた笑みを深くした。 「君って面白いね。ちなみに俺は千石清純だよ。制服から見た所、青学だよね。うちになんか用?」 「用って――――あああっ!?」 は大声を上げて飛び上がった。 豹変っぷりに、太一はおろか阿久津や千石まで眼を丸くしている。 「ど、どうしたですか!?」 「すいません!男子テニス部ってどこですか!?」 太一と千石の案内により大急ぎで向かった山吹中のテニスコートには、信じられない人物が待っていた。 千石がひゅうと口笛を拭く。 「こりゃまた、驚いたね」 「くーちゃん!みんなぁッ!?」 そこには、青学テニス部が揃いぶんでいた。 「どこで油を売っていたんだ、」 「何でみんないるの。部活は!?」 驚いて駆け寄ると、越前が、 「早めに終わったんスよ」 「スミレちゃんから訊いて驚いたよ」 「先生もひどいにゃ〜。部員でもないのにちゃん使うなんて」 「あ、そうだよ!用事、お使い!!」 菊丸の言葉に我に返ったは、コート近くにいた笑い顔の顧問らしき教師に竜崎先生から頼まれた書類を手渡した。 「遅くなってすみませんでした!!」 思いっきりよく頭を下げる。 しかし、顧問は笑みをまったく崩さず、逆に労いの言葉を掛けてくれた。 優しい言葉に、またうっかり申し訳なさが募る。 「ほんっとうに、すいませんでした!!っとぉ?」 「――――」 必死に謝っていると、後ろから腕を掴まれ、顧問の前からどいた。 「どしたの、くーちゃ……イデッ!?」 「この傷は何だ」 撫でられているのはガーゼで隠されたさっきの傷。 触れられた瞬間、痛みを思い出して頬がまた熱を持った気がした。 「誰かにつけられたんか?」 桃城が心配そうに眉をひそめる。 「あ、あの、あの、それは!」 「ちょっとね、ドジった」 は太一の言葉をあっさり遮った。 「道間違えて校門に出るはずが裏っかわの壁に出ちゃって、しょうがないから壁乗り越えたら木で頬を掠った」 「大丈夫かい?女の子なんだから無茶しない方がいいよ」 「大丈夫ですって、大石先輩。これくらいすぐに治りますよ」 が快活に笑って返すと、大石は仕方がないとでも言うように苦笑した。 その隣で、越前が小ばかにしたように鼻を鳴らす。 「先輩もまだまだだね」 「はい。ご心配かけました」 はぺこりと全員に頭を下げると、くるりと踵を返して太一たちに視線を向けた。 「あの、傷……」 「大丈夫、大丈夫。その内治るって。ここまでの案内、本当にありがとう」 はにっこり笑って太一の頭を撫でる。 すると、太一の頬が僅かに赤らんだ。 「……ねぇさん」 じっとこちらを見つめながら、何事か考えていた千石が、太一との間に割り込んだ。 は千石にも頭を下げると、 「あの、千石さんも本当に……」 言葉を全部綴る前に、千石はの両手をきゅっと握るとにっこり笑った。 「君結構可愛いよね。いま好きな人いる?いないなら俺と付き合わない?」 『ちょっとまて―――――ッ!?』 ――――赤い赤い夕焼け空に、多種多様な絶叫が響き渡った。 |
あとがき
初の他校ものは山吹でした。 結局最後には青学を出してしまいました。 いいよねぇ、好きなんだもん(笑) とりあえず阿久津が出せて満足。 |