お昼ごはんと未来の話

どこまでも高く澄みわたる、心ごと吸われそうな真昼の空。
こんな日はきっと、食事も美味く感じるだろうと根拠なく思った。















「おぅい、明日葉。一緒に飯食おうぜ」
カバンの中からちょうど弁当を取り出したところで、廊下に出ていた桃城に声を掛けられた。
転校してから一週間。
最初の身の回りの騒々しさは鳴りを潜め、ようやく平穏な学校生活が始まった。
元々目立たないように、目立たないようにと過ごしてきた透に友達は少なかったが、それでも気の会う何人かとはよく話をするほどになった。
桃城もそんな一人だ。
「いいよ。どこで食べようか」
「屋上にしようぜ。今日すっげー天気いいし。その前に購買部寄ってくけどいいか?」
「了解(ラヂャ)。んじゃいこうか」
透は弁当箱を手に、教室を出た。













屋上までの階段は少々薄暗く、人気が無い。
「しっかし、よくそんなに食べられるねぇ」
桃城の両手いっぱいに抱えられた戦利品を見て透は感心まじりに呆れる。
「やんないからな」
「いりませんから」
パンを真剣な顔で抱え込む桃城に、透は可笑しさを堪えながら屋上へのドアを開いた。
とたん、眩しい光が瞼を焼き、心地よい風が髪を遊ぶ。
どこからか薫る草の匂いと――――ご飯の匂い。
「やぁ、こんにちは」
「不二せんぱぁい!?」
後ろの桃城が裏返った声を上げる。
透もドアの取っ手を握ったままぽかんとしていた。
「くーちゃん……と、テニス部ご一同様」
光になれてきた眼が、晴天の下、屋上中央でご丁寧にシートを広げて座り込んでいるテニス部の面々を捕らえた。
「二人ともなに固まってんのー?」
おいで、おいでと菊丸が手招く。
透は弁当箱を抱えながらおずおずと近づくと、
「えーっと、皆さんも……」
「うん、天気がいいからみんなで食べようと思ってね」
不二がにっこり笑う。
隣に並んだ桃城が、シートの端でぶすっとしている同級生に向って
「マムシ、何でテメェまで」
と、驚き交じりの厭味を浴びせかける。
海堂は座りきった目つきで桃城を睨みつけると、
「るせぇな、無理やりつれてこられたんだよ」
「ほんっと、めーわく」
海堂とはまた別の隅で、同じ様にぶすっとしている越前がぼやく。
「二人とも、早く座りなよ」
手招く不二に
「あー。えと、お邪魔しまーす」
一声掛けて、透が手塚と大石の間の空席に座ると、向かい合うように座っている乾が何かをノートに書き付けていた。
「乾先輩、こんな時でも勉強ですか?」
「いや、ちょっとデータの補修をね。やっぱり98%の確率で屋上に来たか……」
「データ?何の?」
「気にするな、透」
明日葉さん、気にしない方がいいよ」
手塚と大石に両側から言われ、透はそれ以上詮索することを止めた。








食事は、案外和気藹々と進んだ。
「そんでさー、さっきの時間先生が……」
「寝ちゃう英二が悪いんでしょ?」
見るからに火を噴きそうな赤いコロッケを箸でつまんだまま、不二はニコニコと突っ込む。
「ひっでー、不二ぃ」
「菊丸先輩もまだまだっすね」
抗議の声を出すもさらに越前に混ぜっ返され、菊丸はふぐのように頬を膨らませた。
その隣では、
「おい、マムシ。狭いからあんま詰めんなよ」
「うるせぇ、狭いのはテメェの図体が無駄にでかいからだろうが」
二年コンビが互いに互いの領地を主張しあい、一触即発の態となっている。
「やんのか、テメェ!!」
とうとう、手にしたメロンパンを握りつぶし、桃城が怒声を上げて立ち上がる。
海堂も、視線の鋭さはそのままに無言で立ち上がる。
小競り合いの間中オロオロと二人の動向を窺っていた河村は、ついに臨戦態勢となった後輩達の様子に、箸を放り投げ、慌てて間に割り込む。
「ああぁ、ふ、二人とも止めなよー」
「タカさんの言うとおり、二人とも止めておけって」
「桃城、海堂、グラウンド二十周したいか」
「うっ」
絶対零度の部長の宣告を受け、二年コンビはまったく同時に青ざめ、絶句する。
「……っぷ」
その様子をずっと見ていた透は、とうとう堪えきれなくて小さく噴きだした。
「何だ、透」
幼馴染の怪訝な視線を受け止めた透は、喉からせり上がりそうな笑いを飲み込むと、
「いやぁ、ずいぶんみんな仲の宜しいことだと思ってね」
明日葉ー、お前目ぇおかしいんじゃねぇの?」
桃城が妙に歪めた顔をする。
透は桃城の方を向きながら、口元に笑みを滲ませ、
「そうかな?私にはずいぶんと仲良く見えるんだけど」
と言い切ると桃城が、手塚そっくりに眉を顰めた。
そんなにいやかと、透の笑みもわずかに苦笑の形に歪む。
「でもね、それを言うなら明日葉さんと手塚も仲がいいね」
「えっ?」
思いがけない方向からの指摘に、透はきょとんと目を見開いた。
「不二、何を言い出すんだ」
「気づいてない?君たち凄く仲良く見えるよ」
「そーそー、あの手塚をちゃん付けで呼べるなんてよっぽどの大物か命知ら……」
途中まででかかった菊丸の言葉は、手塚の鬼の一睨みで咽喉の奥に引っ込んだ。
「でも本当。仲が良いね」
再度、確認するような不二の言葉に、透は苦笑しながら、
「まぁね、そりゃ幼馴染ですし?仲良いっちゃー仲いいかな。でもそう乱発されると有難みないです」
「いつからの付き合い?」
「そんなに古くないですよ。精々、お互い母親のお腹の中にいた頃からです」
答えながら、透は持参した水筒から茶を注ごうとして、顔をしかめた。
「ありゃ、切れちゃった。くーちゃん、私自動販売機でお茶買ってくる」
「道はわかるか」
「ま、何とか。チャイム鳴っても戻ってこなかったら先に帰ってて。その時桃城君、先生に連絡よろしく」
「なんてだよ」
『あの馬鹿、燕尾服着た白兎追っかけて木の洞にとびこんじまいました。』とかなんとか」
透はひらひらと手を振りながら屋上を出た。
















「ちょっと変わった子だね」
不二が透の出て行ったドアを見つめながらくすりと笑う。
「昔からああだからな」
諦めきったように言って、食事を再開する手塚の斜向かいで、
「中々データの取りがいのある子だ」
と、さらさらとノートに何かを書き付ける乾を、手塚はじろりと睨みつけた。
おもいおもいに食事を再開する中、一人の少年が箸を置いて立ち上がった。
「あれ、越前どこいくんだよ」
「ちょっと、ファンタ買ってくるっス」
桃城の言葉に短く答えて、越前もまたドア向こうへ消えた。


















「くそぅ、抹茶いり玄米茶なんて無いか……」
赤く光るボタンを睨みながら、透は唇を尖らせた。
自販機と言うのは一部の例外を除いて、だいたい日本茶の種類が少ない。
コーヒーの加糖、微糖を選べるのであれば、玄米茶、緑茶と日本茶の種類が選べるつくりになってもいいと思う。
「……ま、自販機にそんな希望もつのは日本広しと言えど私くらいのものか」
「なにぶつぶつ言ってんの」
声に振り向けば、屋上で優雅にランチ中であるはずの越前が近づいてくる所だった。
「どしたの、ご飯は?」
「ちょっとファンタ買いに来たんっす」
越前はもう一台ある販売機にコインを入れると、ファンタのボタンに指を伸ばした。
そういえば、越前の弁当はおにぎりが入っていたはずだが、よくファンタなんて甘ったるいものを飲みながらご飯を食べる気になれるものだと、透は変なところで感心した。
「そーいや、明日葉先輩ってテニス強いの?」
「え、テニス?」
いきなりは話を振られ、取り出し口に手を突っ込んだ状態の越前を透は見下ろす。
思わず、指がプリンシェイクのボタンを押していた。
「何、いきなり」
「だって、手塚先輩の幼馴染なんでしょ。んじゃ強いんじゃないかって」
「私、テニスやんないよ?」
言うと、越前は見上げて、
「ウソ」
「いや、本当だって。別にくーちゃんの幼馴染だからってテニスやってるとはかぎんないでしょ」
ガコンと透側の販売機からボトルが落ちた。
「だいたいもしやってたって、私じゃくーちゃんの相手になんないよ。くーちゃん、滅茶苦茶強いって言うし」
「オレの方が強いよ」
「ふーん」
さっきと逆の姿勢で、透は頷いた。
「……信じてないでしょ」
不服そうに越前が問う。透は思いがけず選択してしまったプリンシェイクを見つめながら、
「うん。信じてない」
「何で」
意にそわない答えだったのか。睨みつけてくる越前を透はちらりと見返して
「さぁ。私テニスのこと全然知らないし、見比べてみて何となくね」
正直に答える。
越前はさらに苛立った様子を顔に出すと、
「……俺がチビだから弱そうに見えんの?」
「かもね。体型は十分判断材料になる」
「そういうの、ムカツクんすけど」
越前は眉根を寄せ、顔を背けた。
透はボトルを手に立ち上がった。
「うん。でもねぇ、だから何?」
「はっ?」
越前が背けた顔を透の方に向けた。










「私、本当にテニスのこと全然知らないから、体格良いほうが強いのかな、なんて判断しちゃうけど、だから何。周りの評価云々より、ようは実力なんじゃない。それとも君は周りが弱そうだって言うから、自分も弱くなるの?」
「ンなわけないでしょ」
「じゃ、気にしないでいこうよ」
ムッと返す越前に、透はにこりと笑った。
「私の答えがご不満なら、実力で私を見返してごらん。君が本当に実力者なら、それはきっとたやすい事だろう。私は俗物だからね。君が本当に凄いプレイヤーだって分かったら、きっと手放しで賞賛するさ。そうやって、世の中全員の馬鹿にしてくる奴を見返してやればいい」
にっこり笑って一旦区切る。
越前の元から大きな金色の目は、いまや零れ落ちそうなまでになっていた。
「何、世の中意外に私みたいに単純なのはゴロゴロしてるモンだよ。それに背に関してなら、心配しなくていい。男の成長期は、ハタチまでって言うからね」
「……アンタ、変わった事言うね」
「んー、私なりの励ましだったんだけど……」
思わぬ指摘を受け、考え込む透。
じっと見ていたらしい越前は唇を歪めると、
「でも、結構面白いよね、先輩って」
「……それは、褒めと受け取って良いのかな?」
複雑な気分で聞き返す透に、越前はどこかシニカルな笑みを浮かべると、
「どーぞお好きに」
くるりを背を向け歩き出した。
透も後から並ぶ。
しばらく歩いていると、越前がぽつんと、
「ねぇ、先輩……」
「何?」
「男の成長期はハタチまでって……ホント?」
見下ろす形なので表情まで見えない、越前の小さな言葉に透は頭を撫でながら、
「ホント、ホント。だから頑張りたまえ、青少年。未来はまだまだ長いぞ」
カラカラと明るく笑った。
「さ、早く戻ろうか。くーちゃん達待ってる」
少し早足で先を行くと、ぽつりと後ろで、
「――――俺、絶対アンタ見返してやるから」
「なんか言った?」
「別に」












――――並んだ二つの影が、木漏れ日さす廊下を同じペースで歩き始めた。

あとがき

やっとこリョーマと絡んでくれた(笑)
主人公がリョーマに話(説教?)するシーンはどうしても書きたかったんです。
もっと正直に言うと「頑張りたまえ~」の一文が書きたくてしょうがありませんでした。
だから微妙に満足です(爆)
あと実は自分、文中で「リョーマ」を「越前」と書くのに若干抵抗が。
理由は今のところ不明です。

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