新しき日々

清らかな朝の光が道を照らし、鳥たちは新しい一日の始まりに祝福と言う歌を捧げる。
それはそれは絵に描いたような新生活の始まりであった。
――――平常心で迎えられていれば、の話であるが。














あーっ!?何で時計壊れてたんだぁぁーっ!!
絶叫を発しながらはただ道をひた走る。
着慣れない制服がごわごわと纏わりついて、少々動きづらい。
まだ時間があるから、とのんびり父親の昼食の準備をしていたのがまずかった。
買った当時から調子が悪いせいか、普段から二時間も遅れているなんて、「正確に時間を告げる」という時計本来の役割の意味がない。
(頼むから、そういう事は早めに教えてくれよ。嗚呼、しかし、転入初日から遅刻なんて何たる不覚……っ!)
「くそぅっ。本当に誰もいない」
憶えたばかりの道順をひたすら学校目指して走る。
人気の無い通学路が不安を駆り立てた。
「ある意味これ以上ないほどインパクトのある初日だよなぁ……」
聴くもののいない自嘲が口を勝手につく。
目頭が熱いのは、朝の光があんまりにも眩しく、神々しいからだろうか?
「なにブツブツ言ってんの」
「えっ?」
横に並んだ声に顔を向けると、そこには一昨日コートまで案内してくれた少年がいた。
「君は一昨日の」
「なぁーにチンタラやってんだ、越前!」
また別の声が並ぶ。
「あぁあっ!」
「よお、アンタ土曜日の」
意外な顔をして自転車で並走しているのは、これまた一昨日見た顔。
「おはようございます。今日から青春学園中等部二年に転入するです。一昨日はお騒がせしましたぁっ!っとぉッ!?
走りながら勢いよく頭を下げると、危うく転びそうになった。
「おいおい、大丈夫かよ」
自転車の少年が苦笑しながら声をかけてくれる。
合わせてくれているのか、下り坂の上自転車であるはずの少年が先に行く気配は無い。
「俺は二年の桃城武。桃ちゃんって呼んでくれ」
「一年、越前リョーマ」
手短に挨拶を交わす。
は今度こそ転ばないように注意しながら、
「よろしく。二人とも、テニス部ですよね?」
軽く息を弾ませながら問うと、桃城が頷いて、
「そ。レギュラー」
「凄い!……の?」
「まーな!」
よく分からなくて小首を傾げるに、桃城は得意げにニカリと笑う。
その様子が何だか子供っぽくて、も笑い返した。
はなんかスポーツやってんのか?」
「いや。私は……」
「二人とも、話弾んでるとこ悪いんスけど……」
「えっ?」
一瞬止まる会話。
代わりに聞こえてきたのは――――
「……今のって」
「本鈴?」
「ヤバッ!!」
言うや否や、二人の姿が視界から消えた。
「え、何?ちょっと、え、え、二人とも足早――――ッ!!
はるか前方を行く二人の背中を、は絶叫と共に見送るしかなかった。








――――結果、桃城・越前ギリギリセーフ。、五分遅れで完全アウト。










「あぁ〜、しんど」
放課後、は首をゴキゴキと鳴らしながら歩いていた。
あの後担任からお目玉を喰らい、さらにクラスメイトからは質問攻めにあい、かなり参った。
だいたいどこも転校初日はこんなものだが、朝っぱらからしたくもないランニングをした後だったので体力的にも精神的にもかなりきついものがある。
それでもまっすぐ帰りはせず、の足はある場所へと向かっていた。
「うおッ!?」
校舎の角を曲がった所で、突然何かが頭をかすめた。
とっさに避けたせいで尻餅をつく。
「何だ!?」
「ごめんなさーい!!」
見ればテニスラケットを手にしたおさげとツインテールの女の子が、こっちに頭を下げながら走ってくる。
おさげの子はテニスルックだ。
どうも頭をかすめたモノの正体は、足共に転がってるゴム付きテニスボールらしい。
「怪我なかったですか?」
「ほんっとごめんなさい!!」
ラケットを持ったツインテールの女の子が折曲がらんばかりに頭を下げ、おさげの子も泣きそうに目を潤ませている。
は立ち上がって腰の埃を払い、
「いや、私も注意散漫だった。ごめんね、練習の邪魔して」
安心させようと笑って、足元のボールを手渡す。
「あの、そんな事……」
ホッとした顔で受け取るおさげの子に、はさらに声をかけた。
「謝りついでに訊くけど、男子テニス部ってこっちで良かったっけ?」
「はい。まっすぐ行けば……あの、何か用事ですか?」
「ん?うん。学校内に於ける保護者への経過のご報告とご機嫌伺い」
「はっ?」
意味がわからないと言ったように眼を丸くする二人の少女に向って、は後ろ手にひらひらと手を振りながら、教えられたとおりまっすぐ歩き出した。










やがて視界に緑のコートが現れる。
活気のある掛け声が聞こえてきて、は無意識に足を速めた。
「お邪魔します」
フェンスごしに顧問らしき女性教師に声をかけた。
「おや、あんたは土曜日の」
女性教師は覚えてくれていたらしい。
はぺこりと頭を下げると、
「その節はお騒がせしてすみませんでした」
と、先日の非礼を詫びた。
教師はあまり気にした様子も無くコートを指差すと、
「手塚に用事かい」
「はい。でも、練習終わってからでいいです。急ぎじゃないし」
「なかで待つかい?」
親切なその言葉に、は首を振った。
「邪魔になりそうだからここでいいです」
「そうかい。遠慮しなくていいんだよ」
「いや、部員にとって神聖とも言えるコートに部外者が土足で立ち入るのはどうかと……」

丁重に断りの文句を続けていたら、聞きなれた声がコートの方から掛かった。
無意識のうちに頬を緩めたは、近づいてきた手塚に笑いかけて、
「ごくろーさんです。手塚先輩」
労いをかけると、手塚は眉間の皺をいっそう深くした。
「……なんだ、その手塚先輩って言うのは」
「学校の中でくーちゃんってどうかと思って自分なりに考えて見ました。……ダメ?」
機嫌が悪くなったように感じる幼馴染の様子に小首を傾げて問えば、手塚は不機嫌面を変えず、
「止めておけ。舌を噛むぞ」
「うん。昨日練習しててホントに噛んだ」
ほら、と証拠のように舌を出すと、手塚は呆れたように息をつく。
「それよりくーちゃん、練習は?」
「お前に言われなくてもすぐ戻る。……
何か言いたげに一瞬言いよどんだ幼馴染を、は真っ直ぐ見つめ、
「私ここで待ってていい?」
「……遅くなるぞ」
「いいさ。退屈はしないよ。ずっと見てるから」
「……暗くなったら遠慮なく帰れ」
「いやだね。一昼夜明けたって待ってる」
にっこり笑って言い返せば、手塚はそれきり何も言わず背を向けた。
「くーちゃん、がんばれー」
はひらひらと手を振って、戻っていく幼馴染にエールを送った。










「ずいぶん仲がいいね」
戻ってきた手塚に、いつものアルカイックスマイルにほんの少し意地悪な色を乗せて、不二は言った。
手塚は食えないクラブメイトを見返すが、鉄壁を誇るポーカーフェイスが崩れる様子はない。
険悪な様子が漂い始めた両者の間に、そんな空気知るものかとばかりに菊丸が好奇心を前面に押し出して割り込む。
「ほ〜んと、ほんと。すっごい仲よさそう。え〜っとあの子……」
「中等部二年八組に転入してきた。家族構成は祖父、父、同居している伯父、海外出張中の母。転校回数は今回も含めて十回。しかしそれに比例せず転居回数は数知れず。家は神社。祖父、父は共に神官。七歳の頃までこの街で生まれ育ち、三日前帰郷。さらに今日、転入早々遅刻した……っと」
菊丸の途切れた言葉を、乾がノートをめくりながら補足する。
「乾……お前いつの間に……」
手塚がむっつりと眉を寄せる。
それを気にもしない様子で、乾は眼鏡を押し上げると、
「どこか不足している所はあるか?」
「そういう問題ではない」
手塚の鋭い眼光が今度は乾に標的を定める。
図らずも暗雲が立ち込め始める両者の間に、大石が決死の様子で割り込む。
「みんな、練習に戻った方が……」
「そーいやあいつ、本当に手塚部長の幼馴染なんですか?」
大石の良心的な忠告を遮る、桃城の発言。
「なぜそんな事を訊く」
「いや、アイツウチのクラスに転校してきたンすけどね。の奴、質問されてても部長の事になると言葉濁すから……」
「あの、だからみんな、練習に……」
「本当は説明するのも億劫なくらい嫌われてたりして?」
菊丸の軽率な発言に、手塚はじろりと鋭い睨みを利かせた。
「ッチ。っだらねぇ」
会話には参加しないものの、きっちり話の聞こえる位置に立っていた海堂が舌を打つ。
「みんなまだまだっすね」
深く被りなおした帽子の裾から、フェンス向こうに視線を滑らせる越前。
その先には、きょとんとした様子のの姿がある。
「みんなー。始めないの?」
「タカさんの言うとおり、早く始めないと時間が……」
「菊丸、それはどういう意味だ」
「うにゃぁ〜。そんな怖い目で睨むなよぅ」
「言ったとおりなんじゃない?」
「……不二、お前まで」
追い討ちをかける不二の言葉に手塚の眉間の影はさらに濃さを増す。
それをフェンス越しから傍観していたと顧問。
「……練習……始まらないのかな?」
「なにやっとんじゃ、あいつらは」
どう見たって言い争っている様にしか見えないレギュラー陣に奇異の眼を向けていた。













――――結局その後、疲れ切った様子の手塚がの元へ戻ってきたのは、東の空が真っ暗になる頃だった。

あとがき

やっとこさっとこ全員集合。
本当に手塚以外絡みが無い……
二回も書き直したのにねぇ……(泣)

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