Formidable……
「キャー!」 静かな音楽の流れる平和な喫茶ホンキートンク内。 響き渡る夏実の悲鳴が、今回の話のキッカケとなった。 「な、夏実ちゃん!!」 「なにゴト、この煙!?」 調理場からモクモクと流れてくる真っ黒い煙に咳き込みながら、が手当たり次第に窓を開けて換気をしていると、奥のほうから夏実が情けない顔をして店のほうへ顔を見せた。 「え〜ん、失敗したぁ〜」 その顔は鼻の頭も頬も見事に煤で真っ黒。 笑っちゃいけないと堪えつつ、銀次は、 「どうしたの、夏実ちゃん。この煙……」 「あのぉ、これぇ……」 差し出したオーブン皿の上に載っていたのは、墨だった。 いや、違う。 「……クッキー?」 形から辛うじてそう判断した銀次は、念のため確認を取ると、夏実はくしゃっと顔を歪めて頷いた。 「せっかく銀ちゃんたちに食べてもらおうと思ってたのに〜」 「げ、マジかよ」 バニラの甘ったるい匂いと墨の焦げ臭い匂いの絶妙なブレンドに、蛮は思わず鼻をつまんだ。 すると。 「バカッ!!」 「っ!?」 換気に店じゅう邁進していたが、振り上げた足で思いっきり蛮の向こう脛を蹴っ飛ばした。 「アンタにゃ女の子を気遣うって気持ちがないの!?」 「ば、蛮ちゃん大丈夫!?」 床に沈んで悶絶している蛮に容赦のない言葉をかけたは、打って変わった表情で夏実に向った。 「大丈夫、夏実ちゃん。ヤケド、してない?」 「ウウン、平気。マスター、台所汚しちゃってごめんなさい」 しゅんとした夏実は沈んだ声のまま、深々と波児に向って頭を下げる。 波児は相変わらずの銜えタバコで夏実にひらひらと手を振ると、 「気にすんなよ、夏実ちゃん。ソコのバカコンビにやられてる破壊活動より可愛いもんさ」 「俺らを引き合いに出すな!!」 「あぅ〜、でももったいないねぇ」 銀次がタレた状態で元クッキー、現墨を突っつく。 すると、 「うわぁっ!?」 ジュワ……と炭酸のような泡を吐いて墨が溶けた。 「ん、んぁ〜、んぁ〜!」 じかに触ってしまった銀次は、光速の速さで流し場へ向うと、その場を石鹸の泡だらけにしながら震えた。 「な、なんだってんだ、今のは……」 「な、夏実ちゃん。いぃ、いったい材料はなにを使ったんだ……?」 恐る恐る波児が尋ねれば、夏実は人差し指を頬に当て、小首を傾げながら、 「うーんと、お店で売ってるクッキーミックスだけどぉ、それだけじゃ工夫が足りないから色々入れて……あれ?あたし、ナニ入れたんだっけ?」 忘れちゃったぁ、と明るく言い放つ夏実に、蛮と波児の背を戦慄が走った。 「ど、どうするんだよ、この不確定物体」 「捨てたら環境汚染扱いになんじゃねぇか?」 ひそひそと額を付き合わせる二人。 その様を傍観していたは、しばらく何事か考えると、 「あっ!?」 全員の驚愕の中、持ったそばから忌まわしい音を立てて崩れる未知の物体Xを口の中に放り込んだ。 そのまま二三回租借して、 「……食べれるジャン」 ご丁寧に指についた残りカスまで舌で舐りとって、平然と言い放った。 「お、お前大丈夫なのか!?」 「全然。形が悪いだけなんじゃない?」 あまりに平然とした態度に、蛮は何度もと鉄板の上の物体を見合わせた。 「本当に……平気なのかよ……」 好奇心も手伝って、恐る恐る物体に手を伸ばそうとしたが、 「ダメなのです――――!!」 タレた銀次が伸びかけた蛮の手に必死にしがみ付く。 「な、なにすんだよ、銀次!!」 「ダメです、ダメなのです、蛮ちゃんが死んでしまうのです――――!!」 「なっ、んな大げさな!錆頭なんか平気で食ってんぞ!」 「は特別です。特殊です。フツーじゃないんです……」 黒点の目からぼろぼろと涙を流しながら、銀次は語った。 あれはまだ銀次がVOLTSのリーダーとして采配を振っていた頃だ。 見回りを終え、仲間たちと共に帰ってきた銀次を向かえたのは、慌てふためくMAKUBEXと朔羅、それとそんな朔羅に抱きかかえられきょとんとした顔をしているだった。 「どうしたんだ、朔羅」 「ら、雷帝。申し訳ございません!私が目を離したばかりにこの子、この子……っ!」 「落ち着け、説明になってない!」 「銀次さん!が、がこれを!!」 MAKUBEXの差し出したのは、何も入っていないガラスのビン。 どうやら薬品などを入れるものらしく、表面には内容物の説明が書かれたシールが張ってあったが…… 「何だ、コレは?」 あいにくと字が難しすぎて銀次には読めなかった。 かわりに、銀次の肩口からビンを覗き込んだ花月と士度が、青い顔で絶句した。 「MAKUBEX、これ!?」 「ちょ、お、オイッ!?」 「二人とも、これが何か知ってるのか?」 不思議に思って問えば、二人は言いよどみながら 「知ってるも何も、コイツは……」 「銀次さん、その、これは……」 説明から数分後、無限城の一角では少女を肩に抱えて駆け抜けてゆく雷帝と、それに続くVOLTS幹部の姿があった……。 「はビンの中のものを食べ干してしまったのです」 語り終えた銀次は、まだぐすぐすと鼻を啜りながら蛮の腕にしがみ付いている。 「ビンの中身って何だよ」 「青酸カリ」 「――――!?」 驚愕のあまり、蛮は言葉を失った。 青酸カリとは、推理小説やサスペンスドラマでおなじみの劇薬だ。 即効性のそれは、約0・15〜0・2グラムで人間を死に至る事の出来る。 何でも部屋の中でお留守番をしていたMAKUBEXが暇つぶしにその辺で拾ってきた薬品を調べていると、目を離した隙にが全部飲み干していたのだという。 致死量を遥かに超えた摂取に一同は青ざめ、慌てふためき医者の扉を叩いたが、飲み干した当人はというと何分たっても何十分たっても何時間たっても、薬屋を含め血の色を失くした全員の顔を何も分かっていない表情で見つめ返していた。 結局、一日様子を見たが結局何もなかった。 それからである。 の"特性"に気づいたのは。 「はなんでも食べられるのです。さすがにオレほどたくさんは食べないけれど、代わりに何を食べてもマズイと思わないし、おなかも壊さないのです」 「……マジかよ」 蛮は信じきれないといった顔での方を見る。 視線を受け、物体を食べ終わったはむっとした表情でそれを受け止めた。 「なによう、あたしだって人並みにウマい、マズイは分かるわよ!」 「でも今……」 「ああ。確かにちょっと苦かったけど、そんな食べられないもんじゃないわよ。アタシ、極端に甘いものとか、辛いものとか、食べたって何にも感じないの。ある一点を超えたら、皆平均になる。そんな感じかな?」 指についた黒い粉を舐りながら、は自分で説明して、自分で納得していた。 蛮たちの方はというと、見つめる視線に畏怖の念をこめてこう思っていた。 (恐るべし、ブラックホール胃袋……)と――――。 |
あとがき
今回は主人公の特性について。 彼女の胃の前では劇薬すらひれ伏してしまうのです(笑) しかしちょっとテンポが悪いですな(汗) やっぱバトルシーンがないから? ちなみに自分では、私的GB夢の醍醐味は戦闘シーンだと思ってます(真剣) |