Flower moonlight night.

「この杯を受けてくれ」
ふわりと、風に金粉で絵のかかれた杯が浮かぶ。
「どうぞなみなみ注がしておくれ」
同じように浮かび上がった徳利から、芳しき薫りの立つ透明な液体が杯に注がれる。
「花に嵐のたとえもあるぞ」
両脇の桜が風に激しく散り、一片の花弁を酒の中に浮かばせる。
「……さよならだけが人生だ」
杯を受け取った十兵衛の隣で、MAKUBEXがの言葉を続けた。
「ずいぶん似合わない言葉を知ってるね」
「お褒めに預かり、至極光栄」
自分の分の杯を取って、はにやりと唇をゆがめた。














いつの頃からだろう。
特に誰が言い出したでもないのに二月に一度の割合で、とMAKUBEX率いる現四天王達が酒を酌み交わすようになったのは。
比較的風の少ないビルの屋上の中央に、縁に飾りのついた豪奢なゴザを広げ、両脇には鉢ごと持ってきた満開咲きの櫻を配置する。
今この場は、下界の喧騒など忘れた天上の楽園。
それでも、MAKUBEXの傍らには常時ホストと繋がっているノートパソコンがここが完全な"楽園"でない事を物語っている。
は干した猪口の端を噛みながら憐憫をたたえた目で、チョコレートボンボンをほうばるMAKUBEXを見つめた。
「――――美味いな」
十兵衛が感嘆の声と一緒に、桃色に染まったため息を吐く。耳朶は薄く紅に染まっていた。
「風流やなぁ〜……」
泡の消えたビールに花弁が落ちるのを見て、笑師が天を仰ぐ。
桜を透かして、雲がかった満月がほのかに光っていた。
「それにしても」
あくまで保護者の立場を崩さず、猪口に水を張り、形ばかり宴に参加している朔羅が思い出したように口を開いた。
「不動と鏡を誘わなくても良かったのかしら」
「いいよ。鏡君はいつもどこにいるか分からないし、不動は呼ぶと……ね」
「不動は呼ばないのが正解ね」
MAKUBEXの濁った語尾を、が引き継ぐ。
「だって朔羅さん、前回の見ましたぁ?あのスカタン、酔っ払って暴れだして、アタシと十兵衛さんと笑師さんが止めるのにどんだけ苦労したことか……」
「なまじ行動の先を読まれるのでやりにくかった」
十兵衛もむぅっと眉の間に溝を作る。
笑師も残念そうに、
「おかげでワイの秘蔵ネタご披露できんかったわぁ。よっしゃ、今からでも遅くない!十兵衛はん、一緒に――――
「静かに飲みましょうよ。くだらない事で場を白けさせたくない」
熾烈な戦場で暮らしてきたせいか、はたまた元からの性格か。
の言う事は、時折胸を抉るほどに辛辣だ。
宴に背を向けいじける二人。
しかしいつもの事とMAKUBEXたちは格別に気にも留めていない。
「しかし」
MAKUBEXがくしゃくしゃと銀紙を丸めた。
「よくこんなもんが手に入ったね」
こんなもの、とMAKUBEXが指したのは囲むように置かれた鉢植えの桜だった。
丈が二メートル近くあるこの樹は、触手のように枝を伸ばし、ちょうど傘のように宴の場を覆った。
花の色は一つが純白。
もう一つが醒めるような赤。
どちらも一見桜ではなく梅のように見える。
それほどまでに色のはっきり出た珍しい桜だった。
しかもさっきから重たそうに風にしなり、花を散らしている割に嵩は一向に減らない。
「遺伝子操作された桜か……」
「ビンゴ」
MAKUBEXの指摘に、は酒気で赤らんだ顔を頷かせた。
「散るそばからまた花が咲き、そして散る。延々と、夜明けまで続く。幾度も幾度も、終わり無く生を循環する」
「侘寂って言葉を知らないの?」
「でも綺麗でしょう?」
が笑う。
目元を染め、鈍い光彩の瞳を三日月に歪めて。
「昼も夜も、春も冬も無く咲き続ける。狂った生の中で、ただただ一番美しい刻を繰り返す」
風が吹いた。
樹が揺れ、花が落ちる。
それでも。
「ねぇ」
胡坐をかいた膝の上に肘をつき、手のひらに顎を乗せ、は囁く。
「綺麗でしょう?」
けして無くなりはしない花の下で、は甘く笑った。
「――――」
誰しもが言葉を失った。
ざわざわと、ただ風が樹を揺する音だけ、その場に響いた。
「――――十兵衛さん」
が急に呆けたままの十兵衛へ言葉を向けた。
「十兵衛さんは、花月さんが好きですよねぇ?」
「な、何を突然!?」
十兵衛が慌ててどもる。
拍子に空の猪口がひっくり返った。
「十兵衛さんが好きだったのはどれ?」
「えっ?」
言葉の意味を図りかねてか、十兵衛はとんきょうな声を出す。
はそれを気にした様子も無く、話を続ける。
「幼馴染の花月さん、風雅の花月さん、VOLTSの花月さん、絃の花月さん、"十兵衛さんの欲しい"花月さんはどれ?」
「――――」
十兵衛が言葉に詰まった。
「どぉれ?」
笑みを引っ込めが促す。
誰も口を開こうとしない。しばらく、沈黙が続いた。
「――――俺は」
やや間があって、十兵衛が口を切る。
「分けることは出来ない。俺はただ花月を"守る"。俺が守るのは"風鳥院花月"そしてMAKUBEXだ」
意に染まる答えだったのか、は嬉しそうに微笑んだ。
「訊いているのは花月さんの事だけなのに、MAKUBEXも答えに入れるのね。生真面目な回答――――でも十兵衛さんらしい」
微笑をたたえたまま、今度は笑師のほうを振り向く。
「笑師さんもおなじ?笑師さんが"欲しかった"のはビーストマスターの士度さん、VOLTSの士度さん、冬木士度さんのどれ?」
「せやな。そばに"居りたかった"のはビーストマスターやった。でも今は……"どれでも"ええわ。士度くんは士度くんやし」
特に悩んだ様子も無く、笑師は二カッと歯を見せて笑う。
「どれでも変わりは無い……か」
はいっそう楽しげに喉を鳴らして笑う。
「MAKUBEXは……」
ちらり、とに目を向けられ、MAKUBEXはどきりとして表情を強張らせた。
「MAKUBEXが"欲しかった"のは"雷帝"だったわね」
他の二人と違う断定的なものの言い方に、MAKUBEXは戸惑った。
表情を読んだか、は微笑んだまま話を続ける。
「だって、MAKUBEXが欲しかったのは"雷帝"であり、"天野銀次"は要らなかったんでしょう?だから排除しようとした」
「それはっ!」
否定の声を上げようとする。しかし、はそれを許さなかった。
「違うの?雷帝の銀次さん、GBの銀次さん、天野銀次さん。MAKUBEXが欲しかったのは"雷帝"の銀次さんだけ。だから他の銀次さんは要らなかった。MAKUBEXの中で"一番綺麗な刻"の銀次さんは"雷帝"の銀次さんだったから。だから他の余分なものはいらなかった。MAKUBEXは雷帝だけが欲しかった。違う?――――どこも違わないでしょ」
澱みもなく、躊躇う様子も無くは言い切る。
いっそ冷酷ともいえるの様子に、朔羅達は違和感を感じた。
そしてその違和感の正体はすぐに発覚する。
っ!これ、一人で飲み干したの!?」
朔羅が、の脇に転がっていた一升瓶を手に取る。
中身は傾けた底の方に1、2センチ残っているだけで殆ど空だった。
さらにビンのラベルには『古酒』の文字。
アルコール度数は――――実に60%。
「酔っているのか……」
「ずいぶん哲学的なことばっか言うなぁおもとったけど……どうりで」
笑師が感心したように頷いた。
視線に気づく様子も無く、はMAKUBEXと対峙している。
重い空気に朔羅が止めに入ろうかとしたその時。
「僕が――――確かに"欲しかった"のは"雷帝・天野銀次"だった」
MAKUBEXが、口を開く。
真っ直ぐ見つめたは、揺らぎもせずMAKUBEXを見つめ返している。
「僕は"雷帝"に戻ってきて欲しかった。散る花を惜しむように、"一番綺麗な刻"を取り戻そうとした。でも今は……」
「……」
も他の面々も黙ったまま、次の言葉を待つ。
MAKUBEXは深呼吸するように一拍の間をおいて、続けた。
「――――今は、"銀次さん"がいい。昔の銀次さんも、今の銀次さんもひっくるめて、全部"僕の好きな銀次さん"だから」
「――――そう」
は満足そうに笑った。
にっこりと。
まるで花のように。
「ねぇ、は?」
「えっ?」
先ほどのお返しとばかりのMAKUBEXの問いに、きょとんとが目を丸くする。
が"欲しい"のはどの銀次さん?雷帝、GB、天野、どの銀次さん?」
「アタシは……」
は考え込むように俯いた。
溜めた杯に花弁が浮かぶ。
は花弁をつまみあげ、きっぱりと顔を上げた。
「アタシも、MAKUBEXとおなじ。アタシは"銀次さん"が好き。別に銀次さんが"欲しい"訳じゃなくて、アタシはただ銀次さんが好き。幸せになってもらいたい。あの人が幸せなら、私も幸せ」
は照れ臭そうな笑みを向ける。
他の面々も、何となく微笑した。
「――――ねぇ、。私もが好きよ」
今まで黙って傍観していた朔羅が始めて口を開いた。
一同はすこし驚いたように視線を向ける。
全員の視線を受け、朔羅は照れたように頬を染めたが、すぐに言葉を続けた。
「きっとそれは雷帝も同じだと思うわ。雷帝を幸せにしたいと思うなら、まず自分が不幸にならないようにしなさい。好きな人の幸せが、そのまま自分の幸せに繋がるのは、自身が一番よく分かっていることでしょう?同じように、みんなもよ」
きっぱり言われた言葉に、四人は驚いて目を丸める。
「朔羅ハン、酒も飲んでへんのに今日はえらい口がすべらかやなぁ……」
「そう?」
朔羅は目元を染め、天を仰いだ。
「――――きっと月と花に酔ったのね」
そう言って、月が写りこんだ杯を、浮かんだ花弁と共に飲み干した。









朧月夜に霞雲。
月光ほろほろ。
よろめき堕ちる。
一片の月。
酒に浮かべて。
杯に溜めて。
酒と共に飲み干しませう。
そして甘露なる月光に酔いて……。

あとがき

酔うと哲学的になる主人公。
……ちょっと嫌だ(笑)
新VOLTSの面々と酒盛り。
何となく最後は朔羅でシメ。
朔羅のイメージはずばり『母親』です。
もうちょい他に言い方ないのかね(爆)
あ、あとタイトルは日本語を翻訳サイトで英語にしたものです。
逆をやったらなぜか、
『月光夜を花を咲かせてください。』
という意味不明な文章がでてきました(笑)
英語は難しい……

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