BadTiming

人生にはタイミングと言うものがある。
それが良いか悪いかは実際あって見なければ――――分からない。












≪本日、午後二時三十分頃、東京都新宿区**のコンビニエンスストアに男が押し入り、レジにあった現金一万円を盗みだしました。犯人は現在逃亡中。なお、犯人は拳銃を持っているとの事です。現場にいた店員の話に寄れば犯人は中肉中背、年齢は十代後半から二十代前半で――――≫
「はぁ〜ん。大変だなぁ……」
テレビから流れる無感情なアナウンサーの言葉に、カウンター席のは聞くもののいない相槌を打った。
ミルクを入れすぎてミルクいりコーヒー何だかコーヒーいりミルク何だかよく分からないモノを、音を立てながら啜る。
現在、ホンキートンクに以外人はいなかった。
マスターは買い物だし、夏実は学校。バイトにきていた銀次も波児の荷物もちに出かけてしまった。
蛮はといえば言わずもがな、またギャンブルにうつつを抜かしている。
本来なら客に店番を頼むなど営業者としてありえないことだが、滅多に人の来ないホンキートンクではそう珍しい光景ではなかった。
「あ〜、早く銀次さん帰ってこないかなぁ……」
テレビでは眼に黒い線の入った興奮気味の店員が、状況を身振り手振りで説明している。
なぜ≪外≫ではたかが強盗にここまで注目するのだろう。
無限城ではこんな事、日常茶飯事だ。拳銃だって、ゴミ箱を漁ればたやすく出てくる。
≪外≫では盗った盗られたでこれほどの大騒ぎになるのかと、が感心していた、まさにその時。
近づくサイレンの音と、人の怒鳴り声。
「あン?」
はとっさにドアの方を向いた。
刹那、いきなりドアが荒々しく開いて若い男が飛び込んでくる。
「どうしたんですか!?」
尋常でないその様子に慌てて駆け寄ろうとしただったが、男の手元を見て足を止めた。
手にしっかり握られた、黒光りする物体。
≪外≫では滅多に、≪内≫ではしょっちゅう見かける凶器。
「あっ……」
警官が雪崩れ込むより、が動き出すより、男が起き上がる方が早かった。
蟻とて、追い詰められれば象すら噛み殺す。
「来るなー!きたらコイツをぶっ殺すぞッ!!」
気づいたら、首をしっかり掴まれ、こめかみに冷たい銃身が当てられていた。
はたしてに店番を任せたのが悪いのか、マスターの運がないのか、或いはこの土地自体が呪われているのか。








――――この瞬間から、ホンキートンクはコンビニ強盗の篭る城と化した。












(さぁ大変だ。やれ大変だ)
はどこか人事のようにこの場を分析していた。
現在の状況を説明するならば、犯人は炊事場を動物園のクマみたいにうろうろと意味もなくうろつき、は縛られる事もなくちょこんと今までいたスツールに腰掛けている。
おそらくが普通の少女であると見て、拳銃さえちらつかせていれば逃げないと算段したのだろう。
だとしたらとんだ見当違いだ。
はっきり言って、無限城の中でこんなこと日常茶飯事である。
が動かないのは、恐怖に身がすくんだからではなく、銀次に店番を『お願いされた』という変な使命感があるためだ。
第一、下手に動いて店のものを壊したくない。
は、平和ボケした日本の警察が早期解決してくれることを願い、大人しくしている事にした。
唯一の幸いはこの場に銀次がいなかった事である。
(もしも銀次さんがいたら……犯人が銀次さんに危害を加えるようなことになったら……)
頭の中でシュミレーションが完成し、はその結果に心の中でため息をついた。
(キレるだろうなぁ……。完璧に我を忘れて)
普段は特別怒りっぽいという事はないが、こと銀次が絡めばの怒りの沸点は極端に低くなる。
自分の事はある程度分かっているだけに、本気でこの場に銀次がいない事を神様に感謝したい。
――――だが神様というものはとことん意地悪がお好きなようで。
「たっだいまー!ごめんね、ー。店番させちゃって。波児に言って俺だけ早めに帰らせてもらったよー……」
裏口が元気よく開いて、現れたのは買い物袋を手にした銀次。
一瞬犯人もも、そして銀次も呆気に取られる。
しばしの見詰め合いの末、最も早く我に帰ったのは、
「わーっ!何、何ー!?」
銀次のわたわたと慌てる悲鳴に、呪縛をとかれたと犯人は、
「銀次さん、逃げて!」
「何だ、テメェはッ!?」
「うわー!拳銃だー!?」
(アー、もう!マスターと神様のバカー!!)
今までの感謝が一変、罵りに代わる。









――――かくて、かくてホンキートンクの人質は数分後には二人に増えたのであった。










「すいません……」
小声で項垂れる
「そんな……のせいじゃないよ……」
対するのは手近にあったエプロンで両手両足を縛られ、床に転がる銀次。
のほうも同じ状態で、こちらはソファーの上である。
「アタシがもっとしっかりしてれば……」
「だから、のせいじゃないって……」
「すいません……」
ただひたすら非を詫びるだったが、心中では己への情けなさと同時に警察への怒りも湧き上がっていた。
(だいったい、裏口くらい固めとけよー!おのれ、平和ボケマニュアル大国めッ!!)
奥歯を噛み鳴らし、血涙を流しそうなほど罵っても、きっと表の警官たちには何一つ伝わらないだろう。
そう思っていても、恨まずにはいられない。
「どうしましょうか……」
しばらく警官たちを呪うのにも疲れて、銀次に話を振る。
銀次は、気落ちした様子で眉を下げると、
「どうしようか。俺の電撃って、やっちゃだめだよねぇ」
「拳銃がこっちに向いてる限りだめでしょうね。電撃のショックで指の筋肉が縮み上がって撃たれるかも」
マクベスに聞いた事のある話を持ち出し、はため息をつく。
の"風"は……」
「アタシの"風"って、広範囲の敵には結構有効だけど、ピンポイントに撃つには不向きなんですよ。それに、ただでさえ部屋の中で風の動きがなくって、あまつさえ腕縛られてて、おまけに……店のもの壊したらマスターになんて言われるか……」
期待に応えられない負い目も重なって、段々と小声になってゆく。
銀次は、諦めたように小さく溜息をついた。
「蛮ちゃん、助けに来てくれないかなぁ……」
「そうですねェ……」
この際ウニでもヘビでも何でもいい。
自分……と、言うより銀次だけでも無事に助けてくれるのなら……。
二人は絶望的に深いため息をついた。
「おい、お前ら何こそこそ喋ってんだ!!」
聞きとがめたのか、今までカーテンの裾から外を覗いたりうろうろとあたりをうろついていた犯人が、カウンターを乗り越える。
その目は極限状態のためか血走っていた。
「いや、別に何も……」
「うるせぇっ!」
おずおずと宥めようとした銀次の頭を、男は思いっきり拳銃の柄で殴った。
銀次の頭が勢いよく床にバウンドする。
瞬間。








ずざっ……との頭の中の熱が一挙に冷えた。









「っとアンタ……」
「あぁ!?」
聞き取れないほどの小さな声を、男は愚かにも聞き返す。
「よっくも……銀次さんに手を……」
「ぐだぐだ言ってッとテメェも……っ」
「"鎌鼬"!」
叫ぶや、の腕と足に絡まった服がずたずたに引き裂かれる。
その風が自身の髪や肌も傷つけたが、そんな事なんでもない。
それより何より――――この男は自分の目の前で鬼の大罪を犯したのだ。
「よっくも…よくも……」
「なッ、なッ……」
薄く切れた傷口から血を流しこちらに迫る年端もいかない少女に、男は脅えた。
今まで感じた事のない重くのしかかる気迫。
それが殺気だと本能で察したのは次の瞬間。
「――――ッ!!こンのくされ外道が――――ッ!!











――――怒号の後、男の世界は悲鳴を上げる間もなく真っ白になった。











コンビニ強盗が捕まったのはがキレて三十分後。
踏み込んだ警官が見たものは、しっちゃかめっちゃかになった店内と、顔面を真っ青にして床に転がる青年。
そして体中から血を滴らせて仁王立つ少女と、その前でボロ雑巾のような風体で気を失っている犯人の姿だった。
後、犯人は警察病院に収容されたもののケガが完治するや精神病院に移され、三年ほど前後不覚の状態に陥ったという。
人質となった銀次の方はというとこちらは怪我もなく無事。
ただ二週間ほど、を見て脅える日々が続いた。
そして犯人逮捕の最大の貢献者であるの方はと言うと、あの後警察にしっかり取調べを受け(結局凶器やらが特定できずに無罪放免となったが)さらにマスターからご褒美として手渡された請求書のおかげで、晴れて六桁の借金持ちに。










店番をしていたせいで敬愛する銀次に恐れられ、借金まで背負ったに、買い物から早く帰ったせいで人質となり、恐ろしい目を見た銀次に、強盗をしてしまい警察に追っかけられ、挙句の果てには精神病院まで送られた犯人。



果たして一番タイミングが悪かったのは――――いったい誰だろう?

あとがき

それぞれに最悪のタイミングだった模様です(笑)
正直暴走しているときの主人公ってすっごい書きやすいです。
楽しいなぁ、もう。

戻る