Every day of fighting

……アタシはあの人が幸せならそれで良かった。
たとえあの人がアタシたちを捨てたのだとしても、別によかった。
これはあの人の『重さ』に気づいてあげられなかった、アタシたちへの罰。
だから、ただあの人が笑っててくれさえすれば。
ただ、それだけで満足。
……なのに。
嗚呼、それなのに。









「なんっで銀次さんが皿洗いなんざやってんのよおぉぉぉッ!?」
ホンキートンク内に響き渡る大絶叫。
ガラスを割らんばかりの悲鳴に、銀次は泡のついた手で耳を押さえて、
「あ、あの、?」
「銀次さん、代わって下さい!アタシがやります!!」
少女は、カウンターを乗り越えると銀次の手の中にあった泡だらけのスポンジを奪った。
それを、カウンター席で悠々タバコを銜えていた蛮が茶化す。
「止めとけ止めとけ。お前がやったら俺らの借金が増えるだけだろ」
「うっさい」
次の瞬間、タバコが口元一センチ前を残してテーブルに落ちた。
「誰のせいよ。アンタのせいで銀次さんが苦労してんでしょおが……」
怒りを極力押さえ込んでいるため、代わりに体が震える。
蛮の方を向いたの人差し指の先に、小さなカマイタチが踊っていた。
半分切れた煙草をまだ咥えたまま、こめかみに青筋を立たせ蛮は吠えた。
「なにしやがる、この錆頭!!俺様のタバコ返しやがれ!!」
「へへーん、そんぐらいで怒鳴るなんざアンタも肝っ玉が小さいねぇ。悔しけりゃ銀次さんに頼らずまじめにはたらけ、このウニヘビっ!
顔を突き合わせ怒鳴りあう二人。
銀次はおろおろとどちらを止めようかタレながら迷っているし、波児に至っては店さえ壊されなければいつものことと干渉しない。
これは、ほぼ一週間に一度繰り返されるホンキートンクの恒例行事だった。








――――が店に通うようになったのは三月ほど前。
元々VOLTSのメンバーであり、銀次に傾倒していただったがただ店に通うだけで、他の仲間たちのようにけして銀次を無限城へ連れて帰ろうとはしなかった。
その理由を夏実が訊いた時、は少々不機嫌そうに、
「そりゃ、できるもんならしたいよ?でも、ンな事できるわけ無いジャン……」
「どうして?」
「……銀次さん、すごく笑ってるもん」
はぽつりと言った。
「あのなかじゃ見れなかった笑顔をここじゃ毎日してる。悔しいけど、アタシじゃあ、ううん、あの中にいる誰もそんな顔させられなかった。銀次さんのあの笑顔を奪うなんて……アタシはできないよ」
ちゃん……」
「だからさ、せめてあの笑顔を守ろうって決めたンだ」
ぎゅっと胸に手を当て、愛しげに頬をバラ色に染め、は呟いた。
「あの人の笑顔は、アタシの幸福の種だから……」












(そう、決心は固まっていた)
が、どうしてもには許せない存在がいた。
それが美堂蛮という存在。
このオトコ、銀次にばかり働かせ自分が働かないあまりか思い出したかのように銀次に暴行を振るうという超外道(主観)
なぜ銀次がこの男につき従うか。こればっかりは理解できない、したくも無い。
この男のおかげで、何度血を吐くような思いをしてきただろう。
(アタシは銀次さんが望むことなら何だってやってあげたい。だけど。嗚呼、だけど。こればっかりは、この男だけは許せないっ!!)













「あんッたみたいな男がついてるから銀次さんが不幸になんのよ。だいたい貯金って言葉知ってんの?どーせあんたの辞書には『散財』『スケベ』『今世紀最大の馬鹿者』が間違った解釈で大量に載ってるんでしょーよ!!」
「っざけんなっ!俺の辞書には『無敵』『史上最高のいい男』に説明として俺の名前がつらつらと並んでらぁ!!」
ウソつけー!!
顔を付き合わせんばかりに言い争う二人。
はっきり言って低レベル以外の何者でもない。
喧嘩が始まって十分もする頃、店のドアが軽いベルの音を立てて来客を告げた。
「こんにちはー。あれぇ、またちゃんたちやってるんですかー?」
「あー!夏実ちゃ〜ん!!」
「こんにちは、銀ちゃん」
夏実はにっこり笑うと、エプロンをつけ流し場に立った。
さっきから聞こえる激しくも馬鹿馬鹿しい言い争いなぞ無いみたいに、いたっていつも通りである。
「夏実ちゃぁ〜ん、あれ止めてよ〜」
銀次がタレながら涙を流して助けを求める。
だが夏実は泡のついた皿を手ににっこりと、
「だぁいじょうぶ。あの二人はいつもの事なんだから、咽喉が枯れたら自然に治まりますって」
「でもでも〜……」
銀次はリアルモードに戻ると悲しそうに、
「オレ、蛮ちゃんもも大好きだから、二人とも傷ついてほしくないよ……」
「――――銀次さん!!」
口喧嘩の最中でもはっきり銀次の言葉を聞き捉えたは、高速で銀次の手を掴んだ。
目には歓喜のためか、涙が溜まっている。
「ありがとうございます!アタシ、そう言ってもらえるだけでもう……」
「ちょっとまったぁッ!!」
突如ドアが開き、強い風と共に現れたのは、
「花月さん!?」
「カヅッちゃん!?」
「絃巻き!?」
風鳥院流の後継者その人。
美麗な顔に怒りを刻み込み近づく花月に、の顔は色を失った。
「カヅ……カヅキさん、なぜここに……」
「話はずっと聞いていましたよ……」
「絃巻き!また盗聴か!?」
ほえる蛮には目もくれず花月はに近づくと、
「別に君が美堂蛮に喧嘩を売ろうが低レベルな口喧嘩を繰り広げようが僕は知りません。むしろどんどんやりなさい。けどね……」
髪につけられた鈴がリンと涼やかな音色を立てる。
「それに銀次さんを巻き込むことだけは……許さないぞ?
「……」
は恐怖のあまりか歯が鳴るばかりで声も出ない。
「返事は?」
「――――はい!誓います!!元々銀次さんにはご迷惑かける気なんて小指の爪の先ほどもありません!!」
「ならいいよ」
「待って、カヅッちゃん!」
銀次はを背にかばい、花月との間に割り込んだ。
はね、オレを心配してくれてるんだよ。そりゃあ、いっつも蛮ちゃんに突っかかっていくのは止めてほしいけど……でも、分かってあげてね?はすごくいい子なんだから……」
「銀次、さん……」
の目に、先ほどの恐怖の涙でなく、歓喜の涙が溢れ始めていた。
花月もぐっと言葉を詰まらせると、仕方なさそうに視線をそらし、
「分かりました……銀次さんがそう仰るのなら……」
「――――ありがとうございます!!」
が勢いよく頭を下げ、蛮がふてくされ、この場はそれでめでたしめでたし。
――――で、終わるはずだったがそうは問屋が卸さない。










カランとまたしてもドアが鳴り、来客。
だがその客の姿を見た瞬間、その場にいた全員に驚愕が走った。
いや、一人例外として、
「いらっしゃいませー」
こんな時でも微笑みを絶やさない夏実が大物に見えてくる。
「Drジャッカル!?」
「あか、赤屍さん……」
ガタガタと震え、縮んでいく銀次を見て、は思い出した。
裏の世界ではかなり有名な運び屋、Drジャッカル。
だが有名なのは運び屋としての腕でなく、殺しとしての腕だという快楽殺人者。
そのジャッカルが、どういった訳か異常なまでに銀次に執着し、あわよくば殺そうとしている。
いわば、銀次にとっての天敵だ。
「こんにちは、皆さんおそろいで」
「……」
は近づいてくる赤屍に対し、とっさに銀次を背にかばった。
当然、赤屍と向かい合う形になる。
赤屍はつばの広い帽子の切れ目からちょっと目を開くと、
「あなたは確か、元VOLTSのクン……でしたね?」
「最凶の誉れ高いあなたに名前を覚えていただいているなんて光栄ですね。でもDr、ここにはあなたが運ぶものも患者もいませんよ?」
「いいえ、ありますよ。貴女のすぐ後ろに……」
ねぇ…と楽しそうにの後ろを覗き込む。
銀次はガタガタ震えて返事もできない。
「そういう訳だから退いていただけますか、クン」
「お断りですよ、Dr」
背中に冷や汗をかきながら薄笑いを浮かべると、赤屍を取り巻く空気が変わった。
さっきまでの無に近い雰囲気が、名前に相応しい血の色に変わる。
の全身を恐怖が包み込んだ。
つっかかる咽喉に唾を流し込む。
勝てるわけ無い。こんなバケモノに。
自分の力量を知っているからこそ、そう思う。
だけど……。
(銀次さんだけでも逃がさなきゃ。たとえアタシが死んだってっ!)
クン、そこを退いてください。でないと……私の手で退いていただくことになります」
「ちょっと待ってください」
睨み合う二人の間に、華奢な背中が割り込んだ。
「花月、さん……」
、下がっているんだ。この男の相手は僕がする」
「貴方が、私の相手に……?」
赤屍は帽子のつばに指を添え、くすりと笑う。
「貴方では役不足ですね」
「だったらこれで対等かよ」
さらに横から、蛮が割り込む。
赤屍の眼が、愉悦に歪むのが見えた。
「おやおや、美堂クンまで。なるほど、これならすこしは楽しめそうですねぇ」
「ヘビ男……」
呆然と蛮の背中を見ながら呟くに、蛮は、
「へっ、別にお前はかばってるわけじゃねぇぞ。だが銀次を守るのは相棒である俺様の役目だからな」
「アンタ……まだいたんだ
「うるせぇッ!!」
吠える蛮に、は目を何度もパチパチさせながら、
「だってとっくに銀次さんを見捨てて逃げたものだと……」
ンなわけねぇだろ、ボケ!お前らのやり取りにちょっと割り込むタイミング逃しただけだよ!!」
「なぁんだ、あっそぉ……」
は気の抜けた顔で、ぽりぽりと後ろ頭をかいた。
思わぬことで力の抜けたの目に、鋭く光るメスが飛び込む。
「そろそろ漫才は仕舞いにして、始めましょうか……」
花月が絃を構える。
「美堂蛮、きますよ!!」
「ちっ、急かすんじゃねぇよ!!」
「マスター、夏実ちゃん、銀次さんお願い!!」
ぽいっと銀次をカウンター内へ放り込んだ刹那、の腕をメスがかすった。
ぷつっと頭の中で何かが切れる音がする。
「こんのぉぉぉッ!銀次さんに当たったらどうすんだ――――ッ!!」
たちまち店内は大混乱と化した。









「あああ、店が……俺の店が……」
カウンターで避難しながら泣いている波児の横で、座り込んだ夏実は腕に抱いたタレ銀次に、
「銀ちゃん、モテモテだね!」
にっこり、天使の笑みを向けた。
今日も今日とて繰り返される不毛なバトル。
この争いに終焉を迎える日が――――本当に来るのか?

あとがき

GBにも手を出してしまいました。
管理人の趣味により銀次中心です。
なんか、書いてて非常に楽しかったです!

戻る