この欲求の名前がわからないほどバカではないし。
子供だからって甘く見ないでね。
この気持ちは本物。
絶対誰にも渡さないから。
「ねぇ、お兄ちゃん」
可愛らしい声で呼ばれ、アシュトンと談笑していたクロードは横を向いた。
そこにはこちらの顔を覗き込むレオンの姿が。
「なんだい?」
微笑しながら聞き返す。
「お兄ちゃんは僕のこと好き?」
クロードは又かと心中で苦笑した。
子供特有の独占欲。
普通なら親に言う科白だが今は親元を離れて旅の途中。
代理を探しているのだろう。
自分はそんな事言おうにもいつも親がいなかったな。
そう思いながらクロードはレオンが寂しがらぬよういつも、
「ああ、好きだよ」
そう言っていた。
が、今回は少し違っていたのだ。
「じゃあ、この中で一番好き?」
レオンがその科白をはいた途端、部屋の温度は一気に急降下した。
(な、なんだ?)
突然感じた肌寒さにあたりをきょときょとと見回すクロード。
だがそこはいつもの風景。
仲間達は皆レオンの科白が聞こえていなかったかのか、いつもどおり振舞っている。
・・・その実しっかりと耳はしっかり研ぎ澄ませているのだが。
「ねぇ、僕が一番?」
腕を掴みながらしつこいくらいに訊いてくる。
その眼には不安げな色がありありと浮かんでいた。
(ここで傷つけるわけにはいかない・・・)
「うん、レオンが一番だよ」
にっこりと笑顔で答える
そういった途端、レオンはぱぁっと顔を綻ばせた。
その顔を見てクロードもより一層優しく微笑む。
が、これで終わりではなかった。
「じゃ、お兄ちゃん僕のお嫁さんになって!」
―――現在の気温、計測不可能。
先ほどよりもさらに温度は下がり、おまけとばかりに空気には無数の棘が。
無論、その矛先には無邪気に目を輝かせる天才少年。
さすがにクロードもこの問いに即答する訳にはいかなかった。
しばし思案し妥当だと思った答えを口にする。
「えっとね、僕は男だからお嫁さんは無理だなー?」
「じゃ、お婿さん」
いや、そういう問題じゃないでしょう。
言いかけた言葉をぐっと抑える。
「ねぇ、レオン、男同士じゃ結婚は出来ないんだよ」
アシュトンが横から穏やかに言い含めようとする。
しかし顔が引き攣っているから穏やかともいえないか。
「どうして?男同士じゃ結婚できないの?」
「そういう法律があるんだよ」
「それじゃ、法律を変えればいいんだ!」
おいおい、どういう教育受けたんだ。
とは、ここにいる全員の心の声である。
だがレオンの場合本気でやりそうなので笑って一蹴する訳にもいかない。
クロードは言葉に詰まって周りを見渡した。
当然誰も目を合わせようとはしない。
悩みに悩み、迷いに迷う事およそ数十分。
「じゃあ、あと十年後くらい。僕が結婚しなかったらそうしようか」
「本当?」
「ちょ、クロード本気なの!?」
クロードにとっては苦渋の決断である。
まあ、十年も経てば自分は結婚してるだろうし、レオンだって彼女ぐらい出来てるだろう。
その場しのぎの『約束』
そのつもりだった。
「じゃあ、証拠を頂戴」
「え、証拠・・・?」
言われた言葉を飲み込む前に、レオンの顔が目の前に近付く。
驚きの声を上げる前に、クロードの唇は塞がれていた。
ただ触れ合うだけの、子供のキス。
「なにやってるんだっ!」
憤慨したアシュトンが引き剥がそうとする手をレオンはひらりとかわし、
「約束したからね!」
いたずらっぽいウィンクをして部屋を出て行った。
あとには固まったままのクロードと殺気に燃える恋敵≪ライバル≫達を残して。
「先ずは第一段階終了かな・・・」
一人廊下を歩きながら呟く。
みんなの前で告白したのも、クロードにあんな約束をさせたのもみんな計算のうち。
「一応宣戦布告くらいしとかないとねぇ」
年の差や男同士と言うハンデなんて越えてやる。
絶対誰にも渡さない。
そう決めたから。
それに十年後と言わず早めに『約束』を遂行してしまおう。
なんせ彼の周りは狼だらけなのだから。
「覚悟しててね・・・」
この場にいない相手への告白を口にしながら、頭の中は次の作戦が目まぐるしく展開していた。
僕を本気にさせたんだから
覚悟しててね
お兄ちゃん・・・
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