日向に見る夢
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白くまどろむ世界の中で、ハクウは夢を見ていた。 内容は分からない。ただ、波間を漂うような心地よさだけを感じている。 目に痛いほどの白の真っ只中にいるはずなのに、少しもとげとげしさを感じない。 何かに似ていると感じた心は、ゆっくりと一つの像を結んだ。 それは焦がれて止まない少年の姿だった。 敵を見据える時の鋭い刃の切っ先を思わせる目も好きだが、こちらを見つめる時の柔らかく緩んだ紫紺の瞳の方が数段好い。 武人らしいマメの出来た手が、自分の髪を優しく梳く仕草も好きだ。 諭すように、ゆっくりと紡がれる言葉も好い。いつか自分もこんな声で、こんな言葉で喋りたいと思うほどだ。 考えれば考えるほど、好き以外にこの想いを形容する言葉が無くて、自分でも呆れてしまう。 彼が好きだ。 凛とした態度も、痛々しいまでに清らかな微笑も、何もかも。 彼を構成するすべてが愛しい。 ナナミやジョウイに対する思いとは似て非なる想い。 この想いにつけられた名を、ハクウ自身は知っている。 問題は、愛する少年が自分と同じ想いを持っているかどうかだ。 自分と同じ想いを、自分にむけて持っていてくれれば嬉しい。 持っていなくてもいい。 しかし、自分と同じ想いを、他の誰かに向けているとなれば大問題だ。 彼には、いつだって自分を見ていて欲しい。 永遠が欲しいと願った事は無いが、限られた生の中で、一番同じ時間を過ごして欲しいと思ったことは一度や二度ではない。 もしも彼の目が自分では無く、他の誰かを映しているのだとしたら、いっそそんなもの瞑れてしまった方がマシだ。 考えて、そのあまりの幼稚さにハクウはもう一度呆れた。 何度呆れても呆れても、この想いはとどまるところを知らない。 言葉にすればたった数文字の手垢の付いた言葉。 好き。 好き。 大好き。 言葉にすればするほど想いの嵩は減ることなく逆に増えてゆき、心の外へと溢れ出す。 好き。好き。大好き。 ぼくは、あなたが――――。 ……さんが――――。 「――――ぅ」 ハクウの意識は突然白の中から白のなかへと放り出された。 きょろきょろと辺りを見回すと、そこは白い世界などではなく、見慣れた自室だった。 ご丁寧に寝台の中、布団まで掛けられている。 城の庭を散歩していたところで記憶はとぎれていた。 真昼の陽気があんまりにも暖かくて、心地よくて、眠気を誘われて……。 「おはようございます。ハクウ殿」 「ッ!?」 耳に心地よい声が聞こえ、ハクウは思わず目を見開いて声の方を向いた。 視線の先。窓の近くの椅子にシグレが腰掛けている。 手にした本をしまい、わずかに微笑むシグレに、ハクウは寝姿を見られた気恥ずかしさに頬を染めた。 「シグレさん、いぃ、いつからそこに?」 動揺に声を上擦らせながら問えば、シグレは庭先から、と軽く答えた。 「庭先の木陰で眠られているのを見つけまして。お節介かと思ったのですが、風邪を召しては大変と思いこちらまで運ばせていただきました」 まさかそこまでして貰っていたとは思わなかったハクウは、顔が羞恥に焼けるのを感じた。 焼ける顔を隠すように頭を抱え、寝台に突っ伏する。 もしかしたら、運ばれる姿をナナミやシュウに見られたかも知れない。 ルック辺りに目撃された日には、きっと末代までからかわれまくる。 ハクウは逆恨みと分かりながら、シグレに向かって恨みがましい視線を向けた。 「起こしてくれればよかったのに!」 「はじめはそうしようかと思いましたが、気が削がれました」 僕に気づかないほど熟睡していたし……と、シグレが苦笑する。 「……お疲れなんですね。でも、とても幸せそうな顔で寝ていらっしゃいましたよ」 いい夢を見ていたんでしょうね。 目を細めるシグレに、ハクウも顔の熱さを忘れて思わず頷く。 「……いい夢でした」 瞳を閉じ、思い返してうっとりとため息をつく。 春の日だまりのように心を温める夢。 それはまるで―――― 「シグレさんみたいな夢でした」 優しくて。暖かくて。柔らかくて。心地よくて。少し眩しくて。 そばにいるだけで癒される。羽のように柔らかな温度を持つ夢。 「シグレさんみたいに、すごく暖かい夢でした」 まだまぶたに残る夢の一欠片をしっかり心に焼き付け、ハクウは閉じていた目を開いた。 すると、視線の先に先ほどまでのシグレはいなかった。 ぽかんと白痴のように目を見開きこちらを見つめるシグレの姿に、いつもの年経た隠者のごとくどこか達観した所のある面影は消えている。 「し、シグレ……さん?」 そのまま彫像のように動かないシグレに、ハクウは躊躇いながら声をかけた。 瞬間。 「は、あ。え……はい!」 椅子の上で躯をはねさせ、シグレは硬直から解かれ――――るや否や体中を真っ赤に茹で上がらせた。 初めて見るシグレの赤面にハクウもまた目を瞬かせる。 視線に気がついたらしいシグレは顔を背けた。 真っ赤に茹で上がった顔は辛うじて隠れたが、代わりに赤いうなじがあらわになる。少々刺激的な光景だった。 「あの、シグレ……」 「あ、あんまり……」 あまり恥ずかしいことを言わないでください。 吶々と聞き取れないほど小さな声でシグレは呟く。 ハクウは再び首をかしげた。 「何が恥ずかしいんですか?」 「何がって!」 「だって、僕シグレさんのこと好きですから」 だからシグレさんの夢が見れて嬉しいんです。と率直に告げれば、シグレは目に見えてひどく狼狽した。 何か言おうと何度か口を開くものの、いずれも意味のある言葉にならず結果、黙りこくってしまった。 ハクウはそんなシグレの姿を可愛いと思った。 年上の、それも男に使うような言葉ではないと思うが、それでもやはり可愛い以外に表現のしようがない。 自然と顔がにやけてしまう。 緩んだ口から、夢の中で何度も呟いた言葉がぽんぽんと飛び出た。 「好きです」 「あの……」 「大好きですから」 「えと……」 「シグレさんが、大好きです」 言葉にすれば陳腐で二番煎じだが、これ以外に自分の気持ちを正確に表現できる言葉はない。 だから、ハクウは繰り返す。 いつか、シグレの口から自分と同じ気持ちを聴ける日が来るように。 あふれる想いを夢でも現でもささやき続ける。 「あなたを愛してます」 ――――戸惑う姿が新鮮で、もう少しだけ、意地悪していたくなった。 |
あとがき
五周年連続更新企画作品
見所は2主の坊ちゃんLoveっぷり(笑)
そして坊ちゃん乙女化。
どこまでもひたすら自分の想いに一途に率直に愚直に。
私的2主のイメージが"バカ"正直なんで、こんな話になってしまいました。
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