かくれんぼ

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赤い赤い夕陽に照らされて、
「もういいかい」
「まだだよ」














あたりは人っ子一人いない静かな森。
「さってと」
少年はあたりをぐるりと見回した。
「どーしたもんかねぇ・・・・・・」
苦笑が思わず零れる。
かれこれ三十分。
テッドはシグレを探し続けていた。
そもそも稽古帰りのシグレを捕まえて、遊ぼうと言ったのはテッドの方だ。
だが遊ぶ方法と場所の選択を誤った。
場所は深い森の中。
方法は――――かくれんぼ。
「しょうがないなぁ。あいつ、迷子になんかなって・・・・・・って、迷子は俺もか」
あっはっはと乾いた笑いが口をつく。
実は捜す内にテッド自身も森の迷宮につかまってしまっていたのだ。
まずい事にそろそろ日が暮れる。
「グレミオさん心配するよなー?」
泣きながら戸口でうろうろする、マクドール家主夫の姿が容易に目に浮かぶ。
「おーい、シグレー。俺の降参。早く出てこいよー!」
呼びかける声は大きく響いてこだまする。
しばらく耳を研ぎ澄ませていたが反応はない。
「シグレー!シグレってばー!!」
段々と不安になって、さらに大きく声を張り上げる。
「シグレ!返事しろよ、シグレ!!」
とうとう捜す足を止めて、とびっきり大きく叫ぶ。
「シ、グ、レーっ!!」
頭上の木ががさりと揺れる。
声に驚いた鳥が飛び去っていった。
「シグレぇ・・・・・・」
途方に暮れて溜息をつく。
それでも捜す事は止めなかった。
・・・・・・このまま見つからなかったら。
「やめやめ!!」
嫌な考えを、頭を振って退散させる。
それでも一旦思いついたものはどうしようもなかった。






「嫌だぞ・・・・・・本気で」
何度もそう想ってきた。
けれどその度に別れは訪れた。
呪われた紋章を受け継ぐ自分の、呪われた生。
幾度もそれを疎まい、恐怖してきた。
死ぬよりも、怖いもの。
失くす事の恐怖。
「シグレー!返事しろ、シグレー!!」
もう一度、のどが張り裂けんばかりに声を上げる。






――――……ッド






「っ!?」
聞き間違えようのない声が聞こえた。
「シグレっ!!」
僅かに聞こえた声のほうへ一目散に走り出す。
どんどんと森の奥へ入ってゆく。
木々の間から僅かに零れていた茜だけが唯一の光源だった。
「シグレ、シグレ――――!」
ひょっとしてあの声は幻聴だったんじゃないだろうか。
不安な心が聞かせた幻の声。
それとも森が愚かな獲物を捕らえるための罠?
「シグレ……」
心臓が張り裂けそうなくらい鼓動を繰り返す。
今はただ、失えない大事なものしか頭に無かった。
「シグレ――――ッ」
「テッド!こっちだ!」
鮮明な声が足を止める。
「ドコだよ!?」
「ここ、ここ―!」
声は下の方から聞こえる。
(下?)
きょろきょろとあたりを見渡せば、敷き詰められた落ち葉がある一線で途切れている。
その途切れた部分を見下ろせば、
「……何やってんだよ、お前」
「落ちて足くじいた」
自然にできた穴の中で情け無さそうに膨れるシグレを見て、テッドは呆れるような、泣き出しそうな複雑な心境になった。












「すっかり遅くなったねー」
「ああ」
東の空が紫に燃え上がり、気の早い星がもう空に瞬く頃。
二人はようやく家路に着いた。
家まで続く道の両脇に生えた草は、夕日のせいで赤く染まっている。
「テッドー」
「んー?」
「……ごめんね」
シグレはテッドの背にしがみつきながらぽつんと呟いた。
それは迷子になったことか、足をくじいたせいでおぶってもらっていることか。
はたまた両方か。
テッドは殊勝そうな背中のシグレに向って笑いながら、
「気にすんなよ。元々あんなとこに誘った俺も悪いんだしさ」
「でも……」
「いーって、いーって」
ずり落ちかけたシグレを揺すって抱えなおす。
今は背中に感じる体温がひどく心地いい。
「お前が無事でよかったよ」
「うん……。ところでテッド」
「ん?」
「よく僕があそこにいるって分かったね」
「あぁ、まぁな」
耳元の不思議そうな声に、テッドは、
「お前のいる所ならどこだって分かるよ」
見えないと思いながら、すこしイタズラそうに笑っていった。










どれだけ遠くにいても。
どれだけ静かでも。
きっと見つける。
会いに行くから。










「もういいかい」
「もういいよ」
「みつけた!」

あとがき

BGMはwhiteBerryの同名曲。
テッド×坊は友情と愛情の微妙な境目っぽい感じが好きです。

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