何万分の一の確率

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それはまだ赤月帝国が存在しており、解放軍が反乱軍と呼ばれていた頃の事。



シグレはハイランドとの国境近くの森にいた。
とくに用事があったわけではない。
単なる気まぐれな散歩という奴だ。
だが突発的に城を出てきてしまった為、今頃大騒ぎになっているかもしれない。
そう思い、そろそろ帰ろうかと瞬きの手鏡取り出したその時。
「・・・?」
人の声がする。
幼い、泣き声。
シグレは声のするほうへ向かった。
すると、一本の大きな木の下で子供が泣いている。
足には血が滲み出ていた。
「ぼうや」
なるべく優しく掛けた声に、子供はびくりと怯えたように反応した。
「ぼうや、こんな所でどうしたんだい?」
しゃがみ込み、目線を子供に合わせる。
子供は涙を慌てて拭き、答えた。
「あの、ね。ボク、じいちゃんとケンカして、ここまで来たんだけどケガして、これからどうしようかって思ってて・・・・・・」
家出少年らしい。
シグレは溜息をついた。
「ぼうや、お家はどこだい?」
尋ねてみるも、子供は首を振るばかりで答えようとしない。
シグレは少し困った気分になってきた。
同時に、足の怪我が気になる。
「ねぇ、ぼうや。お兄ちゃんのお家に行かないかい?」
「・・・家?」
「ああ。そこなら足の怪我を治してあげられるよ」
安心させようとなるべく笑顔で、優しく頭を撫でてやる。
「どうだい?」
「・・・・・・」
子供はシグレの服の裾を掴んで頷いた。
シグレはもう一度優しく笑うと、瞬きの手鏡をかざした。





「で、こんなの拾ってきちゃったんだ」
「ルック、犬猫拾ってきたみたいに言うのは止めてくれ」
自室で、シグレは傍らのルックに言った。
来てもらったリュウカン医師の手際は素晴らしく、あっという間に怪我は包帯の中に包み込まれた。
「ほれ、これで歩いても大丈夫じゃろう」
「ありがとうございます、リュウカン先生」
シグレは深々と礼をする。
「だがまだ二三日、包帯は取れんぞ。あとあまり無茶はしないことじゃ」
「分かりました」
部屋の外まで医師を見送った後、シグレは、子供に質問を始めた。
「まず、君の名前を教えてもらえるかな?あとどこから来たのかも」
「やだ」
「どうして」
「・・・・・・それを言っちゃったら、じいちゃん迎えに来るでしょ?だからやだ」
「・・・ナマイキ」
ルックがぼそりと言う。
「君がそれを言う?」
わずかに苦笑していると、ドアが鳴ってグレミオとフリック、それにビクトールが入ってきた。
「おなかが減っていると思ってシチューをお持ちしました」
「感じはどうだ。怪我のほうは大丈夫か?」
「しっかしお前も妙なもん拾ってくるよなぁ・・・・・・」
それぞれの言葉に、シグレは軽く頭を下げ、
「すまない。迷惑をかける」
「別に俺らは気にしてねぇけどな。アレがお前の拾って来たガキか」
いかつい面相のビクトールに、子供は怯えてシグレの影に隠れる。
ビクトールが頭をかきかき、苦笑して、
「嫌われちまったか」
「大丈夫、彼は顔ほど怖くはないから」
「おい」
シグレのフォローになってないフォローに、ビクトールは思わず頬を引きつらせる。
シグレはそれを気にも留めず、質問を再開した。
「それじゃあ、君の年はいくつ?」
「十一」
「――――ッ!?」
一瞬あたりの空気が凍りついた。
なぜなら子供の年齢は見た所八〜九歳ぐらいにしか見えなかったからだ。
「ジュ、じゅういち?」
シグレが珍しくどもる。
「ありえないだろ、おい・・・」
「ガキのくせに童顔?」
「坊ちゃんもお若く見えますが、彼のほうが上ですねぇ・・・・・・」
他の面々も口々に驚きを口にする。
ルックにいたっては絶句したままだ。
「へ、変?」
子供が心配そうに伺う。
シグレははっとすると、
「いや。こっちが勝手に驚いただけだから・・・・・・気にしないでいいよ」
そう言って優しく頭を撫でる。
少年の頬が赤らむ。
そこにいた面々はわずかに面白くないと感じ、同時にこんな子供に嫉妬した自分自身を馬鹿馬鹿しいと思った。
だが一瞬だったはずのその不快感は、この後も続く事となる。






「シグレのお兄ちゃーん!」
少年が元気よく飛びつく。
棍の稽古をしていたシグレはその手を止めた。
「こら、危ないから離れなさい」
注意するが、子供は聞き分けようとしない。
「遊ぼう、遊ぼう!」
「しょうがないなぁ・・・じゃあもうちょっと待っててくれるかな?」
「うん!」
少年は満面の笑顔で頷いた。
それを近くで見ていたルック。
「・・・面白くないな」
「何がだい?ルック」
傍に来た友人の不機嫌な声に、シグレは聞き返す。
「アイツ、いつまでいるの?」
「さぁ・・・あと三日くらいかな?」
そう言って、実はもう四日たってる。
シグレは少年が手を振るのを見て、振り返した。
と、
「シグレ」
「うん?」
ルックの手が汗ばんだ髪を梳く。
「どうした、ルック。何かついてる?」
「・・・別に」
そう言ったが、ルックは梳く手を止めない。
「んっ」
ルックの手が首筋に触れた。
「ちょ、ルック・・・・・・」
非難の声を上げると、ルックは形のいい唇に意地の悪い笑みを浮かべ、
「何?感じたの?」
「なっ!?」
「――――ッ!!」
シグレが顔を赤くした瞬間、鈍い音と一緒にルックはその場に崩れ落ちた。
「ル、ルック!?」
見れば後頭部に中々いい大きさの岩。
「ごめんなさーい!!」
少年が慌てた様子でやってきた。
「あの、石投げしてたら、手が狂っちゃって。シグレのお兄ちゃん、怪我なかった?」
「僕はいいけど・・・・・・」
そう言ってルックを見下ろし、
「・・・・・・遊ぶ前に、ルックをリュウカン先生に診せなきゃね」





ルックをリュウカン先生の元へ運んでその帰り道。
「よぅ、シグレ」
「ああ、フリック」
ばったりとフリックに出会った。
「どうしたんだ。リュウカン先生のところから出てきて・・・・・・怪我か?」
「うん。ルックがちょっとね」
「あいつが?珍しいな」
「不慮の事故だよ。それよりフリックはこれからどこに?」
「とくにどこって訳じゃないけど・・・・・・」
「じゃあ、僕と一緒にこの子と遊んでくれないかな?人数多いほうがこの子も喜ぶだろうし」
「そっか?・・・でも、なんか親子みたいだな、俺たち」
「やだな、変なこと言うなよ」
フリックが照れたように頬をかき、シグレも訳もなく赤くなる。
そこへ、
「あっ!あれ!!」
「何!?」
突然甲高い声が上がって、二人はとっさに声のさした方を向いた。
だがそこには、窓から見えるとてもよく晴れた青空が広がるばかり。
「いったい何が・・・・・・」
と、シグレが顔を戻すと、
「フリック!?」
さっきまで普通に喋っていたフリックが床に倒れているではないか。
「フリック!大丈夫!?」
抱き起こすが返事はない。
「ど、どうしたんだろう」
「シグレのお兄ちゃん、先生の所行かなくていいの?」
「あ、そうだ!」
少年の一言に我に返ったシグレは、慌ててフリックを肩に担いで、来た道を戻った。




遊び終わる頃、外はすっかり星空に変わっていた。
「楽しかったね、シグレのお兄ちゃん!」
「そうだね」
散々遊んでもまだ元気いっぱいな少年の様子に、シグレは微笑ましさを感じた。
それから明日何をしようかと話しながら部屋に戻る途中、
「シグレ様」
部屋の前ではカスミが待っていた。
シグレはその意味を読み取る。
「・・・見つかったんだね」
「はい」
二人の会話を、少年は不思議そうに見つめている。
「お話をしました所、すぐさまこちらにこられました」
「そうか」
「二人とも、何話しているの?」
「・・・あのね、君のおじいさんが見つかったよ」
「えっ!?」
少年は目を見開いた。
「何で・・・・・・っ!」
それからすぐシグレをきつく見据えて、非難の声を上げる。
シグレは少年の肩に手を置き、目線を同じにしてゆっくり話しかけた。
「僕が探すように頼んだから。君はもう帰ったほうがいい」
「やだ!ボク、シグレのお兄ちゃんとずっと一緒にいる!!」
少年は聞き分けなく頭を振った。
「ねぇ、ボクずっとここに居てもいいよね?」
縋りつく視線に、シグレは首を振って答えた。
「・・・それは、ダメだ」
「――ッ、何で!?」
「・・・あのね、君は家族と一緒にいたほうがいい。ここは、もうじき危なくなるから」
「お兄ちゃんたちも危ないのにここに残るんでしょ!?だったらボクも・・・!」
「だめだっ!絶対に、それはいけない」
「どーしてっ!?」
シグレはゆっくり、諭すように言った。
「僕にとって、ここの皆は家族みたいなものだからね。守らなきゃ。君には他に心配してくれる家族がいる。これ以上心配かけちゃいけない」
「でも・・・」
「聞き分けて欲しい。君を危険な目には合わせたくないんだ」
「・・・・・・」
「分かってくれた?」
少年は黙ったまま、こくりと頷いた。

門の前には、老いてはいるものの逞しい体つきの老人と、同い年くらいの少女が待っていた。
「さ、二人が待ってるよ」
シグレが小さな背を押す。
「あの、お兄ちゃん」
「なんだい?」
「お兄ちゃん、僕の事好き?」
シグレは少し面食らった。
それは他に見送りに来ていた面々も同じだったようだ。
「あの・・・・・・」
「ボク、お兄ちゃんの事大好きだよ!」
そう言って、背伸びすると唇に可愛らしいキス。
「なっ!?」
「ちょっ!」
「またね!お兄ちゃん!!」
動揺する一同を背に、少年は手を振りながら家族の元へ走っていった。
「・・・とんでもねぇガキだったな」
「・・・まったく」
ビクトールの言葉に同意しながら、シグレは唇をなぞる。
「またね・・・か」
明日にも命を落としかねないこの戦場で、そんな約束は無意味だった。
けれど。
「また、逢えるといいな」
「僕は二度と会いたくないよ・・・・・・」
包帯の白さも痛々しいルックが、ぼそりと本音を吐き出した。






それから三年後。
「やっぱり、アレが運命の出会いだったんですよねー」
シグレにべったり引っ付いるハクウが夢見心地に呟く。
「だってあの時解放軍のリーダーだったシグレさんに会って、そのあとボクが解放軍のリーダーになって、またシグレさんに逢って・・・これって絶対運命の赤い糸・・・いや、鎖で繋がってますよね!!」
「そんな訳ないだろっ」
呟いて、三年前のお返しとばかりにルックはハクウに向かって切り裂きを唱えた。

あとがき

リクは坊ちゃん受け争奪戦。
勝手に二主との出会い模造。
作中、何気に少年が黒いですが、自分はどっちかって言うと白二主が好きです。
ええ、無自覚にライバルを蹴散らしているような二主が(笑)

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