ささやかな願い

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元同盟軍軍主、シグレ=マクドールには一つの願いがあった。
それは本当にささやかな願い。
他者ならば容易く叶えられるその願いは、シグレにとって実現させるには非常に困難な願いであった。





「シぃっグぅっレさぁ〜〜ん!」
非常識に甘ったるい声を出して、今日も現同盟軍軍主は愛しの君を起こしにやってくる。
「おはようございま〜ス!!」
カギの存在など忘れたかのように力いっぱいドアを開く。
結果、今月に入って変えたカギの数は今ので二十四個にもなっていた。
「おはようございます、ハクウ殿」
もはや朝の儀式とかしたハクウの来襲を、シグレは苦笑をもってして迎えた。
その苦笑が自分のせいだとまったく気づかないハクウは、
(嗚呼っ!悩ましげな微笑も素敵です!!シグレさんッッッ!!)
うっとりと怪しい事この上ない表情を隠そうともしない。
対するシグレはそんなもの日常茶飯事なのでまったく動じない。
肝っ玉が大きいと判断すべきか、はたまた鈍いだけと判断すべきか。
「ハクウ殿、早く食堂へ向かいましょう。食べそびれてしまいますよ」
「ハイ!」
微笑と共に声をかけられ、うっかり有頂天になったハクウが歓喜のあまりシグレに飛びつこうとしたその時。



「切り裂きっ」
「だわぁぁ〜〜っ!!」



唐突に襲うカマイタチの群れをハクウはすんででよける。
ちなみにしっかりとシグレの手を掴んだままで、だ。
「誰だ!」
一応声をかけてみたがこんな事するのは一人しかいない。
「おはよう、シグレ」
「おはよう、ルック」
こんな状況にあっても爽やかな挨拶を交わせるあたり、二人ともよっぽど大物だ。
だがもう一人はこの二人ほどおおらかではなかった。
「何すんだよルック!シグレさんに万一当たったらどーする気!!」
「僕がそんなヘマやらかすとでも思ってんの?シグレ、早くこないと朝食に間に合わなくなるよ」
嘲笑と共にシグレにのみ、誘いをかける。
おそらく同盟軍で一番面の皮が厚いのは彼だ。
「解ったよ。でもルック、いきなり切り裂きをかけるなんて危なすぎないか?」
「いいんだよ、朝の挨拶みたいなものだから」
しらりと言い放つが、アレが朝の挨拶なら城内はすでに死屍累々となっているだろう。
「シグレさん!こんな非常識男はほっといて早く行きましょう!!」
「・・・・・・君にだけは言われたくないよ」
シグレの腕を引っ張っていくハクウの背中に向かい、ルックはぼそりと本音を吐いた。







朝食も終わって、するべきことも見つからない中途半端な午前十時。
シグレは池のあたりをぼんやりと歩いていた。
一人ではない。
ちなみに一緒にいるのはハクウでもない。
ハクウはシュウにつかまり、現在書類整理の真っ最中だからだ。
「天気いいなぁ〜・・・・・・」
「そうだね」
フリックの言葉に、シグレも相槌を打つ。
何をするでもなく、ただ歩くだけ。
フリックにとってはシグレと二人きりになれる唯一のチャンスである。
「最近戦闘もないからなぁ」
「この時間がずっと続けばいいね」
それが無理な話だと言うのは数秒後に証明される。
「フリックさ〜ん!!」
「げっ!?ニナっ!?」
フリックにとっては(失礼だが)天敵以外の何者でもないニナが、こちらに向かって全力疾走してきた。
どういったわけだか、彼女はいつもフリックの居場所を突き止める。
それこそ風呂にいようが寝ていようが戦闘中だろうが、だ。
「何で逃げるんですかぁ〜?」
「追いかけてくるからだぁ〜〜!!」
ニナの姿を見たら逃げるのはもうすでに条件反射。
「すまん、シグレ!」
一言謝って、フリックは全力でその場を後にした。
土煙が舞い上がり、消える。
目を開けたときには、もう二人の姿はどこにもなかった。
「何だったんだろう・・・いったい・・・」
呟いて頭を振り、自分もまたその場を去ろうとした、その時。
「キャン!」
「うわっ!」
甲高い悲鳴と一緒にのしかかる重み。
覚えがある。
それも嫌と言うほどに・・・・・・
「ビ、ビッキー?」
「きゃー!シグレさん!?まいどまいどごめんなさい!!」
「いや、いいよ。だから早く・・・・・・」
「はい!テレポートします!!」
「じゃなくて退いて、てぇ〜!?」
その場に叫び声だけが残り、シグレたちの姿は掻き消えていた。









――ビッキ―のテレポートは本人のドジ加減に反して案外正確だ。
なのに。ああ、それなのに。
「僕はどうしてこんなところにいるんでしょう・・・・・・?」
小さな問いかけが強風に消える。
今現在のシグレの所在地。
――――城の屋根。
おまけに足場がないから降りるに降りれない。
「このまま餓死か、風葬かなぁ・・・・・・」
恐ろしいことを口にしてもどこまでも危機感がないのは性格上のことか。
或いはソウルイーターがある以上死ぬに死ねないためか。
テレポートされて半刻にもなり、そろそろ雲の数も数え飽きた頃。
救いの神は大声と共に現れた。
「シグレ殿!!」
大声に下を向けば、テラスでこちらを見上げるマイクロトフの姿。
「何をなさっているのですか!?」
「雲を数えています!」
正直に言うと、マイクロトフは余計に混乱してしまったようだ。
「いや、あの、そうではなくて・・・・・・」
「あ、そうか。あのー、すみませんが僕を降ろしてくださいませんか?」
「・・・降りれないのですか?」
「はい、残念ながら」
マイクロトフは頭を抱えてしまった。
降ろす方法を考えてくれているのか。
ひょっとしてどう降ろそうかよりもどうやって登ったのかを疑問に思っているのかもしれない。
数分後、決意したようにマイクロトフはシグレに向かって叫んだ。
「ではなるべく屋根の下のほうへ移動してください。そしてそこから飛び降りてください」
「えええっ!?」
シグレが仰天の声をあげる。
なぜなら屋根の一番下まで下がったって地面との距離は四m。
どう考えても骨折は免れない。
「大丈夫です!下で私が受け止めますから!!」
シグレはその言葉を聞いて若干ほっとした。
マイクロトフの体格と性格から言ってきっと受け止めてくれるだろう。
数秒の迷いの後、シグレは決断した。
「いきます!!」
シグレがマイクロトフ目掛けて飛び降りる。
一瞬の浮遊感の後、シグレは見事にマイクロトフに受け止めてもらっていた。
「ありがとうございます!!」
シグレが滅多に見せない満面の笑みを浮かべる。
首に手を回され、自分もシグレの腰に手を回し抱きかかえる形のマイクロトフは、間近で見るその笑顔に顔を真っ赤にした。
「あ、え、あの、いえ、そのっ、お礼には及びません!!」
そしてそのままの状態で固まる。
「・・・・・・あの?」
「はい!ぐっ!?」
「えっ!?」
離してくれ、と言う前にマイクロトフは手を離した。
正確には離した、と言うより解けた、といった感じだったけれど。
倒れたマイクロトフの背後ににっこり笑顔の美青年。
「カミュー殿?」
「お怪我はありませんか?シグレ様」
恭しく手の甲に口付けを贈る。
「僕はまったく平気です。ですがマイクロトフ殿が・・・・・・」
白目を剥いているマイクロトフに、心配げな視線を送る。
しかしカミューの方は、まったく動じず、笑顔を浮かべる。
「ご心配なく。マイクは最近寝不足なのです。今に来て急に眠くなったのでしょう。そんなことよりこれからこのテラスでお昼を一緒にしませ・・・・・・グッ!?」
「シッグッレさ〜ん!!」
カミューが最後に発した言葉に重なるように能天気な声。
軍主とよく似ている。
それより元気八割増で甲高いその声は・・・・・・
「ナナミ殿・・・・・・」
「シグレさん!そろそろお昼です!!一緒に食べにいきましょう!」
「いや、あの、それよりカミュー殿たちは・・・・・・」
「大丈夫です!きっとぽかぽか陽気だからお昼寝してるんです!」
ナナミはきっぱりと言い切るが、壁に打ち付けられたカミューの足元にはまごうことなき赤い血がたまっている。
「大丈夫です、大丈夫です!!」
「ああ、あの!」
女性であると言う理由だけでなくその腕を振り切れなくて、シグレはこっそり騎士達に向かい心の中で謝罪の言葉をかけた。
「お昼は私が作ったんです!冷めないうちにいきましょー!!」
その言葉にシグレの顔が色を失う。
同時に常々思う願いが頭の中によぎる。




一度でいいからこの波乱万丈の生活から抜け出し、静かに暮らしてみたい。
シグレは思わず今月に入って五十回目の『グレミオをつれてどこか知らない農村にでも逃げ出す』算段をし始めた。
そんなことをしたらハクウが全軍を挙げて探しに来るのは目に見えているけれど・・・・・・
(それともこれもソウルイーターの力のせい?)
そんな考えを右手の紋章は思いっきり否定する。






――――それは紛れもなくシグレ本人の力だ、と。

あとがき

八日間連続更新企画より。
彼の周りはいっつもこんな感じ。
敵より内部のほうがやばいんじゃないか?

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