かれの流す涙を、いったい誰が受け止めてやるというのだろう?
銀白を染め抜いたような空間。
見上げた先に空はなく、ただただ白があるだけ。
どこまでも果てのないその場所で、シグレは立ちすくんでいた。
いったいいつの間にこんな場所に来たのか記憶がない。
もっと言うなら"ここに来るまで"の記憶もない。
とにかく気づいたらこんな場所にいたのだ。
いったいなぜ自分がこんな所にいるのか・・・
シグレはもう一度あたりを見回した。
見回した視界に何かが引っかかる。
シグレはそれに目を留めた。
誰かうずくまっている。
シグレはその人影に向かった。
「どうかされましたか?」
シグレはなるべく優しい声をかけた。
うずくまった人は答えない。
「どこか傷むのですか?」
答えはない。
そのうちシグレは気づいた。
なぜかれがうずくまっているのか。
泣いているのだ。
嗚咽は聞こえない。
だが確かに泣いている。
すっぽりと黒のローブを纏った体を小さく震わせ、何かに耐えるように声も立てず。
かれは泣いていた。
シグレはそれ以上声をかける事をやめ、同じ様にうずくまり、かれの肩に手をかけた。
かれは何も反応しなかった。
シグレは構わなかった。
別に反応が欲しかった訳でない。
ただこうして側にいたかった。
自分が望んだ行動。
優しい言葉をかけるでなく、泣く理由を問うでなく、その場から去るでもなく。
ただ、側にいるだけ。
――白のみ広がる世界で二人っきり。
やがてシグレは肩に置いた手に奇妙な感触を覚えて手を放した。
白の世界で異色の色彩。
――血の緋。
「っ!やっぱりどこか怪我を・・・!?」
シグレが慌てて両手でかれの肩を揺する。
「・・・して」
「えっ・・・?」
かれがやっと言葉を話した。
か細い、途切れそうな声で。
「かえして・・・」
必死に。
「かえして・・・」
「・・・何を?」
シグレは問い返した。
「かえして・・・」
「どこへ?」
「私を・・・」
「あなたを?」
「かえして・・・」
「どこへ?」
「・・・・・・」
「どこへ?」
かれが顔を上げる。
陶器の頬を流れる雪解けのような涙。
――知っている。
かれを確かに知っている。
「還して」
「あなたは・・・」
「私を」
「なぜ・・・」
「あそこへ」
「どこへ・・・?」
「・・・・・・」
「どこへ?」
かれはつぐんだ唇をゆっくりと開く。
「 」
――答えを聴くより先に、シグレは夢から醒めた。
寝台からゆっくりと起き上がる。
開け放たれた窓から見えるのは暝い夜。
シグレは無意識の内に流れていた涙を手の甲で拭き取った。
――濡れた右手が、なぜか泣いているように見えた。