桜夜逢瀬
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桜の木があった。
もう何十年もそこに生え、その幹は大人が三、四人両腕を広げてやっと抱えられるかどうかというほど大きく、根っ子も又太く長く、何本か地表に現れながらごつごつとあたりに張り巡らされていた。
桜は今が盛りだった。
花弁は老木のためかほとんどの部分が白い。
風もないのに花の雨が降る。
まるで夜気を吸い込み、その重みで散っているようであった。
その木の根元、窪みになっている所に少年が一人、目を閉じ座している。
ひら、ひら。
肩に掛かる花弁を掃う事もなく、ただじっとしていた。
ひら、ひら。
ひら、ひら。
ひら、ひら。
ひら、ひら。
やがて少年はうっすらと目を開けると、待ち人の到来に気づき、やんわりと微笑んだ。
待ち人もまた、少年に気づき微笑み返した。
少年が口を開く。
「ひさしぶり」
「ああ」
「またあえたね」
「ああ」
言葉の合間に花が降る。
ひら、ひらと。
二人の間に降り積もる。
手を伸ばせば届く位置に待ち人はいる。
だが、触れる事は許されない。
「君に、触れたいな・・・」
「それは・・・無理だろうな」
彼岸の人間と此岸の人間。
触れ合う事は絶対の禁忌。
もしも幽鬼の世界に生きた人間が触れれば・・・。
「僕も・・・連れて行ってくれればよかったのに・・・」
初めて少年の表情が変わった。
何か胸に詰まったような苦しそうな微笑。
「君と一緒なら、何処へだっていける」
偽りの混じらない、真摯な言葉。
それでも、待ち人は首を横に振った。
「それは、出来ない」
「どうして」
「俺がいやだから」
待ち人もまた、苦しそうに笑っていた。
「俺にはお前を連れて行くことなんて出来ない」






――本当は何度も連れて行こうとした。
少年が泣くたび、傷つくたび、幾度も。
眠る少年の首に指を絡ませ、一思いにこちらの世界へ引きずり込もうとした事も一度や二度ではない。
だがその度に思い知らされる。
少年の目指す道を。
少年を必要としている人々の存在を。
その存在を忘れ去れるほど、自分は我侭にも悪人にもなりきれなかった。
そして何よりの理由は――――。





「俺は、お前に光の下にいて欲しいんだ」
先ほどとは違う、晴れやかな笑顔で待ち人は言った。
「こんな暗い、冷たい場所じゃなく明るくて暖かい光の元にいて欲しい。そして照らし出してくれ。その一条の光で、闇に堕ちた俺を照らし出してくれ」
「それが――君の望みなの?」
「ああ」
逝ってしまった待ち人の、それが、願いだというのか。
「――分かったよ・・・」
それが大事な人の望みなら。
「僕は、ここにいる」
それできっと、自分も救われるのだと、少年は思った。
「――じゃあ、もういくな」
「もう?」
「ああ」
「またあえるよね」
「たぶんな」
それは絶対のない約束だった。
それでも。
「またね」
「またな」
手を振ると、待ち人は溶け込むように闇に消えた。
ひら、ひら。
ひら、ひら。
花が降る。
俯く少年を慰めるように。
今一度の涙を隠すように。
ひら、ひら。
ひら、ひら。


――――あとには夜と桜、そして少年だけが残った。

あとがき

まあ、そういう訳で、人物表記はないですが、本人はテッド×坊のつもりです。
桜と幽霊って繋げ易いよな〜なんて思いながら書いて見ました。
そして耽美っていうか淡々とした語り口も目指してみました。
若干『陰陽師龍笛の巻』の影響も受けてます。
使用時間はおよそ一時間半、一気に書き上げ。
煩悩ってすごいですね(笑)

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