黄金の皇帝死去。 これにより、長年暴威を振るっていた帝国は滅亡の時を迎えた。 人々は勝利に酔いしれ、これからの未来へ希望を馳せている最中。
「よいしょっと」 「坊ちゃん・・・」 「何?グレミオ」 今まで荷造りに専念していたシグレは意識をちょっと、後ろの従者に向けた。 「本当に、行ってしまわれるのですか?」 「もちろんだよ」 そういって、もう一度膨れ上がった荷物と格闘しだした。 「せめて皆さんに挨拶してから・・・」 「いやだ」 振り向きもせず言い放つ。 「言ったらみんな止めるから言わない」 「坊ちゃん・・・」 この主人はまるで世間話でもするように続けた。 「だいいち、僕はこの共和国に居ちゃいけない存在だよ」 「何を言って・・・!」 「グレミオ」 低い、静かな声が従者を制す。 「僕の右手に宿っているのはソウルイーター。この世で最も呪われた紋章だ。僕は、呪われた紋章だなんて思ってないよ。だってこの中には父さんやテッドが居るから・・・」 右手にそっと、唇を落とす。 「けれど世の人々はそう思っていないだろう。この国は今希望に向かっている。その希望に、・・・汚点を残すわけにはいかない」 「坊ちゃん・・・・・・」
この小さな主人は、なんと強いのだろう。 諦めとも、妥協とも違う決意。 これほどに悲壮な決断をまだ二十歳にも満たない少年が下すとは・・・ いったい、何を思いながら旅立ちの準備をしているのか・・・
荷造りを続ける小さな背中が涙で滲む。 グレミオは必死で涙を飲み込んだ。
「さて、準備も終わったし、そろそろ・・・」 「行きましょうか」 「えっ!?」
シグレが振り向くと、そこにはすっかり準備の整った従者が立っていた。 「いつの間に・・・」 「では、まいりましょうか」 「行くって・・・どこへ?」 「無論、坊ちゃんの行くところです」 「ついてこいなんて言ってない」 「何言ってるんですか!坊ちゃんあるところにグレミオあり。です!」 こうなったら天地がひっくり返ろうとこの男は考えを変えたりしない。 よくわかりすぎている事実に、シグレはうっそりと溜息をついた。 「グレミオ・・・」 「ハイ!」 主人を取り巻く暗い空気にも気づかず、グレミオは上機嫌で返事をした。 「ぼくの命令を無視してソニエール監獄についてきたことあったよな」 「ハ、ハイ・・・」 「おまけにそこで人食い胞子にやられて死ぬし」 「いや、それは坊ちゃんを助けるために・・・」 「言い訳は聞かない」 「ハイ・・・」 制され、しゅんと小さくなる。 「あの後ぼくがどれだけ落ち込んだか知ってるか?」 「・・・・・・すみません」 「失語症って言うのは不便だな。しばらく軍に命令も出来なかった」 「・・・・・・」 もう既にグレミオはぐうの音も出ない。 主人を助けるために主人を傷つけた。 それは紛れも無い事実だ。 今更弁解の仕様もない。 グレミオはただひたすら小さくなっていた。 「・・・だから今度からは気をつけろよ」 「ハイ・・・へっ?」 グレミオははっと顔を上げた。 「旅の途中で死なれるなんていやだからな」 「ぼ、坊ちゃん・・・あの、じゃあ・・・」 「ほら、みんなに気づかれる前に行くぞ」 「・・・ハイ!!」 一気に浮上した従者を見て、シグレはふっと笑みを零した。
―――グレッグミングスターの門前。 振り返ると人々の灯す光が見えた。 望んでいた光だ。 この灯の為、今まで戦ってきたのかもしれない。 自然と笑みが浮かんでくる。 「坊ちゃん・・・」 「今行く」 そう言うと、今度は振り返りもせず歩き出した。 日の昇り始めた大地を踏みしめて。
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