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緋勇少年のキトクな日常・番外変
マリィとコスモと、時々ニンジャ。
=束の間の休息=
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雑踏の中は身を隠すのに適していたが、同時に動きを制限されやすいという欠点も持っていた。 コートの中に隠し込んだメフィストが襟から顔を覗かせ、小さく抗議の声を上げるが今は我慢して貰うしかない。 マリィは謝りながらメフィストを再びコートの中に押し込むと、自分自身はぐれないよう龍麻の手を強く握る。 握りかえしてくれた龍麻の表情を見ると、そこには焦りのようなものが見て取れた。 いつもは穏やかな顔が戦いの最中のように険しさを増している。周囲に配らせる目が、鋭い光を帯びている。 じき冬になろうかという肌寒い陽気なのに、龍麻の額にはうっすら汗が滲んでいた。 「オニイチャン……」 小さく声をかける。自分はよっぽど不安げな表情をしていたのだろう。 龍麻は、こちらに視線を向けると安心させるかのように前髪に隠された目を柔らかく細めた。 「ごめんな、マリィ。せっかくの休みなのに妙なことに巻き込んで……」 頭を撫でてくれながら、申し訳なさそうに語尾が掠れてゆく。 マリィは慌てて首を横に振った。 確かにこの逃亡劇は龍麻が発端かも知れないが、ここにやってきたのはマリィが一緒に出かけたいところがあると誘ったからだ。 つまり、大本は出かけたいと言ったマリィのせい。 だから気にしないで欲しいと詫びる龍麻に向かって言いかけた、その時。 「いた――――ッ!!」 人混みのなか、腹の底までよく響く威勢のいい声がマリィ達目掛けて飛ばされる。 それに応じて人が集まってくる。 振り返った龍麻の顔からは一気に血の気がひいていった。 「あかん!」 「キャッ!?」 抗議の声を上げる暇などあればこそ。 青ざめた龍麻は一声悲鳴を上げると、マリィを抱き上げた。とっさに体を丸め、マリィはコートの中のメフィストを庇う。 人垣をかき分け走り出した龍麻の肩越しに後ろを見れば、そこには同じように群衆をなんとか超えようとする、コスモレンジャーの面々がいた……。 騒動の発端――――つまりこの逃亡劇の始まりは、マリィが休日、コスモレンジャーのショーを見に行きたいと言ったところから始まる。 「マリィちゃーん! 龍麻くーん!」 ショーを終えて、いまだ熱気さめやらぬ舞台裏。 こちらを見つけたらしい桃香が、大きく手を振り舞台裏へと招いてくれる。 ブルーシートで簡単にしつらえられた楽屋では、まだコスモレンジャーのスーツを身につけた三人が笑顔で迎えてくれた。 「舞台の上から見てたよ。今日はきてくれてありがとうっ。楽しんでもらえた?」 「SoGreat! スゴク、楽しかった!」 素直に感想を言えば、ありがとうと頭を撫でられた。 先ほど見たショーの感動が、胸中でマグマのように滾っている。 まだ興奮さめやらぬ赤い顔のまま、どこが凄かったか。どこがすばらしかったかを身振り手振りを交え説明していると、後ろの方でずっと保護者然としていた龍麻の元に紅井と黒崎の二人がやってきた。 「来てくれたんだな! 龍麻ッち」 ヘルメットを小脇に抱え、紅井は龍麻の肩を遠慮もなく叩きまくった。 太陽のようにカラッとした表情には、見る者を笑顔にするパワーがある。 釣られたのだろうか、龍麻も珍しく口元に笑みを刻み紅井の言葉に頷いた。 「どうだった、ショーの感想は」 紅井の隣でニヒルに笑うのは黒崎。表情こそクールなものだが、眼鏡の奥の瞳が龍麻の返答を期待して爛々と輝いている。 マリィは桃香と話し込みながらも横目で三人の様子をうかがい、そしてその姿にほんのり口元に笑みを浮かべた。 今でこそ涼やかな顔で紅井達に労いの言葉をかけている龍麻だが、ショーの最中はずっと、それこそ一瞬一秒見逃してなるものかと言わんばかりに夢中になっていたのをマリィは知っている。 (サソって、よかった……) その時のまるで子供のように興奮した顔を思い出して、マリィは忍び笑いを零した。 ――――会話は和やかに進んでゆく。 こういった催し事を積極的に行うことから分かるとおり、コスモの三人組は子供好きらしくマリィの目線にたっていろいろおもしろい話を聞かせてくれた。 普段なら「子供扱いして」と少々へそを曲げるところだが、そんなこと気にならないくらいマリィは会話を楽しんでいた。 隣の龍麻も同様だ。 いつも通り聞き手に回っているが表情が常にないほど明るい。 珍しく、声を立てて笑ったりもした。 そんな談笑の真っ最中。 ふ、となんの前触れもなく紅井がこんなことを言い出した。 「それにしても、ようやく決心してくれたみたいだなッ!」 それまでの会話とは繋がらない跳躍した発言に龍麻共々首を傾げるマリィ。 はて、一体何のことやらと同じように首を傾げているであろう黒崎と桃香の方を見れば、予想を裏切り二人とも紅井の言葉にうんうんとしたり顔で頷いている。 「龍麻もようやくヒーローのすばらしさに目覚めてくれたんだな……」 「これから先の戦い、つらいものになるかも知れないけれど、一緒に力を合わせてがんばりましょう!」 「え……あの……」 三人から一斉に声をかけられ、戸惑いがちに一体何のことかと問う龍麻。 コスモ達から醸し出される異様な熱気に、少々及び腰である。 長く垂れ下がった前髪の隙間から見える眉が、ハの字になっていた。 腰が引けている龍麻に対し、何を思ったか紅井は晴れやかな笑みで肩を掴むと、 「これからよろしくなッ、コスモグリーン!」 「ちょまちぃや」 一足飛びどころか八艘飛びの発言に、龍麻の声の調子も変わる。 戸惑いは大いに残したまま、龍麻は問うた。 「さっきから話が全然見えないんだが……」 「え、だから龍麻ッちもようやく俺ッち達コスモレンジャーのメンバーになりたくなったって話だろ?」 そうだったろうか。 マリィは今までの会話を出来る限り思い返してみるが、そんな話は出ていなかったと思う。 それとも単に自分が聞き逃していただけか。 龍麻も同様にうんうん唸りながら記憶を探っているようだが、いっこうに思い当たらないようだ。 マリィと龍麻が揃って唸っている間にも包囲網は狭まってゆく。 「いやぁ、今まで何度もショーを見に来るよう誘ってたのに、断られてばっかだったしなー」 「龍麻もようやく素直になってくれたってとこか」 「龍麻くんッ、ううん、グリーンッ! もうグリーン用の衣装は出来てるから、ちょっとここで着てみてッ!」 一体いつの間に用意したのか。 桃香の手には、三人組とは色違いのスーツとヘルメットが握られていた。 期待に爛々と目を輝かせ、桃香はずいっとスーツを龍麻に差し出す。 龍麻の足が、それにあわせるように退く。 見上げた龍麻の表情には、焦りがあった。 拭う端から脂汗が顎を伝っている。 龍麻の緊張が伝染したのだろうか。 マリィも無意識のうちに肩に乗せていたメフィストを抱え直し、後ずさる。 さっきまでの和やかな空気はどこへやら。 ショーの最中さながらの熱気と緊迫が場を支配した。 龍麻もマリィも、コスモの異常な情熱に完全に逃げの姿勢に入っていた。 「あ、あのなぁ、三人とも……。前にも言ったと思うけど、俺コスモレンジャーには……」 「そうだ! いい機会だから、マリィちゃんもならない? コスモレンジャーに!」 龍麻の言葉を遮って、輝く笑顔で名案だと威勢良く手を打つ桃香に続けとばかりに、紅井、黒崎の両名もそれはいいと同意する。 いつの間にか、グリーンのスーツとは別にオレンジのスーツを桃香は手にしている。 重ねて持ったグリーンのスーツよりもだいぶ小さい、SSサイズ。 本当に、どこから、いつから用意していたのだろう。 予想外の方向に転がり続ける話に、もうマリィの頭はパンク寸前。 けれど心の端ではすこし「コスモレンジャーになった自分」と言うのに惹かれている点もある。 (ドウシヨウ、どうしよう……) 戸惑いと不安から龍麻のジャケットの裾をぎゅっと握れば、あやすように龍麻に頭を撫でられる。 ただしこちらに向いた顔には隠しきれない困惑がにじみ出ていた。 心配するなと笑い返せば、龍麻は再び紅井達の方を向く。 そして、険しい表情で深呼吸一つして。 「すまん、三人とも。俺にはコスモレンジャーに参加する意志も」 「これでゴールド、ブルー、ホワイト、イエローも合わせれば九人かッ! くぅっ、感無量だぜ!」 「つもりも一切無いんだ。今はなにより東京の異変を解決する方が先だと思う。それに練馬も」 「ずいぶん大所帯になったもんだな……。まぁ、どれほど人数が増えても俺がリーダーであることに変わりはないがな」 「なに言ってやがるッ! リーダーは昔からレッド、つまり俺ッちだってきまってんだよっ!」 「東京の一部なんだからこれまで通りのやり方でも十分護れるはずだ。何も、コスモレンジャーに限定しなくても」 「あ、龍麻くんとマリィちゃんが加わるなら、新しいビッグバンアタックを考えなきゃ! それに名乗り口上も!」 「それなら俺ッちにいいアイデアがッ!」 「いいんじゃないか――――って人ン話聞ぃてぇやー!!」 説得を一切合切見事に無視されて、とうとう龍麻の泣きが入った。 話の中心にいるはずなのだがいっそ清々しいほどあっぱれな蚊帳の外っぷりに、マリィも開いた口がふさがらない。 珍しく張り上げられた龍麻の言葉も、話に夢中なコスモ勢は聞いていない。 龍麻の歯ぎしりが耳に届く。 「――――ッ、とにかくッ! 悪いけど俺はコスモレンジャーに入るつもりはないんだ。本当に申し訳ないけど、今日はこれで帰らせてもらう」 行こう。と差し出された手を取ったマリィは、振り返る視線に若干の未練を残し、龍麻と帰り路につくこととなった。 「あ、ちょっと待てよッ!」 「どこ行くんだ、グリーン!」 「二人ともー! まだキャッチフレーズ決まってないよー!」 三者三様の声が追いかけてくるが、龍麻は振り向きもしない。 そのうち歩きが早足となり、駆け足となり、疾走となり――――。 「ごーめーんー! 追っかけてこんでー!」 冒頭の鬼ごっこになったというわけだ。 鬼ごっこは今も続いている。 戦況ははっきり言って不利だった。 人波をかき分け押しのけ泳ぎ逃げるのに龍麻は大人しすぎたし、なによりマリィというお荷物がいる。 対してコスモ勢はその派手な風貌の為か大人達からは自然と道を譲られ、さらにショーを見ていた子供達からの声援を受けますます張り切ってマリィ達を追ってくる。 追われるがまま、走り続けていたマリィ達は人混みから突如ぽんっと開けた場所にはじき出された。 そこは、少し前までコスモ勢がショーをしていた広場だった。 撤収作業の途中だったため、まだ書き割りや小道具なんかがその辺に散らばっている。 龍麻は再度、群衆へと身を投じようとしたがその時、三方から制止の声が飛んだ。 「追い詰めたぞッ!」 「逃げ場はない。観念しろッ!」 「二人とも、どうして逃げるの?」 「お前らが追っかけてくるからだろうが!」 顔のすぐ横で再び龍麻が声を張り上げツッこむが、当の三人組は本気で龍麻の逃げる理由を分かっていないらしい。 それぞれ訝しげな表情で首を捻っている。 マリィは龍麻に抱きかかえられたまま、どこかに退路はないかと周囲を見回す。 だが広場のまわりは物見高い野次馬達で人垣が出来ていた。 道行く参拝客や屋台の人、はては神社の人間までそれこそ老若男女取り混ぜて、四方八方こちらに視線が集中している。 さらに三人ともいまだスーツ姿であるためか、ショーの一環とも思われているようだ。 方々から飛ぶ、子供の無邪気な応援がそれを物語っている。 追いかけてくる三人が正義のヒーローだとしたら、幼いマリィを抱いて逃げ惑う龍麻に与えられた役は誘拐魔だろうか。 子供達がコスモ組を応援する声と一緒に龍麻への野次が混じって聞こえる。 見上げた龍麻の瞳はうっすら潤んでいた。 「一体何が問題で不満なんだよ、龍麻ッちは」 「問題は山ほどありすぎてとても表しきれないけど、不満だったら一言ですむ。――――お前ら、俺ン話ちゃんと聞きィやぁッ!」 「聞かなくったってオレには分かる! 今まで断りまくっていたのに今日ひーちゃんがショーを見に来てくれたのはオレ達コスモレンジャーに入りたいってことだろ!」 「なんか知らん間にあだ名呼びンなっとる!? っちゅーかちゃうし! 聞いて! 俺が今日ここ来たんはマリィに誘われたからで別にコスモに入りたいとかは……」 「マリィちゃんを言い訳に使うなんて、グリーンってばヒーロー失格よ!」 「えェ! もう失格でえェから去なしてェー!」 興奮のあまりか語尾は掠れ、口調は関西弁に戻ってしまっている。 普段の物静かで大人びた龍麻の姿はここにはない。 いるのは、コスモ勢の執拗な勧誘とよく事態を飲み込めていない周囲からのブーイングに四面楚歌となって涙目の、かわいそうな一人の少年である。 マリィはだんだんなにが正義か分からなくなってきた。 言い合いの間にも包囲網は着実に狭まっていた。 まったく隙のない三人の連携に龍麻の顔色も旗色も悪くなる一方。 抱きかかえられている為、間近に見える龍麻の表情は絶望のあまり引きつり、青ざめてしまっている。 龍麻はマリィをしっかと抱きしめたまま後ずさるが、すぐ後ろはまだ解体前の舞台。 目の前のコスモ勢および人垣を突破しない限り逃げ場はない。 だが、龍麻が例え逃げるためとはいえ仲間に手を挙げるとは考えづらい。 まさに"ジリ貧"。 最近覚えた日本語が脳裏をよぎる。 (オニイチャン……) マリィは漂う龍麻の悲壮感に、きゅっと唇を噛みしめた。 龍麻がピンチに陥ってる直接の原因はマリィにある。 そして、このピンチは本来ならば仲間であるコスモレンジャーをどうにかしなければ脱せない。 だが、性格上龍麻は仲間とは戦えないだろう。 ならば……。 (オニイチャンは、マリィが守るッ!) 噛みしめた唇に決意を滲ませ、マリィは龍麻の腕からおりようと身を捩らせた、その時。 吹き荒れる一陣の風。巻き上がる土煙と悲鳴。 とっさに庇われ、マリィは龍麻の胸に顔を埋める。 しばらくして風の止んだ気配に恐る恐る龍麻の腕の中から顔を覗かせたマリィが見たものは――――幾ばくか弱まったもののいまだ砂塵吹き上がる渦の中心に立つ、忍び姿の骨董店店主だった。 ――――その場にいた人々から闖入者に向けられた反応は、皆一様に"唖然"の一言に尽きた。 かくいうマリィも今まで影も形もなかった如月が何故ここにいるのか、さっぱり分からない。 龍麻も同様のようだ。 こぼれ落ちんほど見開かれた目が、心ここにあらずといった感じで如月を見つめている。 その点、野次馬達の方が順応性は高かった。 唐突な登場と、如月の忍び衣装からこれもまたショーの一環と思ったらしい。 派手な登場の仕方と見目麗しい如月の容姿にわぁっと歓声が上がる。 だが、当の如月はと言うとそんな周囲の声など物ともせず、まっすぐマリィ達の元へやってくると、表情に憂いを滲ませ、 「大丈夫かい、龍麻」 優しい声と悩ましげな表情に、やっと我を取り戻したらしい龍麻が目を何度も瞬かせながら、 「あ、あの……如月」 「あぁかわいそうに。こんなに顔を青ざめさせて……。もっとはやく来るべきだったね」 「あ、いやその、な……?」 痛ましげに頬に触れてくる如月の指を遠慮がちに払うと、龍麻は首を傾げた。 「なんで、ここに?」 マリィもさっきから感じていた疑問をぶつける。 すると、如月は普段のニヒルな笑みではなく優しい微笑みを浮かべて、 「それはもちろん五十二週と一日、三百六十五日、三千百五十五万六千九百二十九秒君のことを見守っているからさ」 ――――答えになっていない答えをよこした。 うっすら頬を染める姿は男と分かっていても思わず感動のため息がでるくらい美しい。 周囲からも感嘆の入り交じる黄色い声が飛び交った。 だがそんな笑顔を向けられた龍麻の方はと言えば、耳や頬を赤らめる如月とは真逆にどこまでも色を失っている。 心なしか、目や口の端が引きつっていた。 そんな龍麻に気づくそぶりもない如月、狭まる気配に蕩けていた表情を引き締め、刀を構える。 集中する野次馬の視線に混じって、射貫くような三対の視線を感じる。 視線の主はコスモ勢だった。 野次馬は如月をショーに乱入してきた怪人役ぐらいにとっているらしいが、はっきり言ってマリィにも分かるほど、如月は本気で戦る気である。 コスモ勢も如月の本気を感じ取っているのか、それぞれ武器を構えていた。 周囲からショーだと思っている子供達の無邪気な応援コールが巻き起こる。 応えるように目に見えてあがってゆくコスモ勢と如月のボルテージ。 「ちょ、お前らぁッ!」 龍麻の止めようとする声は皮肉にも ――――何も言えなかった。 龍麻もマリィも、もう何も言えなかった。 最初はただの休日であったはずなのに、いつの間にやら忍者VS戦隊ヒーローという謎の戦いに巻き込まれてしまっている。 本当に、一体何が悪かったのだろう。 マリィはただ、休日を龍麻と一緒に過ごしたかった。 ただ、それだけだったのに……。 「星回りが〜悪いのよ〜」 突然隣に気配と声。 独特の間延びした口調には覚えがあった。 「どういう意味だ、裏密」 もういい加減驚くのにも飽きたのか。あるいはヤケになっているのか。 特別な反応はせず、龍麻は突如現れた裏密の存在をあっさり受け入れた。 薄い反応にほんのすこし不満そうに唇を尖らせた裏密だったが、すぐに忍者VSヒーローに視線を向け、龍麻の問いに答える。 「今日の龍麻く〜んの運勢は〜、 「……それ、できるなら前もって教えておいて欲しかった」 事前に知っておけば近づかなかったのに……ッ! と頭をかきむしり龍麻はうなだれる。 それを見て、裏密はとても、非常に、見たこともないくらい嬉しそうに笑った。 楽しんでいる……。この少女は龍麻の災難を、心底楽しんでいる。 マリィは確信をもってそう断じた。 証拠に、分厚い瓶底めがねの奥で狐を思わせる目が満足そうに細まり、龍麻を見つめている。 ある意味目と鼻の先で行われている異能者達の諍いより、質が悪かった。 ふと、裏密と目があった。 一瞬身を引きかけたマリィに対し、裏密は唇の前に一本、指を立て、いたずらっぽく唇を歪ませる。 そして、視線をすぐに龍麻の方に向け直すと、 「それで〜、龍麻く〜んはどうするのかしら〜?」 手にした人形をピコピコ動かしながら問う裏密。 それまで頭を抱えていた龍麻が、裏密の意味ありげな言葉に面を上げた。 あげた先に待っていたのは、コスモ勢と如月とによって繰り広げられるバトル。 片方がいかにもなスーツ姿であるためか、どこをどうとっても特撮の撮影にしか見えない。 だが、地を刳る衝撃波も、天に吹き出す水柱もけっしてトリックなどではない。 観客達にはそれが分かっていないようだ。 「……ちなみに、裏密」 「なぁ〜にぃ〜?」 「今目の前にいる一般群衆の方々に、俺と同じ凶相は見えるか?」 真剣な表情の龍麻に対し、裏密の返事は、 「……ううん〜。"今"、"最悪"の、凶相が見えるのは龍麻く〜んだけ〜」 これからどうなるか分からないけれど。 そんな声ならぬ声が聞こえてきそうな、輝いた笑顔。 「……そうか」 それを真正面から受け止めた龍麻は、肩の力を抜く。 「じゃ、いっか」 被害が俺一人ですむのなら。 瞳に、賢者のごとく達観した光を宿した龍麻の唇から、深く、長く、重いため息が零れる。 どうしたのだろうと首を傾げるマリィを、龍麻はそっと裏密の隣に下ろした。 「裏密、マリィを頼む」 鬼を前にしている時さながらの真剣な表情の龍麻に、委細承知と裏密はいつものように笑って応じる。 頷き返した龍麻は力強くマリィの両肩に手をかけると、淡く痛ましい笑みを零し、 「征ってくる」 ――――マリィの悲痛な制止を残し、龍麻の背中は混乱の中へと消えていった。 後日、マリィは葵からこんな話を聞かされる。 例の一件で見事真神新聞の一面を飾る事となった龍麻は、あのショー(と思われている乱闘)が意外にも好評を博したためもう一度演ってくれないかという申し出が神社側からあったと杏子づてに聞くと――――ただ乾いた笑いを零し、青あざの残る顔を力なく机に突っ伏させたそうな。 |
あとがき
優しい君への五のお題Byリライト様
「束の間の休息」
ここに来てまさかのお題裏切り。
休んでいない。休めるわけがない。
休もうと思っても休めない。必ず何かに巻き込まれる。
それがうちの(ギャグにおける)龍麻補正。
コスモが書けて非常に満足です。
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