夢想寸話
−【陰】−
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以前読んだ物の本には、こう書いてあった。 大和の人間は、皆目覚めが早いという。 ――――ウソつくんじゃねぇ。書いた奴出てこい。と、風祭は布団の中で正体無く眠りこける自称大和出身者を見て毒づいた。 「ったく、毎朝毎朝……」 時は辰の刻。お天道様が顔を出してだいぶ時間がたっている時間帯。 風祭は部屋の中央で仁王立っていた。 押さえつけたこめかみがぴくぴくと痙攣する。 まるで親の敵のように睨み付けた鼓動する布団の中には、いまだ惰眠を貪る同室者がいる。 名は緋勇龍斗。数えで二十歳に手が届こうかという青年――――の、はずである。 しかし、少なくとも今の龍斗を見ている限り二十歳という年齢には偽りがあるように見えた。 がたいはよい方だ。そこそこ背の高い天戒より、まだ小指の先一つ分ほど高い。 頭もいい。特に薬草の知識には舌を巻くものがあり、風祭自身何度も世話になっているのでその確かさはよく分かっている。 性格は、無愛想に取れるほど沈着冷静。椿事にも取り乱すことなく対応する様には鬼道衆の懐刀とも言うべき嵐王も一目置いている。 しかし、それはすべて昼間の姿。 朝、完全に目を覚ますまでの数刻、龍斗は恐ろしく手のかかる子供に代わる。 何せ、毎朝毎朝、それこそ声が枯れんばかりに耳元で怒鳴ろうが、骨が折れるのではないかと思うほど蹴りつけようが、部屋を丸々池に変えてしまうほど水をかけようが、びくともしない。 布団こそ我が牙城と言わんばかりに固執する様は見ていて腹が立つ前に呆れがくる。 放っておけば、体に苔が生えても気づかず眠り続けるのではないか。 いっそずっとそうしていろ。爺になるまで、世界の終わりがくるまで眠り続けていればいい。 何度そう思ったか分からない。 しかし、朝になると風祭は必ず龍斗を起こしにかかる。 自分でもよく分からない義務感に、苛立ちはさらに募るばかりであった。 そして、今日も恒例の戦いが始まる。 「龍斗ォ――ッ!テメェ、いい加減にしやがれーッ!!」 咆哮と共に勢いよく布団を引き剥がそうとするが、だめだ。 捲れたのは足元ばかり。がっしりと布団を掴まれ、上半身は見えない。 作戦変更。続いて第二戦、開始。 風祭は龍斗の背中――と思しき膨らみを足で乱打した。 「あんなぁ、いい加減お前が起きないと、俺も朝飯食いっぱぐれちまうんだよ!起きろ起きろ起きろぉお!」 最初はある程度加減していたが、うんともすんとも言わない布団を見ているうちに、だんだんと足に力が入ってくる。 力が入る分、狙いも定まりにくくなってきた。 しまいには、風祭の怒声より布団を蹴みそこねて畳を打つ音の方が大きくなる。 だがそれでも、龍斗は起きない。 なんて根性の入った寝入りっぷりだろう。毎朝毎朝、よくも飽きないものだ。 そのうち、風祭のほうが音を上げた。 息を荒げて足をどける。憎たらしいほど、眼下の布団は安らかに規則正しく呼吸している。 風祭の額に新たな青筋が刻まれた。再び、掛け布団に手をかける。 「龍斗ォ――――ッ!!」 今度はたいした抵抗もなく、布団はひっぺりはがせた。 しかし、顔まで見えた瞬間龍斗の足に蹴り上げられ、油断していた風祭は重心を崩した。 倒れこんだ先は、よりによって龍斗の腕の中。しかも、寝ぼけているのか万力のような力を持って風祭は龍斗に抱きしめられた。 何度かもがくが、拘束の外れる気配はない。骨が軋む。息が詰まる。首筋に当たる吐息が熱い。 「て……めぇ……」 ふざけるなッ!そう叫びかけた風祭の言葉に、声が重なる。 耳朶をわずかに掠めたのは、小さな小さな龍斗の呟きだった。 「……すけ……たす……」 助けて……? そう聞こえた声は、どうやら人の名前らしかった。 その後、次々と上げられてゆく名前たち。 この名前たちを、風祭は知らない。 村のどの人間にも当てはまらない名を、龍斗は呼び続ける。 彼は夢うつつに呼びかける名前達を心の底から愛しているらしかった。 微かに耳朶を打つ声には、深い深い愛情と憧憬が篭められているように感じたからだ。 誰なのだろう。 彼に、こんな声で呼ばれる人々とは。夢に見るほど愛される人々とは。 自分の知らぬ人間の名を繰り返し呼び続ける龍斗。 風祭は、龍斗の声が耳を掠めるたび腹の底に、妙に固くて重いものが蟠るような気がした。 これ以上不快なものを植え付けられたくなくて、風祭は背に回ったままの龍斗の腕を渾身の力を篭め引き剥がした。 「いい加減に――――ッ!」 声はまた、最後まで続かなかった。 視界に移る光景が信じられなくて、何度も眼を瞬かせる。 龍斗が。 あのどんなときにも取り乱さず表情を変えなかった龍斗が。 ――――泣いていた。 誰とも知らぬ人々の名を呟きながら。 両手を、ここにいないはずの人々を探すように彷徨わせながら。 泣いていたのだ。 目じりに溜まった涙が、朝日を受けてきらきらと光っている。 「龍斗……」 何を探している。誰を呼んでいる。 そんな子供のような顔で。そんな痛々しい表情で。 何を。誰を。 今まで見たこともない龍斗の泣き顔に、風祭は信じられない心持で手を伸ばす。 指が涙に触れた、その時。 廊下を軋ませ誰かが部屋に近づいてきた。 風祭はへばりついたままだった足を強引に動かすと、廊下に飛び出た。 廊下の先に、桔梗がいる。 突然飛び出した風祭に面食らったかのように、桔梗は切れ長の眼をぱちくりさせた。 「あれ。どうしたのさ、ぼうや。龍さんは起きたのかい?」 「いいからほっとけ、あんな奴!」 言い捨てて、桔梗の腕を掴みその場を後にする。 後で龍さんに恨まれても知らないよ、とため息つく桔梗を、一刻も早くその場から連れ去りたかった。 ――――見てはならないものを見た。踏み込んではならない場所に踏み込んだ。邪魔してはならない逢瀬を邪魔した。 そんな居心地の悪さを感じて、風祭はとにかくここから離れたかった。 居間へと向かう間、先ほどの涙と潤む声とが脳裏によみがえる。 龍斗は、今も夢の中で逢瀬を続けているだろうか。 自分の知らぬ人々と。愛しい、恋しい人々と。 そう思うと――――涙に触れた指先がじくじくと熱を持った。 |
あとがき
五周年連続更新企画作品
設定的には鬼哭村に住み始めて間もない頃。
なので桔梗も"龍さん"呼び。
主人公設定読まないとなんのこっちゃな描写が山盛りです。
不親切でごめんなさい(汗)
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