うらのおと 関西風景

おとなのための男同士の恋愛小説
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人生はいつも途中


28


 シュウにヘルメットをかぶせられてバイクにまたがらせられ、腰に腕を回すように命じられる。

 「コーナー回るときバイク倒すんで、逆らわずに体重移動してください。逆向きに体重かけたら、むちゃ危ないんで」

 せっかくの生まれて初めてのバイク体験なのに、楽しむ余裕が全然ないのが残念すぎる。とにかく身体が重くて、振り落とされずにしがみついているのが精一杯だ。

 信号で止まるたびにココンとシュウのヘルメットに自分のヘルメットをあててしまう。

 「気にせんとってください。片方の手で後ろにあるタンデムバーつかんでくれはってもええんですけど、今のヨウさんやとバランス崩してもっと危なそうやから。おれに身体預けとってください」

 シュウは自動車のあいだを軽く縫って、どんどん前へとバイクを進めていく。

 「いっつもはこんなむちゃな運転せーへんのですけど、緊急事態なんで、ちょっと無理します」

 なんでもいいよ。おれは助けだされたお姫さまだから。なんだろう、シンデレラでも白雪姫でもないな。略奪された七人の花嫁? あるいは卒業? なんだ、お姫さま全然関係ないよ。

 なんでもいーや。いろいろ考えるのはやめにする。シュウがおれを助けてくれた。それだけでいい。

 シュウがここにいてくれる。もうそれだけでいい。

 「シュウ」

 「なんですか?」

 「ごめんな」

 「何がですか?」

 いろいろなこと。最初から全部。あんたのことをいいかげんにあしらったこと。瀬那っちに関する誤解をとかなかったこと。おれの病気のことを説明できなかったこと。あんたが怒ったときに謝れなかったこと。あんたの信頼を裏切ったこと。

 あんたが今ここにいてくれていること。

 「シュウ」

 「なんですか?」

 「ごめんな」

 「何を謝られてるのかわかりません」

 「シュウ」

 「なんですか?」

 「好きだよ」

 いつも一生懸命で、素直で、可愛くて。でもめちゃくちゃかっこよくて。

 おれに対する愛情をストレートに表に出して、おれを安心させてくれる人。

 だから、惹かれた。

 シュウ。

 おれはあんたに惹かれてるんだよ。たぶん、もうずっと以前から。



 シュウはおれをマンションに送り届けたあと、困った顔をしていたが、おれが当然のごとくシュウを部屋のなかに呼んだので、ためらいながらも靴を脱いだ。

 部屋に置きっぱなしにしていた薬袋の中味を開け、頓服薬を水で流し込む。飲めば即効くというわけではないが、しばらくしたら効いてくるはずだ。というか、嘘でも効いてくれないと困る。

 おれはベッドの上に寝転がり、シュウをちょいちょいと呼ぶ。シュウはやはり困った顔で、けれどもベッドの隣に腰を落ち着けた。

 左手を差しだし、シュウの手を握る。その手のあたたかさが、おれを安心させる。

 「なんか話してよ」

 おれがそうねだると、シュウはますます困った顔をした。

 「……なんの話ですか……?」

 「なんでもええよ。昔話とか。怖い話?」

 シュウは少しのあいだ戸惑った顔をしていたが、やがておれの左手を両手で握り、低い声で話し始めた。

 「おれ、こないだ、ママの店に行きました」

 おとぎ話というわけではないらしい。おれは、うん、とうなずく。

 「ママからおれの携帯に連絡があって。それで、行ったら……瀬那さんと……瀬那さんの彼氏さんが、おれを待ってはって」

 「柏原さんが?」

 「あ、えと、苗字は忘れました。里哉さんていう人」

 何度誘ってもあの店には来なかった柏原さんが? ママの店は瀬那っちの神域で、だから柏原さんはあの店を避けることに決めていたんじゃなかったのか?

 「それで、あの、いろいろ話聞きました。ヨウさんのこと。ヨウさんと瀬那さんとが、かなり古くからのご友人やってこととか、こないだ、ヨウさんちで、おれと顔合わせたときのこととか、瀬那さんと里哉さんとヨウさんのご関係のこととか。ヨウさんの、面倒の意味……亡くなられた恋人のこととか……ご病気のこととか……」

 そんな話をするために? 瀬那っちだけじゃなくて柏原さんまでが?

 そうか、そういえば、シュウの誤解に柏原さんも巻き込んでしまったんだっけ。そんなことのためにポリシーを曲げてくれたのか。

 あの人もいいかげんお人好しすぎる人だ。いつも真っ向誠実で、自分にできることを一生懸命考えて行動して。

 おれのことを見捨てることなんか、あの人には本当に簡単なことなのに。そうしたほうが楽なことなんか考えなくてもわかるぐらい、簡単なことなのに。

 それでも、おれなんかのために、動いてくれる。

 おれがどんなにがんばっても、その足もとにも及ばない人。太刀打ちできないよ、ほんと。

 これで柏原さんにまた大きな借りができてしまったな……

 そして、瀬那っち。もうおれのことを甘やかさないことに決めていたんじゃなかったのか、あんたは。酷い思いをいっぱいさせたのに、こうしてまた手を差し伸べてくれる。おれにとって、いちばん近い友人と言える人。

 永久に失わずに済んだ人。

 「おれ、おれには、難しすぎて、全部理解できたとは言いません。ヨウさんのご病気の話、おれ、そういう人がいてはるていうことは知っとっても、今まで身近にそういう人ていてへんかったから、よくわかりませんていうのが正直なとこです……」

 ばか正直なシュウ。でも、そういうところがあんたのいいところだ。

 だからおれは、あんたといると、安心するんだよ。

 「そしたら、三人とも、自分らにもわからへんよ、って、声揃えて。ヨウさん自身にも、ちゃんとはわかってへんこと多いんちゃうかって。それでも、わかることはあって、って」

 (あいつは確かに性格がええとは言わんけどな、自分が懐いてる人間をわざわざ見下す目的で、嘘ついたりはせーへんよ。そこまでは見損なわんといたってくれへんか? あいつ、そうそう人に懐くことあれへんから、あんたのことはかなり気に入ってると思う。確かに、感情の振れ幅が大きいっつーか、ときどき、人と会話する余裕がなかったり、無駄にとげとげしてるときもあったりするけど、あいつ、基本的に歯に衣着せへんから、どんな機嫌ええときでも、気に入らんやつに、嘘でも笑いかけたりせーへんよ。仕事やったらともかく、プライベートではせーへん。断言できる)

 瀬那っちはおれのことを、そんなふうに説明したのだという。瀬那っちらしいフォローの仕方だなー。ていうかむしろ、くそみそに言われているような気もするのだが……

 「おれ、ほんま言うと、ここんとこずっと辛かったんです。おれ、調子乗って女の子の服着て出歩いたりとかして、ヨウさんはずっとおれのことを、笑いもんにしてはったんちゃうやろかとか、この部屋にも何回も泊まって、ええ加減うんざりしてはったんやないやろかとか、そんなことばっか考えて」

 「そんなことあらへんよ」

 「おれ、田舎もんで、元もと喋んのとか、あんまうまくなくて。ぼけとつっこみって、大阪の人には基本マナーやて聞いてはいたんですけど、自分、そういうの苦手っていうか、できひんくて」

 「……はい?」

 「田舎にいてるときからずっと、ぼけもつっこみもできんとろいやつて、ばかにされとって。都会に行ったらそんなん通用せーへんて、ぼろかすで。そもそも、喋んの自体が遅いし。ヨウさんがほかの人と話してはるように、テンポのええ喋り、ばんばんしたりとかよーせんし、とろくさいし、ずっとずっと、ばかにされてんちゃうかて、ずっと気になっとって……」

 誤った知識極まれり。そりゃ、そういうことを調子に乗って言うやつも多いが、大阪人の全員がぼけとつっこみの英才教育を受けて育っているわけではない。そもそもおれも元もと喋るのがそう得意というわけではない。

 ああ、そういえば瀬那っちはそういうのうまいよなー。ああいうのが本場の大阪人てやつなのか。柏原さんも天然ぼけの人だしな。人によりけりだな。

 「おれはそんなことで、あんたのことばかにしたり、嫌たりしてへんよ。あんたとおるのは楽しいで? 泊まってってくれんのも、いっつもすごい楽しみにしてた」

 シュウはおずおずとおれの眼を見て、そのあとぶんぶんと首を振る。

 「そういうふうに、ヨウさんはおれに優しいから、おれ、図に乗って、勘違いするんです。お友だちとか言いだしたの、おれのほうやのに、そんなん、おれにとっては、ずっと、嘘、嘘やったんです。おれのほうが嘘つきなんです。おれ、ずっとヨウさんのことが好きで。初めて見たときからずっと好きで。こんなふうにふたりきりで会うようになってからは、もう、どんどん好きになるばっかりで……」

 「したら、両想いやな」

 「は?」

 シュウのくりくり目が、さらにくりくりのびっくり眼になる。

 「両想いやて言うてんの。おれとあんた。おれもシュウのこと好っきゃよ。な、両想い」

 シュウはほけらとした顔をして、そのあと、ぶんぶんと首を振った。

 「ヨ、ヨウさんの好きと、おれの好きとは違います。おれ、おれの好きは、お友だちの好きやなくて、おれ、おれ……」

 「おれの好きも、お友だちの好きとちゃうよ。シュウにおれ以上に好きな人ができたら、おれは拗ねる。確実に拗ねる」

 「は……」

 でも、でも、とシュウはまたしても首をぶんぶんと振る。

 「でも、ヨウさんは、ネコ同士でいちゃいちゃすんのは、あかんて」

 「うん。だから困ってる」

 「え?」

 「おれ、今まで、年上のタチの人としかつきおうた経験ないのよ。おれ、甘えたがりやからね。かわいがってもろて、リードしてもろて、抱きしめてもらわんとあかんかったのよ」

 「や、やったら……」

 「だから、困ってる。どんなふうにシュウとつきあえばええんかなーて。シュウといちゃいちゃすんの、おれは好っきゃよ。抱きしめたり、抱き合って寝たり、そんだけでおれ、むっちゃ幸せになれる」

 あの、あの、と言って、シュウはその手を引っ込めようとする。おれはその手を逃がさないように、ぎゅっと握りしめた。

 シュウの頬が赤く染まっている。綺麗な色だ。

 「独占欲かってあるよ。シュウが、店の他の人ら、たとえば、あんたと仲のええくりくり頭の子とか、それこそ、テンちゃんとか、おれよりずっと仲良さそうにしてんの見たら、おれ、苦しいよ。ずっとおれといてくれてたらええのにとか、そういうこと、おれ、考えるよ」

 嘘です、嘘です、と言って、シュウはその首をぶんぶん振る。とれてしまうんじゃないだろうかと思うほどに、ぶんぶんと振る。

 「信じてよ」

 シュウの手をつかんでいる左手を引き寄せる。シュウは、あ、と言って、呆気なくベッドの上に倒れ込んできた。その頭を抱き寄せて。

 その唇に、唇で、触れた。

 シュウは真っ赤な顔をして、けれどもおれから離れることはなかった。

 「嘘ついてたこと、謝る。隠しとったことがあったことも。今日助けに来てくれて嬉しかったよ。夢の国の王子さまやと思た」

 「そんなこと……!」

 「好きやよ、シュウ。おれ、あんたの理想の人とはだいぶん違うと思う。おれ、ネコやし、性格もええことあらへんし、身体のほうもポンコツで、たぶん、これからもあんたにいっぱい迷惑かける。嫌なことがあったら言うて。なおせるところはなおすように努力する。けど、いきなりタチになるのは無理やし、性格も、今から変えるのは難しいと思うし、身体のことは自分でもどうにもならんし、あんたの理想どおりの人にはなられへんと思う。けど、あんたとつきあいたい。お友だちやなくって。もっとずっと深く。駄目かな?」

 シュウは首をふるふると振って、何度も振って、振って振って振って、酸欠になったみたいに、はふはふと息をして。

 そして。

 「おれが好きになったのは、あなたです。理想の人って、確かにそれはそうなんですけど、でもそれだけやなくって。おれと一緒に出かけてくれて、おれ、おれが、女の子の服着ても、全然大丈夫、可愛いって言うてくれて、一緒に過ごして、どうでもええ話をいっぱいして、笑って、そんなふうに、一緒に、いっぱい、一緒に……!」

 シュウは言葉の途中でおれの首にかきつき、きゅうとおれの頸動脈をしめた。おい、待て。おれ、死ぬよ。

 「好きです、好きなんです、大好きなんです!」

 真っ赤な顔をして一生懸命おれへの愛を語ってくれる。可愛い可愛いおれの王子さま。

 「キスしてもええかな」

 そう問うと、シュウはぶんぶんとうなずいて、何度も何度もうなずいて、うなずいてうなずいてうなずいて。

 顎をもちあげてやると、その黒いビー玉が瞼の後ろにきゅっと隠れてしまって。

 ちょっと残念だなーと思いつつ。

 おれはもう一度シュウの唇に触れた。今度はさっきよりも深く。シュウの口内を味わいながら。




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