『お昼寝』

寒さも抜け、すっかり暖かさを増した日差しが、生え揃った下草にさんさんと降り注ぐ。暖められた空気がそっと吹き抜け、髪を優しくなぶられた者の頬を緩ませる、そんなある日の午後。

「―― でね、二月か三月すると、だんだん寒い日が多くなってきて、植物がいっせいに葉っぱ枯れてきちゃって……」
傍らからは、久方ぶりに訪ねてきてくれた友人の、聞き慣れた穏やかな話し声がするのに、どういう訳だか遠くに聞こえたり近くに聞こえたりする。

ああ、それはね、『秋』と言うものだよ。前は、どの土地にもあったんだけどね。あれ以来……君たち人間の言う“よばいぼし”が落ちてきた後に、黒い風が世界中に広まって以来、『春』とか『夏』とかと一緒に無くなっちゃっていたけれど。君たちが、黒い風の ―― 瘴気の原因を片付けたから、ゆっくりとだけど、世界に『季節』とかの流れが戻ってきたんだろうね。
そう、言いたかったんだけど。

「―― それでね、しばらくみんな不安そうにしてたんだけど、すぐにも酷いことが起こるような感じでもなかったから、とりあえず見守ってたんだけど……そのまま寒さが強くなって、あの土地で初めて雪みたんだよ! あれはびっくりしたなあ。でもすぐに溶けちゃってさ。今じゃもう暖かくなってきちゃって、心配していた植物の方も新芽が……。て、あれ?」
聞いてるの? なんて不思議そうな、訝しげな声が下の方から聞こえる。返事をしようと思うんだけど、したいんだけど……。

□□□

「もう……仕方無いなあ」
隣を見上げれば、てっきり話を聞いてくれていたものだと思ったのが、前へ後ろへ右へ左へ、こっくり、こっくり、と大きな頭が揺れている。相変わらずくるくるの尻尾は、風に遊ばれるねこじゃらしのようにゆらゆらと。

あれだけ何年も何十年も何百年も眠り続けていたくせに、それでもまだ眠れるなんて、と若者はちょっぴり呆れてしまった。自分だったら、そんなにずっと寝続けてしまうと次に起きた時、寝過ぎでもの凄く頭が痛くなるだろう。

ああ、けれど、と考え直す。
「―― この陽気じゃあ、仕方ないかなあ」

世界中に瘴気が溢れていた頃は、ここは特に濃い瘴気が渦巻く土地だったため、日の光は閉ざされ、冷えきった大地を旅してきた風が常に吹きつけ、いつ訪れても酷く寒かった。
静かで、薄暗い、寂しい場所だった。
眠り続ける彼らは口を閉ざし、心も閉ざし、沈黙の中で何もかも拒絶していた。

今とは大違い。

瘴気が払われてからは、この高台は太陽にもっとも近い場所となり、遮られることのなくなった日差しに暖められた地面には、ずっと地中で芽吹かせられる時を待っていた種がいたのだろう、これまで生えていた下草とは違う色と形の葉をつけた植物が芽を出している。
活発に動き出した地中の虫を餌とする小鳥たちが、騒がしくさえずりながらやってきては、大きな体のカーバンクルに怯えることもなく、あちらこちらで勝手気ままに飛び跳ね、土くれをつついている。

彼らを取り巻くものは、こんなにも穏やかだ。瘴気がこの大地に生まれる前、どれだけ昔のことか人間たちには到底思い浮かばないほどに大昔から、ここはこうだったのだろう。
世界中が、ゆっくりと本来の、大昔の姿を取り戻していくように、彼らのもとにも、戻ってきているのだ。

「まあ、いいか」
こんなに緩やかに時間が流れていては、誰でだろうと眠くなってしまうだろう。何せ、自分も、眠くて堪らないから、眠らないように話しかけていた訳だから。
相手も眠ってしまった訳だし、ほんの少しばかり、一緒にお昼寝するのも一興。人の話の最中に寝ちゃったのだから、枕代わりにしてもいいよね、と勝手に決めて、その大きな白と緑色の柔らかい毛の塊に寄りかかって大きな欠伸をした。

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