『おまじない』

雨の降り続く時期がやってきた。
この体を覆う羽毛も湿気でしんなりとしていて少々心地悪い。水捌けが悪いというか、水分を溜め込みやすいのだ。

我が家は粉をひくことを生業としているため、雨が降っている時に製粉しようものなら湿気で粉がしけってしまう。特にこんな大雨の日はな、と言って父は、今日の仕事は止めだと、朝の食卓で告げてきた。
急に暇になり、部屋に戻って、空いた時間に読もうと思っていた本を手に取った。その本は、借りたものだった。本の持ち主は、今はこの村にいない。クリスタルグースについて語られたその本を買ってきた少女は、キャラバンとして、外の世界を旅している。

キャラバンのいる場所でも、この大粒の雨が地面を打ちつけているのだろうか。
いくら街道が舗装されているとはいえ、全ての場所がそうではない。ぬかるんだ坂は、上る時にも下る時にも泥と化した地に足をとられ、進みにくく、いくらパパオが踏ん張っても、馬車は気を抜けばとんでもない早さで滑り落ちるソリになってしまう。
雨に濡れた体はすぐさま冷えて、体調が不安定になりやすい。
あの小さな白い足を包む布靴もぐっしょりと泥水が染み込み、足首の周りを彩る飾り羽も汚れて見る影もないだろう。長時間水に浸かり続けて冷えた皮膚は凍傷になりやすい。連れの少女はサンダルだから、なおさら具合は悪かろう。

彼女らがいない分を、他の者のように村を守るということで埋めることもできない自分には、待つことしか、いつもと同じ日々を滞りなく繰り返すことしかできない。
毎日絶え間なく回り続ける、我が家のひき臼のように。

ふと思い立ち、手にした本を、机に置く。代わりに布と鋏を取り出した。

「何だこりゃ。変わった飾りだな」
小雨へと変わりかけた雨の中を、見回り中らしい、軒先を通りかかった友人が庇から吊るされた布の塊を見上げ、訊ねた。
寸胴な兜(敢えて鍋と言わないのはひとえに友情のためだが)の下の表情は、おそらく訝しげに顰められていることだろう。

「飾りではないよ。てるてるぼうず、と言うものさ」
「一種のまじないか」
「そうだね。この雨が早く止んでくれれば、というまじないだね」
「しかし何というか、まるで首吊りのように見えるな」
「ああっ、だからって槍の先で突かないでくれ」

やいのやいのと騒ぐうちに、少しずつ雨は止んでいって、瘴気の向こう、雲の間からはつかの間の晴れ間が覗いていた。

こぼれ話:一覧に戻る