『夜明け前』

少女は目を覚ました。
そして自分が暗がりの中にいることに驚いた。

眠りに落ちる前は、まだ夕焼けにもならない日が差していたはず。
村を出て初めての戦いに、慣れない体は疲れ果て、少女の顔色に心配した仲間に勧められるまま、夕餉の支度を始めるまでの短い間、少しだけ休もうと馬車の中で横になったところまでは覚えている。
軽く仮眠をとるつもりだったというのに、それをうかうかとこんな夜更けになるまで眠り込んでしまった自分に腹を立て、少女は顔を顰めた。

馬車の外からは、微かに何かが燃えている音がする。おそらく外で独り起きている仲間が、眠ってしまった少女の代わりに見張りをしているのだろう。
集落では役目を引き受けた村人の誰かが見張っていてくれていた。しかし、ここでは自分たちが、いつふらりと現われるか分からない魔物に用心しなくてはならない。自分の身を守れるのは、自分しかいないのだ。

少女は顔を曇らせた。幾ら慣れていないとは言っても、これからキャラバンとして旅をしていく者が、最初からこの低落でどうするのだ。
だが、落ち込んでいる暇は無い。見張りを交代しなければ。
気落ちした心を奮い立たせ、ごそごそと毛布の中から抜け出すと、馬車後部の垂れ幕を掻き分けて外に出た。

薄明かりの中、少女の気配に焚き火の側に座っていた仲間が振り返った。少女が口を開くよりも先に、見て御覧と空の彼方を指差す。
―― 夜明けが来るよ。

山の稜線がぼんやりと闇の中に浮かび上がっていた。

手招きされるままに、仲間の隣に腰を下ろす。
肩に重みを感じて振り向くと、仲間の頭が乗せられていた。頬に髪が触れ、くすぐられる。声を掛ける間もなく、健やかな寝息が聞こえてきた。

―― こんなところで寝るより、馬車の方でしっかり寝た方が疲れがとれるのに。
そう言いながら軽く体を揺さぶるが、起きる気配はない。よほど疲れていたのか……無理も無い。考えてみれば、初めてではないとは言っても、まるで自分を守るかのように魔物に向かって突っ込んで行ったこの仲間が疲れていない訳がないのだ。独りで見張りをしていたところに、自分が起きてきたので、気が抜けて睡魔に負けてしまったのだろう。

―― ……ありがと。
朝が来れば、次の雫を求めて、また自分たちは歩き出さなければならない。
それまでの間、仲間が眠る側で、ゆっくりと闇に光が差していく様を眺めていよう。

朝日が顔を出すまで、まだ、時間がある。

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