『久しぶり』

どこだどこだと大騒ぎをしながら城中を駆け回った侍従長は息を切らしながら、とうとう愛犬の並外れた嗅覚に頼るしかないと心を決めた。
それにしても以前にもこんなことがあったと思い出し、それがいつのことなのか、そしてその時もその姿を探すには他に手が無かったことまで思い出してから、思わず頭を抱えた。

「ああまさか、もしや、またもや」

□□□

船着場に船を止め、乗せてきた客を降ろし終えた渡し守は、岸辺に待っていたその姿を目に留めた途端、しばし硬直した。

やがて軽いため息と、やや困ったような呆れたような笑みを浮かべ、恭しくお辞儀した。

「今日もお一人ですか。で、どちらへ?」

□□□

潮風に吹き上げられながら、崖の上に立つ青年は、今日も何をするでもなく、海を見つめている。
時折後ろの方で走り回って遊ぶ子どもたちがはしゃぎすぎて、ぶつかりそうにもなるが、彼はそちらを見るでもなくひょいと避けては、再び元の場所に戻っては先程と寸分も違わない姿勢で海を見下ろすのだった。

それはずっと以前から、変わらない光景だった。
誰かが、この村の者でも旅の者でも、話しかけたとしても、彼は決して振り返りもしない。海を見つめたまま、言葉を交わすのだった。
村の者は皆、青年がそこから動いたり振り返るのは、この村のキャラバンが帰ってくる時と、夜の焚き火の番を任された時、それだけだと思っていた。

実際に、その通りだった。
その時までは。

だからそれを見ていた者は皆、驚いた。
青年が、自分から振り返ったからだ。
ずっと後ろの方で、走り回っていた子どもに財布を掏り盗られた、一人の旅人の上げた声を、聞きつけて。立ち上がった。

青年と旅人の視線が空で交わる。
その無愛想な顔に、僅かに笑みが浮かび。
「久しぶり」
同じように笑顔を浮かべた、意志の強そうな青い瞳の旅人に向かって、青年は歩き出した。

「その格好、セルキーにしちゃあ、ちょっと変に見えるぞ」とは、ちょっとした照れ隠しだったのか、否か。

こぼれ話:一覧に戻る