『もどかしい』

今年もまた、キャラバンとして旅立つ時期が来た。
この日のために、年明けから色々と用意していた物を荷物に詰めていく。
前の晩にでも準備を済ませておけばよかったのにと諌める弟の声を聞き流し、いつもの調子で軽い挨拶を家族と交わす。
「そろそろ行こうよ」と連れに声をかけようとして振り向いた先の光景に、彼女は首を傾げた。

別段変わったことはない。
彼女の用意が終わるのを、すでに準備を終えていた連れの少女が家の前で待つ間、暇だったのだろう。
お向かいのユーク族のこなひきの家の長男坊と軽い雑談を交わしている様子だった。
誰も疑問にも思わないような、普段の見慣れた光景。
彼女が首を傾げたのは、その長男坊の様子がいつもと違うように感じたから。
表情が分からない、分かりにくいと一概に言われるユーク族の青年だというのに。
(………………慌ててる?)
その感想には、根拠も何もない。
だが幼い頃からご近所として、それこそオムツも取れない頃からの付き合いの彼女にとって、分かりにくいと言われている青年の表情や感情は、意外に感じ取れるものだったからこその、確信。
彼女の視線の先で、連れの少女が青年の肩に積もる、こなひきの家特有の白い粉に気づいて手を伸ばした時、その確信は強くなった。
急に自身に向かって伸ばされた手に、青年の動きが固まる。
その手がいつものように肩を払うのに気づいた途端に、今度は目に見えて慌てだした……といっても動きの速度が変わらないので、彼女くらいにしか分からないだろうが。
戸惑っているのだろう、体の両脇に垂れ下がっていた青年の手が、その手を払うでもなく、少女を止めるでもなく、手を添えるでもなく、ゆらゆらと少女の細い体の回りを彷徨う。
(……いじましいなぁ)
そのはっきりしない動きに、もやもやと同調しそうになる己の感情を押さえつけきれなくなり、彼女がとうとう「しゃきっとせえ!しゃきっと!」と声を張り上げそうになった瞬間。

少女の手が肩の粉をきれいに払い終わった。
さっさと離れるその手を引き止めることもできず、青年の手も、先ほどと同じ体の両脇に戻っていく。
(〜〜〜〜!!)
思わず勢いを挫かれた彼女が、その場で盛大にこける。

「あら、用意終わったの?」
「どうしたんだい?そんな場所に座り込んで……」
地面を擦る音に気づき、口々に彼女に声をかける二人に、彼女は脱力した体に何とか気力をふるって「な、なんでもない……」と返した。
(こ、この二人……あたしの心臓に悪い!)
この少女と青年を何とかしないと、この先も自分はこんな気が抜けそうになる光景を見せられるのだろうという予想。そして、その側で一人挙動不審になってしまいそうになる自分を案じながら、彼女はどうしたものだろうと考えを巡らしていた。

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