『おはよう』

ふわふわと、白い世界に包まれていた。
時間も、外の世界も気にせずに、繭の中で眠り続ける道を選んだ僕らは、時折微かに意識が浮上して、「いま外の世界はどれだけの年月が過ぎたのだろう」と考えることもあったけれど、それでも起きることはなかった。

何かがしつこく話しかけてくる声に、起こされた。
そっと目を開けた。
繭が消えている。

そして目線よりもずっとずっと下の方から、少しだけ緊張した面持ちで、しかしどこかわくわくしているのを押し隠した表情の人間が、見上げていた。
ぼんやりと覚醒しようとする意識の奥底で、その表情が、ひどく懐かしいと感じた。

ああ、そうか。
あの頃。大昔となってしまった過去、話した人たちは、もういないんだと。
この小さな人たちが、彼らの子孫だということだと。
その事を知った。

「おはよう!」

僕が少しだけ薄目を開けていることに気づいたのか、一生懸命に、話しかけてくる姿。
こんなところだけが、変わらないのに、あの頃見ていた顔は一つもない。
当たり前のことなのだ。
どうしようもない、ことだった。

あの頃の思い出があるから哀しくなる。
だからこそ、思い出を残さない生き方を選んだというのに。

そのことが、ひどく哀しくて、僕らは、少し、意地悪になった。
…………まだ、起こさないで。

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