『未来』

「これからが、たいへんだよね」

ガタゴトと、車輪が舗装された地面の上を行く。
その音にかき消されかけて、一瞬、聞き間違いかと思った。

「なに?」
振り返った視線の先。血やら埃やら汗やらで、汚れたままの荷物の中に半分うずくまるように身をもたれかけさせ、うつらうつらしている姿が目に映る。
気のせいだったのだろうか。それとも寝言だったのだろうか。

あの長い長い戦いの末、自分たちは、この世界全体を歪んだ連鎖に縛り付けていた因果から解き放った。
けれど、成したことが大きかった分、受けた傷の深さも大きかった。

自分はまだいい。性質的にも、ただ敵となってしまった者へ向かって武器を振り上げることで済んだから。だがその代わりに、彼女は精神的にも負担の大きい、回復役をも担うハメになった。そして、その代償が今の状態になる。
命には別状は見られないけれど、その疲労は重く、身体的な疲労なら、癒しの魔法を使うこともできるけれど、精神的な疲労は今のところ眠って体を休めるしか、方法はない。
このファム大農場へと向かう道すがらも、彼女は眠ってばかり。時折目が覚めては、食事などの生命維持のための所作は行なうけれど、大半は夢の中だった。
そして自分も、疲労がない訳ではなくて、半分朦朧としながらも、馬車の手綱を握るだけの無口な御者と化していて、自然と旅に出て初めてといえるくらい、会話がなかった。
別段それで困るようなこともなく、気まずく思うような間柄でもなかった。けれど、久しぶりに鼓膜を打った人の声が、果たして確かなものだったか、判断に困った。

「……これからが、たいへんだなって、思ったの」
「え?」
どうやら、半分うとうとしているが、一応しゃべっているらしい。

「瘴気……がなくなって……ずっと、いままで魔物と戦うためにあった力……」
とぎれとぎれに、何とか言葉を紡ごうとしている。
「どう……なっていくと、思う?」

「魔物が、いなくなったら?」
分からない。

「……人の、命を奪うために、使われるように……なったりしないよね」
力は、諸刃の刃だと、誰かが言った。
「なったら……哀しい、なぁ……」
すうっと、吸い込まれるように夢の世界に落ちていったらしい。

「……だいじょーぶだよ、きっと」
夢の中まで、この言葉は届かないだろうと分かっていたけれど、答えた。

確証なんか、ない。
瘴気があってもなくっても、人は人。
瘴気の中でも、生きるため以外の目的で、命が踏みにじられることはあった。
けれど。

これからは、楽しい思い出を紡いでいくと、約束したのだから。
悲しい思い出は、もう作っちゃいけない。

そう、彼女の言うとおり。
これからが、たいへんなんだ。これからの先の、未来が。

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