美しき紫の瞳に


七色星団の戦いでドメル司令を亡くしたデスラー総統は、単に手駒のひとつを失っただけ…のように見えましたが、
でも実は(というか腐女子的には)深く傷ついていたらいいなあと思って書きました。それを受け止めるのが猟犬ちゃんの役目なのです。(2013.10.27)
 

 あの方の瞳は神聖な宝石の輝きに似ている。
 まだあの方に馴染まなかった時分でさえ、私はあの瞳に魅せられていた。
 あの、澄んだ紫色の光彩は輝き瞳孔は深い闇のように見る者を吸い込んでしまう。
 
 貴方の瞳に私を投じることが出来るならば、私はどれほど幸せだろう。
 
 だが、その思いは墓場に持って行くものであり貴方に囁く言葉では無い。
 なぜなら私は貴方の犬でしかないからだ。




 久々、といってもさして日数は経っていない。が、あまりに多くの出来事が起こりすぎ、前回デスラー
総統の御前に立ってから、非常に長い年月を経てしまったのではないかという思いに囚われる。

 七色星団の戦いにおいてガミラス帝国軍最強と謳われた第6空間機甲師団は誰一人として生還せず
総司令官であるドメル将軍は壮絶な最期を遂げた。
大ガミラス帝国未曾有の危機、そしておそらくは唯一、総統に対しまっとうな異論を唱えることの出来る
ドメル将軍の死が総統にどれほどの打撃を与えたことだろうか。
そう思うと私は憂鬱だった。先だってのドメル将軍の追悼式典においては総統は表向き彼の死を悼み、
彼に報いるために希望の道を歩もう、と高らかに宣言していたがその美辞麗句はあまりに空虚で、むしろ
腹立たしくさえ感じられた。まるで借り物の言葉だったのだ。
きっとあの魔女がつらつらと白々しい台本を作ったのに違いない。

ドメル将軍を喪った総統は、今、たった独り憔悴し意気消沈しているのではないかと私は危惧していた。
悲嘆に暮れ、あの神秘的に輝く紫色の瞳が曇ってしまっているのではないだろうかと。


  だが、それは杞憂だった。



「ご苦労だったね」


デスラー総統の口調は穏やかで、普段と何も変わらない。イスカンダルの第三皇女、ユリーシャを
奪還した経緯を伝えると総統は満足げに頷いた。
「良くつとめを果たしてくれた。……しばらくは休みたまえ。直に、再び君たちには働いてもらうことになる」
彼の物言いはあまりに淡々とし過ぎており、私は薄ら寒くなる。
ドメル将軍や、彼の優秀な部下達を悼む言葉のひとつも無いとは。

「……承知しました、総統閣下。……ドメル将軍のご逝去については、心か…」
「もう済んだことだ。君が気に病むことはない」
穏やかだった表情がにわかに険しくなる。瞳の色が陰り不穏な色を浮かべるのを私は見た。
「しかし、あまりに惜しい人物を亡くしてしまいました」
それでもなお総統の意に反し、言葉を発する私にデスラー総統は心底不快そうな、毛虫でも見るような目を
こちらに向ける。
「……犬の分際でいつまで口を利いているのかね」
「総統、ですがドメル将軍は」
「いつまで無駄口を叩いている!」
激昂したデスラー総統は立ち上がると脇に置いていたグラスを掴み、私の顔へ中身をぶちまけた。
「調子に乗るな!」

私は浴びた酒のアルコール臭に辟易しながらも呆然と眼前の男を見やった。
「何だ、その目は」
眉間に深く皺を刻み、険しい目をしたデスラー総統はそれでも美しかった。凄絶なその表情は私の心の奥底に
潜む欲望を揺さぶり起こし、本来わき上がるはずの怒りの感情が抑えられてしまう。
それでも今はそんな下卑た欲望に流されたくはなかった。


「満足な兵力を与えられずとも死力を尽くし、生きて還ることを良しとせず宇宙の塵と消えたドメル将軍は、
我々ガミラス人が誇るに相応しい武人だった。なのに貴方にとっては単なる駒の一つでしかなかったのですか。
そして立派に戦い抜き七色星団に消えた我等の同胞を、貴方は一体何だと思っているのです!」


髪の毛から垂れてくる酒が煩わしかったが、私はそれを拭うこともせず拳を握りしめ叫んだ。
特務艦のクルーたちの前でもずっと言わずにいた言葉を、私はここで、おそらくは一番聞きたくないであろう
総統を相手に叫んでいた。


「……せめて、…せめて彼らを悼む言葉を……」
「それは先の追悼式典で済ませた」


デスラー総統の表情は先ほどと打って変わって妙にのっぺりとした、気味が悪いほど穏やかな表情に
なりかわり、私はいささか不気味に思い身構えた。


「ヤマトがガミラスに向かってくるのだ。フラーケン。負けた者は過去、どれだけの栄誉を極めた者で
あろうが私の傍に居た者であろうが、敗者でしかない。敗者には死を。ガミラスのいにしえの掟を君は
知らないと見える。ふ、ふふ、はは、は、はははは!」

デスラー総統は狂ったように笑い始めた。
私は狼狽えた。このような総統を見たことがなかった。

「ドメルは死んだ!何故だ?何故なら奴が弱かったからだ、兵力に不備があっただと?空母が4隻もあって
たった一隻の戦艦を沈められないことに問題が無いとでも思っているのか!?はっきり言おう、七色星団で
大敗を喫したのは単にドメルが無能だったからだ!」

早口でまくし立てたデスラー総統は叫び終えるとはぁはぁと荒く息をつき、しばし私を睨み付けていた。
普通ではない、と私は察したが、私に総統をコントロールするのは不可能だ。
こんなとき、私はあまりに無力だった。

「ドメルめ、あの、無能者め」

デスラー総統はのろのろと私へと近づいてきた。



「……エルク……」
心なしか、語尾が不明瞭になる。
険しかった表情もどこか緩んで、その双眸には涙が浮かび上がっている。
「エルク」
総統は目を閉じ、わずかに上を向いた。涙が一筋流れ落ちた。


「ああ、……エルク……」


低く深い声でドメル将軍の名を呼んだ総統は、操り糸の切れた人形のようにがくり、と崩れ私の肩にもたれかかった。

「エルク、……エルク、良く戻ってきてくれた、待っていたのだよ、君の帰りを…君を……」
悲しまないわけがなかった。幼い頃より彼等は常に共にあった。深く結ばれていた。


 気が触れてしまったのか。

痛ましく思うものの、私は震える肩をどうしても抱くことが出来なかった。

 そのままの状態で過ごした数分間は酷く長く感じられた。デスラー総統は私の肩にもたれたままぴくりとも
動こうとしない。私も自ら彼に触れようとはしなかった。



 脳裡に甦る。かつて総統はドメル将軍の首にも首輪を巻き、鎖に繋いだ。それを見、ドメル将軍は私と
 同類なのだと、あのときは思った。
 だが違う。
 きっと貴方は、私が死んでもこのように苦しみはしない。
 他の誰かに寄りかかってまで、「待っていたよ」とは言いはしない。

 私は貴方にとって、ただの犬なのだ。
 判っている、判っている。

 ─────ただの、犬なのだ。




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