ハイニのたまご


 ハイニちゃん可愛い♪♪ 腐要素はありません。 (2013.09.28)
              

 ゴル・ハイニは驚愕した。
 眠りから覚める直前、尻のあたりに妙な緊張感が芽生えたのは覚えている。だがしかし。
 なんたることであろうか。
 卵、である。
 己の握り拳よりもひとまわり小さな、そして普段食用に用いている卵よりも丸みの強い、黄色に青い
斑点のある卵が、ベッドで眠っていた己の股間に挟まっていたのだ。
 先ずハイニは安堵した。自分は細心な女性ではなく、卵を産んだ経験も無いながら、よくぞ不用意に
寝返りを打ち悉く卵を無情に砕くことなく目覚めることができたと。
しかも卵は一つではなかった。股ぐらをまさぐれば、あと二つ。
三つの卵を、ハイニは産み落としていたらしい。産んだのか、と言われても確信はないものの、この
状況では自分が産み落としたと思うしかなかった。
面倒だからと、ゆるい下着のままで寝ていた。これなら、卵を産んでも容易に下着の裾から卵は転がり
出るだろう。
しかも今は、UX-01艦内だ。食料補給には自分も必ず立ち会い、いかがわしき物資が艦内に侵入する
のを見逃すわけが無い。そう、この卵は補給に必ず立ち会うハイニの記憶にはまったく無いのだ。
副長たる自分の許可無しに、得体の知れぬ何かを他のクルーがこっそりと持ち込んだとは思いたく
ない。そんな児戯めいたことを、うちのクルーがするものか。

 ならば、この卵は。

 ベッドから起き上がり、3つの卵を丁寧に並べるとその前に正座したハイニは、驚愕の事実を受け
入れるか受け入れざるべきか、激しい葛藤に見舞われながらも軍人らしく、極めて冷静さを保ちつつも
苦悩していた。しかし何より、目の前に並んだ三つの卵はまるで彼の唯一敵わぬ上官であるフラーケン
中佐の如く厳粛である。
無言の内に、「認めよ」とその三者はハイニに囁きかけているようであった。

 正座した足を崩さず、ハイニは上体を折り顔を卵へと近づけた。手では触れようとはしなかった。
見れば視るほど、これまでに遭遇したことのない奇妙な風体の卵であった。
ごくり、と喉が鳴る音が狭い室内に響く。
慌てて下のベッドで寝ているはずのキールを覗き見たら、既に起床したのかもぬけの空で、それを
確認するとようやくハイニはふううと大きなため息をついたのだった。

 ハイニは己の出自を知らぬ。気付いた時には野良犬の如く薄汚れた街を徘徊し、そのとき限りの糧を、
時には暴力でもって得、成長してきた。軍隊に入ればたらふく飯が食えると聞き、入隊したが彼には人並みの
国や総統に対する忠誠心などかけらも無い。秩序を重んずるガミラス帝国軍の中では異端の兵であった彼が、
紆余曲折あって総統直轄艦、UX-01に乗艦することになろうとは、始末に負えぬ悪童に手を焼き続けてきた
大人たちの誰も信じることは出来ないであろう。
そしてこの卵である。ならず者で名を馳せた事もあるゴル・ハイニが卵を産み親になる。こればかりは艦長の
フラーケンでさえ、信じてはくれないだろうとハイニは思った。メッツェに見せれば焼いて喰おうと言いだすであろう。
この俺様が産んだ卵にも関わらず。
そう思うと、ハイニにはかけらもなかった母性、いや父性というものが次第に胸の奥から湧き出してくるのであった。
メッツェが「その卵、喰いましょうや」と言うのを想像しただけで心がきゅん、と沁みてくる。
眼前の卵を見やる。
先ほど想像したときと同様、胸がきゅん、と締め付けられる感覚がハイニを襲う。
「……おおおおおっ!」
ハイニは慟哭し、押し寄せる感情の波を必死に押し戻しつつ今まで触れなかった卵をそうっと抱き寄せ、一つ
ずつ取り上げては頬ずりした。
「俺の……俺の卵!ぜってぇ守ってやるからなぁ!俺ンだ、お前等は俺の赤ん坊になンだぞ!」
 何と愛おしいことだろう。
子どもを持つことはおろか、結婚すら彼は夢見ることをしなかった。
敬愛するフラーケン中佐のもと、このむさくるしい特務艦で一生を終えることに何の疑念も抱いてこなかった。
そんな戦争一筋に生きてきたハイニにとって、この卵は正に天恵であった。彼にようやく、人間らしい豊かな
愛情を神は授けたのである。
ハイニは三つの卵を一つずつそっと抱きしめ、愛情を目一杯込め、恐る恐る口づけた。すると、再び胸が
きゅん、とし、甘い痛みが全身に行き渡り、何とも心地良くハイニを癒やすのだった。

 ゴル・ハイニは馬鹿な男ではない。総統直轄艦の副長を務めるほどの男である。容貌はお世辞にも
色男とは言いかねるものの、愛嬌のあるその人柄は皆から親しまれていた。
「どうしたんだ、ハイニ。朝から機嫌がいいな」
特務艦クルー最年長のグランが鼻歌交じりに朝食を摂るハイニに話しかけた。
「おやじ、副長どのは空腹でなければだいたい機嫌はいいんですよ」
にやけ声のキールが相手をする。
「へへっ、そうよ俺様はだいたい機嫌の良い善良な男なんだっつーの!」
「機嫌が良い、って言うより浮ついてるぜ、ハイニ」
「へっへ、うるせぇや」

 食事を済ませ、朝の諸々を終わらせるとハイニは急ぎ自室へと戻りベッドへと駆け上がった。
ありったけのタオルにくるんで出たので、ベッドの上には卵の姿は無くただタオルの山が出来ているだけ
である。「俺の…俺の、こどもたち!元気かぁ!?」タオルの山を崩し、無事な姿を確認するとそれだけで
両眼から涙が溢れそうなほどにハイニは感動していた。出かける前にしたように、また丁寧に一つずつ
卵を両手にとり、頬ずりしてキスをする。彼は幸福に酔いしれていた。

 しかし。しかし彼はふと、向き合うべき疑念へと己の関心を向けた。
人間が卵を産むのか。卵子ではなく、この硬い殻を持った卵を、人間が産んだ事例はあるのか。
そして、男が産卵する可能性というのはあるのか。自分のことはわからぬが、さりげなく尋ねる限り、
ガミラス人は卵から生まれぬ。皆、母親の腹から赤子の形をとり、この世に出てくるのである。
だとしたらこの卵は。
ハイニは再び卵の前に正座し、必死に考えた。自分が卵を真に産む可能性をだ。
そして答を出した。それは己の出生の謎をも解明することにも繋がったので、ハイニはその場に立ち上がり
ガッツポーズを決めたいほどに喜んだ。
 ハイニの家系はきっと、遺伝子の異常により男が孕み、そして卵を産むのである。
ハイニの父親は早くに親と死に別れたか、ハイニに似てやんちゃが過ぎ、親から自分が卵を産む体質と
いうことを教えられなかった。だから父親は突然自分が卵を産んでしまったことにパニックになり、卵を捨てて
しまったのだ。そしてその卵からハイニは生まれた。
 自分が男のケツからひり出されたことはあまり喜ばしい事実では無いが、これならば納得がいく。
己を捨てた父に同情も出来た。そりゃ、いきなり卵を産んだら天地がひっくり返るくらい驚くわな、と。
「心配すんな、このゴル・ハイニ様はお前等を捨てたりしねぇからよ」
こみ上げる熱い想いに、ハイニは再び卵たちを抱擁し、頬ずりし、口づけを何度も何度も与え続けた。







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