清らかな関係





『だって』

バーガーは僅かに顔を動かし、目だけを上に向ける。
フィッケルがこちらを見下ろしていた。その瞳には酷薄さは無い。憧憬にも似た眼差しだ。
しかし、それは一瞬で彼の瞳は寂しそうに曇る。

『だって。隊長には少佐が居て、私には大事な娘がいるんです』

バーガーにははじめ、フィッケルが何を言っているのか理解出来なかった。
この所業に何故ゲットーや、フィッケルの娘が関係しているというのか。

『私たちは清い関係でいなければ』
ちぐはぐな薄笑いを浮かべていたフィッケルの口元が悲しげに歪み、声が途切れた。

「お前、おかしいぞ」
バーガーはそう呟き、疲れ果てた体を起こしよろよろと立ち上がる。
「ゲットーに義理立てして俺をこんな目に遭わせやがって」
一歩一歩、ゆっくりとフィッケルに近づきガラスの壁に手をつき、もたれかかった。
『隊長』
「……こんな化け物にヤられるくらいなら、お前に抱かれた方がマシだっての」
何が「清い関係」だ、と吐き捨てつつも、ガラスを隔てたフィッケルの手に己の手を重ねる。

防音にも優れた分厚い強化ガラスは、互いのぬくもりを伝えることは出来ない。
「俺を見てヤった?」
『……』
フィッケルはらしくなく、顔を赤くして否定した。

「俺をこんな目に遭わせた罰だ。そこで遣れよ。見ててやる」

『俺が好きなんだろ?本当は欲しくてたまらないんだろ?……見せてみろよ……』

その囁きは凄惨な響きに満ちてフィッケルの心を焦がす。
むろん、バーガーの痴態を見て何も感じないわけがなかった。
フィッケルの側からバーガーの姿が全て見えるのと同じく、バーガーからもまた、フィッケルの姿が見えている。

 フィッケル自身は軍服を着用しているから安心していたが、その衣服の奥で彼の欲望ははちきれん
ばかりに膨れ上がっている。壁を介して合わせている掌だけは外すまいと、フィッケルは不自由な片手で
ズボンの前を開き、熱く、そして硬く滾らせている己のものを掴み出した。
外気の冷たさにぶるっと身が震えるのと同時に、バーガーの視線がちら、と股間に移るのを見、いたたまれ
なくなると同時に妙な興奮に包まれる。

「欲しいに……決まっているじゃないですか……」

本音を吐露したフィッケルへ向けたバーガーの眼差しは醒めている。
彼は言葉を音にはせず、『遣れ』と唇の動きで命じた。

 目の前にいるのは普段の隊長では無い。全裸で、蹂躙されたばかりのバーガーだ。触手が獲物に
怪我をさせることはまず無いが、それでも床に擦れたときの擦過傷がバーガーの脚や腕に残り、僅かに
血を滲ませており、また、触手の持つ大小様々な吸盤の跡も、彼の体の方々に残っていた。
そんなバーガーの目が今は自分をくまなく見渡し、そして冷たい目を私の欲望に向けていると思うと
フィッケルの心は今までになく昂揚し、そして欲望に膨らむ彼のペニスは更に奮い立つのだった。

フィッケルは己のものを手に携え、ゆっくりと扱きはじめた。既に怒張していたそれは、愛しい男の視線に
震え、彼の脳髄に快楽を伝える。
「ああ」
甘いため息をつき、フィッケルはバーガーに向き合う。

「もっと……見て……」
目を閉じ、口を緩く開いてフィッケルは腰をバーガーへと突き出した。


どれほど貴方を欲しているかを。


『いいぜ、……もっと激しく遣れよ、……』
バーガーの唇がガラスに触れた。瞳には優しさの欠片も無い。
『上官がやられてるのを見てそんなに勃たせやがって。変態野郎』
「……隊長、……」

バーガーの言葉がジクジクとフィッケルの胸に染み、それはそのまま快感へと変換されてゆく。
手の動きが早まる。
『目ェ閉じてないで俺を見ろよ…俺が欲しいから遣ってんだろ?』
「隊長」
間近に見るバーガーの素肌にはまだ触手の粘液が残っておりいやらしく光っている。
その光沢にフィッケルは先ほど見たバーガーのあられも無い姿を思い出し、ますます欲情した。
「隊長、キスさせて」
バーガーは黙ってフィッケルの求めに応じ、唇をガラスに押しつける。
「ああ、隊長……隊長……、……好き……」

唇に触れるのは己の熱に温まった硬いガラスだが、フィッケルは確かに感じ取っていた。
そこには熱い、バーガーの唇があることを。

『フィッケル、……俺を見て、……達け、……』


それは命令だった。そして、そんな命令が嬉しかった。フィッケルが目を開くと、そこには自分の愛する
青い瞳があった。まっすぐに、その虹彩には今は他の誰でも無い、自分の姿だけが映っていた。

「隊長、バーガー隊長……ああ……もう……」

バーガーがガラスの向こうで舌を見せ、フィッケルの唇をねっとりと舐める。
見えるだけで、彼の唇には何も触れていないのに、バーガーの舌が自分の体を舐めているような
錯覚に恍惚と酔いしれ、そして絶頂へと押し上げられてゆく。

「隊長、見て、ああ、見て、……!」
『見てやるよ、……達けよ、フィッケル』

その瞬間、フィッケルはバーガーに向けて放った。

「ああ…!」

白く濁った粘液はべったりとガラスに付着しただけで、バーガーの肌にはかからない。

それで良かった。

「隊長……」
合わせていただけの手と手が、指を絡め合い結び合ったような気がする。
フィッケルがガラスに唇を押し当てると、バーガーはそれに応え唇を重ねてくれた。


私はこれだけでいい────


『なぁ…そろそろ、ここから出してくれ。またアイツが起き出すとやばい』
「あ、……はい、隊長、お待ちください」

 思わず涙ぐんでいたフィッケルは手の甲で目元を拭うと、急ぎバーガーを救助しに向かった。
バーガーはため息をつき、まだ施錠されている出口へと向かう。



 その背後で再び触手は桃色に明るく色づき、音も立てずその腕を蠢かせていた。




────────終────────