今はただ雪に埋め


2014年冬公開「星巡る方舟」の作中、バーレン爺さんの回想で、バーガーとゲットーが墓場に佇んでいる
モノクロのシーンがあります。30秒足らずの、台詞も無いシーンですがこれを見た瞬間大興奮してしまいました…
で、妄想した結果です。2014冬〜2015秋くらいまでのイベントで無料配布してました。
お手にとってくださった方、どうもありがとうございました。(2016.1.4)


              



「俺が守るから、って言ったじゃない、……」
熾烈な戦争から重傷を負いながらも帰還し、今は入院し傷を癒しているフォムト・バーガー少尉に、同期生で
親友のネレディア・リッケ少尉は容赦無い言葉を投げつけた。
「リッケ小尉、止せ」
まだ言いたいことの百万分の一も言い終えてはいない、と言わんばかりに制止に入った、自分よりも階級が
上であるはずのライル・ゲットー大尉を、彼女は美しいが今は怒りに燃える瞳でキッと見据える。
「ゲットー大尉!これは個人的なことです!軍人としてではなく、友人として!……そして、……メリアの姉として……」
ネレディアは「メリア」と亡き妹の名を呼ぶ度にその普段は涼やかな瞳に涙を滲ませた。
涙の粒が引き締まった頬をよくも零れ落ちないものだと、ゲットーは密かに感心したが、それを暢気に言って
やれるような状況では無い。
「君の妹さんは気の毒だった。だが、戦争とはそういうものだ。バーガーも最善を尽くした。それでもどうにも
ならないことだってある。君も軍人だ、それが理解出来ないわけじゃあるまい」

自分の抑揚の無い喋り方はネレディアを傷つけるだろうとゲットーは思う。ネレディアが憤る気持ちもわかる。
誰だって思うものだ、もし自分がその場にいたならば、こんな不幸な結果にはならなかったかもしれない、と。
彼女もバーガーを責めつつ、その場にいなかった自分をも責めている。だが、どれだけ責めても、メリアは
もう戻らない。戦場に赴くならば、常に死を覚悟しておくものだ。己の死も、そして愛する者の死も。
前線の兵士にとって死は何よりも近しい友人だ。彼女が悲嘆に暮れるのは当然と言えど、戦争における死は
特別なものでもなんでもない、というのが持論のゲットーには気の利いた慰めの言葉など出て来ようはずもなかった。
「でも、でも!メリアは、メリアは……」
「少尉。君がいくら嘆いても、バーガーを責めても、メリアは戻らない。……感情のままにバーガーを責めても
お互い傷つくだけだ。君はいつもの冷静な判断力を欠いている。今日はもう帰った方がいい」
「大尉、でもっ、……」
ゲットーのあまりに機械的な拒絶の前に、さしものネレディアもその激しい怒りに燃えた瞳を伏せ、
力を無くしうなだれた。


「……すみません、私、……」
艶やかな唇が震えていた。切れ長の形良い瞳には涙がいっぱいにたまり、睫毛を濡らしているのをゲットーは
その琥珀色の瞳で冷静に観察し、そして彼女の動向を見守る。


「かえ、…り、ま……す……」
言い終えた瞬間、きゅっと唇を噛みしめる。堪え続けていた瞳から、ようやく一粒の涙がぽろりと転がり落ちてゆく
瞬間をゲットーは目撃し、痛ましげに目を伏せた。そして大人しくなったネレディアへ近寄り、肩をぽんぽんと優しく
叩くとそっと抱き寄せ、退室するようにと促した。

「あの子は……軍隊なんて向いてなかったんです」
バーガーの病室を出たネレディアはうなだれた肩をゲットーに任せたまま、ぽつりと呟いた。
「ばかな子、……フォムトを追いかけて……フォムトだって心配していたのに……」
限界だった。
彼女は美しく整った顔を歪め、今まで堪えていたものを全て吐き出すかのように涙をぽろぽろと零し声を上げて
泣いた。その様はまるで幼女のようで、日頃は同い年のバーガーよりもよほど大人びている彼女が、感情を
コントロールすることも出来ず寄り添うゲットーの胸を叩き泣き続ける。
「メリア、ばか、……メリア、……!」







 ゲットーがバーガーと知り合ったのは士官学校在籍時だ。学年は違うがとある訓練で同じグループになり
彼がネレディアやその妹のメリアと親しいことも知った。といっても、ゲットーはさほど彼等に興味は無く、
はじめバーガーとネレディアが恋人同士なのかと思っていたのだが二人は可笑しそうに笑ってそれを否定した。
幼なじみなのだという。いつか町で見かけたときは、二人の間にまだあどけなさの残る少女がいた。それが
メリアだった。メリアにとってずばぬけて優秀なネレディアは自慢の姉であり、姉と同い年で幼い頃から親しい
バーガーもまた、憧れの人だったようだ。

『俺はそういう柄じゃ無いんですがね』
メリアを紹介されたとき、明るく無邪気なメリアは子犬のようにバーガーにじゃれつき、「恋人だ」と紹介され顔を
真っ赤にして喜んでいたのをゲットーはよく憶えている。『可愛い子だな』と言うと、バーガーは口を尖らせ
『ったく、あいつはまだガキなんだから』と照れくさそうに言い、『ま、仕方無いから俺、あいつを一生面倒見る
つもりなんです』と続けた。彼も嬉しそうだった。見るからに幸せな恋人同士だったのだ。

 そんなメリアは姉とバーガーを追うようにして士官学校に入学し、努力して卒業した。
ネレディアもバーガーも、メリアが入隊することには難色を示していたが、彼女は二人の仲間入りをしたかった
のだろう。士官学校を卒業して半年は正式には任官されず見習い士官として任務に就く。メリア・リッケも卒業後
戦地に派遣されることになったのだが、彼女は偶然にもバーガーと同じ部隊へ配属され、そして悲劇が起きた。




「いつも一緒だね、って言ったんです……」
ようやく涙を拭ったネレディアを外まで見送り、バーガーの病室に戻ると彼はベッドに横たわったまま天井を
見据え、暗い声で呟いた。左頬の裂傷が引き攣れるのか、言葉はどこか不自由に聞こえる。
「一緒にいてやらなきゃあ……あいつ、寂しがってるだろうし…」
その言葉にギョッとし、ゲットーは「おい、何を言……」と言いかけ言葉を失った。

バーガーの明るい青い瞳が、まるで死人のように暗く淀んでいる。

「……あいつ寂しがり屋で、俺が何ヶ月も戦線に出てると『フォムト、いつ還ってくるの?』ってしきりに連絡
寄越すんですよ……そんなんじゃ軍人のつとめは果たせないんだぞ、って言ったら『フォムトと同じ部隊に
配属されたらいいな』なんて言う始末で。馬鹿だよほんと。俺の部隊……最前線で一番危険な部隊だったのに、
あんなペーペーが役に立つわけねぇのに……上層部も何考えて……」
そこまで言うとバーガーは苦しくなったのか咳き込み、ぜいぜいと喘いだ。
ゲットーは水の入った吸いさしをバーガーの口元に寄せてやったが、バーガーは口をつけようとはしない。
「あまり喋るな。まだ傷は治っていない」
「治らなくていいですよ」
「……バーガー、」
昏い瞳は現実世界の何をも映しておらず、ただただ、死者の棲む世界を探し求めている。
「俺は……もう、駄目です」
あのとき防護服を着ていたおかげで、重傷を負ったものの命に別状は無い。
頬に割れたバイザーの破片が大きく食い込んだがそれも今の形成技術があれば傷などはじめからなかったかの
ように治すことが出来る。だが奇妙なことに、バーガーの頬の傷は一向に塞がる気配が無く、いつまでも傷を
保護するガーゼには血が滲み出ていた。

体に異常があるのでは、と検査するものの問題は無い。
彼が生きる気力を失っているからだろう、と主治医は諦めたように首を振った。

「もう、来てくれなくていいですよ。俺はこのまま退役します。とても……」
力無くベッドに横たわったままバーガーは来訪者へと向くことなく、独り言のように呟いた。
寝たきりの生活で随分痩せてしまった年下の友人に、ゲットーは何を言うべきか迷ったものの
「明日はメリアの葬儀だそうだ。行く気があるなら介助してやる」
と告げた。愛しい人との別離は辛いが、区切りは必要だ。
「……」
バーガーは答えない。
「甘えていないで現実を見ろ。お前がこのまま廃人になったってメリアは戻らない」
さすがにゲットーもそんなバーガーの態度に苛つき、幾分きつい口調になる。それを聞いたバーガーもようやく
その生気を失った顔を上げ、一瞬、双眸に感情を滲ませた。
おそらくは入院して初めて、バーガーはゲットーの顔をまともに見た。しかし直ぐに青い瞳は頼りなげに下を向き、
弱々しい声で
「分かっている、……分かって……」
と、ぼそぼそと呟きながら震える手でシーツを握りしめるのだった。それを見たゲットーも小さくため息をつき、
「すまない。言い過ぎた」と、それ以上掛ける言葉を見つけられずそっとバーガーの肩に手を触れ、病室を後に
したのだった。



 それから数ヶ月間、ゲットーは外宇宙への任務に赴いていたがその間にバーガーはようやく退院したらしい。
彼はそれをバーガーの上官から知らされた。
一報があってもよさそうなものだと思いつつもバーガーの心情を思いその気持ちは飲み込む。
そんなゲットーの元に、バーガーから連絡のあったのは三日後のことだった。
受信機を取るも、相手は何も言わない。もしやと思い、
「バーガーなのか?」
と問うと、暗い声が「はい」と返事をしてきた。


 バレラスは急に冷え込み、外は雪が舞っている。寒い夜だった。
『明日、…墓地に行こうと思うんです。悪いが付いてきて……くれませんか。自信が無い』
通話機の向こうのバーガーの表情がありありと浮かび上がる。
「まだ、行ってなかったのか。……あれからもう半年か……」
『メリアには悪いと思っている。でも、どうしても、無理でした』
「リッケには」
『言ってません。あいつは俺を心底憎んでいるだろうから』
「……」
『じゃ、よろしくお願いします』
いつもは口数の多い男なのだが、通話はこれで呆気なく切れてしまった。
ゲットーは通話が切れたあとも受話器を耳にあてがったまま、電子音をしばらく聞き続けていた。
この受話器の向こうで、バーガーが暗い、魂の抜けた顔をし立ち尽くしているような気がした。







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