猟犬の朝


2月頃Pixivに投稿したフラーケン中佐のお話です。投稿時にはまだ第4章のディスクが
手元に無かったので、1回しか見ていない第4章の記憶とパンフを手がかりに書いたため、
ところどころ間違った記述がありましたのでそこを訂正し、今回こちらにアップしました。(2013.04.16)
              
このSSはフラーケン中佐の過去話です。18禁描写はありませんが、
捏造設定、監禁描写が苦手な方はお読みにならないようお願いいたします。






 判決は下された。

「ヴォルフ・フラーケン少佐を懲罰房へ」
「ばかな!」

 ゲール少将は軍法会議に自分の参謀であるフラーケン少佐を、無実の罪をかぶせ引きずり出した
あげくこれまでの自分の失態をも彼になすりつけ、軍籍剥奪の一歩手前まで追い込みほくそ笑んだ。
 目を見開き大声をあげ反論したフラーケンは憲兵に身柄を拘束され、退場させられてゆく。

 今までに何度奴に自分のやり方に反対され、戦略を無視されたあげく逆に手柄を立てられたことか。
出世欲はあるものの軍人としての才能に欠けるゲール少将にとって、切れ者ではあるが上官に
へつらうことを良しとしない参謀のフラーケン少佐は非常に目障りな存在だった。

 軍籍剥奪とはいかなかったが懲罰房送りは軍人、しかも士官にとってはのちの昇級にも影響
する非常に重い罰だ。いいざまだ、あの独房で牙を抜かれてくるがいい。

 ゲールは今までフラーケンに受けてきた仕打ちを思い出しては呪いの言葉を吐き、そして裁判
員の判決を幾度も胸のうちで繰り返してはニヤニヤと笑っていた。

「おやゲール将軍、参謀の少佐が罰を受けられた割にはご機嫌ですな」
「い、いや、奴は非常に扱いづらい男でしてな。上官の命令にことごとく逆らうのです。
軍人には向かんのですよ」
にやけ顔のゲールに皮肉とも取れる言葉を吐いたのは先の大マゼラン雲外縁部において多大なる
功績を成したドメル少将で、既に中将への昇進も確定している。
ゲールよりも随分年若い将軍だったが、国民的人気も、その実力も群を抜く彼の前ではいくら
年長とはいっても下手にでなければならない。
彼は凡庸な指揮官ではあったが、世相の風向きには聡く、だからこそこの地位まで昇ることが
できたと言えた。

「ほう。ならば今回の判決は願ったり叶ったりですか、ゲール将軍」
「いやいや、そのようなことは……では失礼」

 何かやましいことでもあるのか、落ち着かぬ風で去ってゆくゲールの背に「俺もあんたの
命令は聞けんな」と小さく呟き、ドメル少将は険しい視線を向け見送った。



「くそ!ゲールの野郎!おい!貴様、裁判をやり直せ!俺はゲールの野郎を止めたんだ、罰せ
られなくてはならないのは奴の方だ!」

憲兵にうるさがられ、殴られても少佐は大声を張り上げ続ける。泣き寝入りは御免だ。
しかし誰一人として彼の訴えを聞き留めるものはいない。軍事刑務所に収監され、窮屈な独房に
叩き入れられたフラーケン少佐は衛兵が耳を塞ぎたくなるほどのべつくまなく叫び続けた。

「畜生!だから軍なんてクソ喰らえなんだ!おい、どうせなら俺の軍籍を剥奪しろ!
ガミラスなんざもう知るか!」

 フラーケンが何一つ納得することの出来ない判決だった。
外縁における戦闘で、何一つ効果的な手を打つことなく退却することを命じたのはゲールだった。
仲間の半数以上を失った。
フラーケンには窮状を打破する策が見いだせていたものの、司令官のゲールは取り上げ
ようとはしなかった。
だがそれはガミラス本星においては、フラーケンが敵前逃亡を指示し、艦隊の半数を無為に
損なったとされていた。信頼できる仲間は宇宙に散った。残っているのはゲールの子飼いばかりだった。
今までにもゲールの命令を無視したことはあったがそれによって展開は好転したのだ。
ゲールの戦略に異議を唱えたこともある。その方がより効果的だったからだ。

 国を思い、部下を思えばこそあの凡庸な将軍に仕えて来、進言も躊躇わずにやってきたのだ。
それがこの仕打ちか。

「この国に正義は無いのか!」

 狭い房の中で暴れ、叫び続けるフラーケンに業を煮やした刑務官たちは懲罰開始3日目に
フラーケンを麻酔注射で昏倒させ拘束具を装着し、更に猿ぐつわを咬ませ、犬用の口枷に似た
ものを彼の顔面に嵌めた。そして壁の一面に鏡を張ると、気を失ったままみじめな姿に変えられた
フラーケンを床に転がし、扉を閉めたのだった。


 目覚めたフラーケンは、まず手足をより一層拘束されたことを知った。体中が痛い。手は
上腕から特殊なテープでぐるぐる巻きにされ、曲げることも叶わない。首が重いのは、首輪を
嵌められているだけではなさそうだ。
丸い、硬いものが足に当たった。
猿ぐつわが口の端に食い込み痛む。さらに妙な口枷を嵌められていることも感覚でわかった。

 そしてようやく目を開く。視界は遮られていないことに彼は安堵した。興奮状態の囚人への
処置にはありがちだからだ。
士官には多少なり敬意を払うものなのかと思ったものの、彼は直ぐにそれが思い違いである
ことを知った。
彼の目の前にあるのは小汚い壁ではなく、鏡に映る自分の姿だったのだ。

「……!」

 鏡の中にいたのは、手足を拘束され、首輪をはめられている犬だった。
口枷は犬用の、鼻まで覆うタイプのものだ。更に一体誰がこのような趣味の悪いものを考案したのか、
頭の、ちょうど犬が耳をはやしているあたりに耳を模した三角形の金属が左右に装着されている。
フラーケンの新しい両耳が、彼の不様な姿を嘲笑うかのように冷たく光った。

 首が重く持ち上がらないのを不審に思い首輪から延びる鎖を目でたどると、ガミラス星を模した
鉄球が視界に入った。その鉄球にはこれみよがしに【ガーレ・ガミロン!愛しき故郷に我、繋がれん】
と彫り込まれてある。
フラーケンは吐き気を催した。こんな忠誠の仕方があってたまるか。




「やあ、元気かね、フラーケン少佐。……おお、私の参謀ともあろう男が何という姿だ」

憎らしい声の方を見上げれば、重い扉の覗き窓の向こうにゲールの顔が見える。
「貴様が暴れると報告を受けて様子を見にきたのだ。あまり手を煩わせるな、上官の私が恥ずかしい
ではないか」
ゲールは自分の部下を労るのではなく、滑稽なフラーケンの姿を嘲笑いに来たのだ。
身動きすることも出来ず言葉を発することもできないのに気を良くしたゲールは衛兵に独房の鍵を
開けさせると意気揚々と房に入ってきた。

「何故懲罰にこのような犬の格好の拘束具を用いるか知っているか?フラーケン少佐」
フラーケンはぎろり、と上官を睨み上げる。
「軍隊において上官の命令は絶対だ。それは幼年学校でも習う士官教育の根幹でもある」
「……」
「軍用犬でさえ、それを理解しているのだ。にもかかわらず軍規を無視し、上官命令に逆らう者は
再教育の必要がある。懲罰を兼ねてな」
そこまで言うと、ゲールは腰に添えていた鞭を手に取った。
「非常に原始的な懲罰方法ではあるが、この罰を受けて再度軍規を犯した者はいない」
ニヤリと笑い、鞭をしならせる。
「その目は何だ!」
憎悪の視線を向け続けるフラーケンに、ゲールは突然鞭を揮った。それはぴしり、と鋭い音を立て
フラーケンの肩を打つ。
それでも黙したまま睨み据えてくる部下が忌々しいのか、ゲールは立て続けにフラーケンを
打ち据えた。
軍服の薄い部分が次第に裂けてゆく。

「この、低脳な野良犬め!きゃんと鳴いてみろ!」
ゲールは狂ったように鞭をふるうがフラーケンはもとより呻き声すらあげることが出来ない。

 しかし先に息が上がったのはゲールの方だった。服が擦り切れ、背中や脚の素肌が見える程に打ち
据えられてなおフラーケンは表情を変えずゲールを睨み、床に横たわったままだ。
「貴様……」
ゲールはフラーケンの首輪に繋がる鎖を掴み、乱暴に引き上げるとフラーケンの顔を鏡の前に突き出した。
「いいかァ?フラーケン、よく聞けよ」
ゲールの勝ち誇った顔が忌々しい。
「この格好は洒落なんかではないぞ。この房内は常に監視され、不穏な動きを見せればこの犬の耳から
お前の脳みそに電撃を喰らわせるのだ。5回も受ければ廃人になる。それでようく見ろ、この間抜けな
姿を。ほれ、お前は犬だ。わかるな? 犬は飼い主の命令には従わなければならん。絶対服従だ」
フラーケンの瞳がますます怒りを滾らせる。だが、ここでは彼は何一つ身動き出来ず抗弁も出来ない。
「絶対服従だぞ、フラーケン。いいことを教えてやる。ここには男の尻が好きな衛兵も居る。
囚人、特に懲罰房の軍人なんかは奴等の格好の餌だそうだ」
初めてフラーケンの瞳に狼狽の色が浮かび、ゲールはますます饒舌になった。
「この格好で衛兵に掘られるお前の姿には興味は無いが、モニターには全て記録されるからな。ふ、ふ、
毎夜奴等に怯えるがいい」




 その晩、手足の拘束は解かれないままフラーケンは床に転がされたままだった。服が破れ、血の滲む
箇所がいくらかあったものの、放置されたまま血液は凝固し汚らしく肌にこびりついている。

 彼は鏡に背を向けていたが、身体の痛みに耐えかね向きを変えると己の姿が否応なく視界に飛び込んできた。
『お前は犬だ。ガミラスの、このゲールの飼い犬なのだ』
ゲールの言葉が脳内にこだまする。

 確かに犬だ、とフラーケンは己の姿を見つめる。

 恐らくこの姿で数日独房で過ごし、意識改造が見込めないなら部屋の全面に鏡を張るのだろう。
鞭打たれ、軍服は裂け素肌が露出してゆく。素裸に剥かれるのかもしれない。
そんな、犬に成り下がった自分の姿がどこを向いても果てしなく目に飛び込み、脳髄を侵蝕してゆくのだ。
お前は犬だ、犬だ、と。

 利口な者は早々と詫びを入れ今後の服従を誓うのだろう。
それが出来ぬ者は、ここで発狂し、狂死するに違いない。

 これは懲罰ではなく、拷問だ。


 俺はどうする?


 ここで犬の格好をさせられたまま狂い死ぬか?
それともゲールの靴を舐めて服従を誓いここから出てゆくか?

 答えを出せぬまま、フラーケンは再び不自由な身体を蠢かせ、鏡に背を向け瞳を閉じた。




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