雪の日の幻想


昨年7月、219917話のテレビ放送後にpixivにアップした作品です。基本、ガミラス萌えのカラスミですが
2199の古代守と真田さんは好きですねぇ(*´ω`*) 作中の中原中也の詩は、青空文庫に掲載されている詩集「山羊の歌」より引用、
口語表現に変え使用しております。詩の解釈については私個人のものでありますので、ご了承ください。(2014.2.18)


              

 防衛大学校の特別研究棟はいつも静まりかえっていて、とても若者たちが日々青春を謳歌するような場所には
見えないよな、と古代守はここに来るたびに思う。
「俺はこんなとこで丸一日過ごすなんて、ごめんだね」
そう毒づきながらも、彼は日に一度はこの棟に訪れるのだった。

 こちらが声をかけてやらねば三食どころかベッドで寝ることも忘れ研究に没頭する友人のために。
とは言え、頼まれてやっているわけではない。こちらが勝手にしていることで、友人にとってみれば折角の研究を
邪魔されて迷惑なのかもしれない。
が、古代は友人が迷惑しているだろう、なんて遠慮するような男ではなかった。

「おーい」

ドアを開くと、その部屋の主である友人は前回訪ねたときと寸分違わぬ姿でパソコンに姿勢良く向き合っている。

「何だ、もう食事の時間なのかい」

古代の親友、真田志郎は台詞さえ前回と同じだった。そして同じタイミングで自分へと振り向いた。
彼は確かに人間であるはずなのだが、どうもこう毎回同じタイミングを繰り返されると、もしや目の前の青年は
自動人形なんじゃないかと勘ぐってしまう。
その肌は人工皮膚、骨は軽量金属、そして脳神経組織は精緻なコンピュータ。
しかし数え切れないほどの演算を繰り返し、行動パターンを解析し、認識し応用してゆくのは人間の脳髄も
コンピュータのそれも変わらないのだ、と、以前真田から説明されたのを思い出す。
だったら人間と機械の違いは何なのだろう?

「…そうだ。さあ真田、休憩だ、飯だ飯だ」
「わかった」
その自動人形のような真田は古代守にそう答えると、特に渋る様子も見せず作業中の画面を保存し、
モニターをオフにした。

「今日はショウガ焼き定食が安いんだ。早く行こう」
「それなら、俺のことは放っておいて先に行ったら良かったんだぞ」
「駄目だ」

白衣を脱ぎ、いったんは研究室を出ようとしたものの財布を忘れたと言って後戻りする真田へ急かす物言いを
しつつ、それでも古代はのんびり友人を待つ。


「しかし、ショウガ焼き定食が売り切れたらどうするんだ」
「そのときは……って、そんな予測立てなくていいよ、ほら、行こう」
「学食のショウガ焼き定食の総カロリーは769kcal、お前が摂取すべきカロリーは750kcal。確か小鉢も
二品付いて、なかなか理想的な昼食と言えるな」
「そうそう。真田は何を食べる?」
「いや、俺は……」
古代は、真田がここまで栄養のことをくだくだと言う割に自分の食については呆れるほど無頓着であることを
知っている。何だかんだと理由をつけては彼はまともな食事を摂ろうとしない。
「俺と同じショウガ焼き定食な!」
真田が口籠もるのを横目に、古代はそう宣言した。

いつでもサプリメントのような補助食品で食事を済ませようとする真田に、古代はわあわあと説教し、なだめ、
共にごく普通の食事を摂る。その日の昼食、二人は無事にショウガ焼き定食にありつくことが出来た。
当然ながら、同じメニューを摂っても古代は格段に平らげるのが早く、真田は静かに、ゆっくりと食べる。

「……お前は本が好きなんだな」
「うん、ああ…。ゆっくり食べろよ。俺は時間がかかる方がありがたいから」

真田は古代の手にした小さな文庫本の表紙をちら、と見た。
「───中原中也」
視線に気付いた古代が、真田に向き答える。
「遠い昔の、日本の詩人さ」
「確か、この前はボードレールだったと」
「よく憶えてるなあ、相変わらず。どうだい、お前も読んでみないか?」

記憶力、観察力は常人の比では無い。
しかし、内容に関しては真田は全く識ろうとはしない。「俺にはわからんよ」と笑うばかりだ。

「そんなことは無いさ。……感情は俺にも、お前にもあるだろう。それをただ、詩人は言葉にするだけだ」
「そうかい」

真田は穏やかなままそう答え、最後の一口を飲み込むと箸を丁寧に揃えて置いた。


 空腹が満たされた何とも言えぬほんわりとした感覚の中、二人はのんびりと研究棟へと戻ってゆく。
「古代、お前はもうこちらに用事は無いだろう?」
「いいじゃないか、コーヒーくらいごちそうしてくれよ」
「……」
「だめ?」
「いや。…新見君なら、今日は来ないぞ」
「……まあ、いいけど?」

静かな空を研究室の窓から見上げ、古代は真田の淹れたコーヒーをすすった。
「早く卒業して、戦いたい」
空を見上げる視線がにわかに険しくなる。
「……だがまだ敵の戦力もはっきりしない。ただ判っているのは、地球よりも遙かに高度な文明と科学力を
有する国家が相手だということだけだ。無闇に飛びかかっていっては犠牲を無駄に増やすだけで全く意味の
無い蛮勇にしかならない」
「そんなことを言っていたら地球は穴だらけにされるぞ」
「最後の一手を指し間違えなければゲームはこちらの勝ちになるんだ。今はまだ情報を収集し、分析し
彼らの要求や行動パターンを調べ上げ」
「それじゃあ遅いんだよ!」

荒げた声に、驚いたのは真田ではなくむしろ古代自身だった。

「────すまない。…熱くなりすぎた」

真田は気にするな、というふうに目を伏せ、軽く首を横に振る。
「きっと……お前のその熱さは皆のためになるよ。思いはきっと……行動の原動力だ」
「真田、…お前はいつでも冷静なんだな」
古代は気落ちしたように見える。
「まるで、機械みたいだ」
どこか拗ねたようなそのまなざしに、真田は何故か胸の痛みを覚えた。

「そう見えるか。……それも仕方が無い、な…」
「人間なんだろう?俺と同じ、人間だろう?」


 古代の脳裏に甦る。『真田?あいつは機械だろ、コンピュータに手足をつけた』『あいつに感情を期待しても
無駄だ』そんな周囲の陰口が。

真田はいつも独りだった。独りでいることを苦にしていない様子ではあったが、古代にはそれが真田が
きっと、誰かと共にいて幸せだと思ったことがないからだと考えていた。
古代は真田を機械だなんて思ってはいない。
ふとしたときに真田はとても優しく、そして相手を思いやることのできる人間であることを自分は知っている。

自分だけがそれを知っている。

それなのに、言ってしまった。「お前は機械なんだろう」と。

たとえようのない自己嫌悪の情と、腹を立てる様子の無い真田の姿は余計に古代を追い詰めてゆく。

「なんだか、俺一人が空回りしているみたいだ。……嫌になる。真田。お前はどうして俺がこんなに
苛ついているのか、きっと知っているんだろうな。情報を収集して、分析して、答えを導き出すんだよな。
なあ、俺の今のこの状態は、一体どういうことなんだ?教えてくれよ」
真田はそんな混乱した様子の古代をじっと見つめていた。冷静な科学の信奉者たるその瞳は、目の前の事象を
全て細かく裁断し、丹念に読み取るためのものとしか思えない。

そこに感情があふれ出すことなどあるのだろうか。その冷徹な瞳に情熱の炎が宿ることがあるのだろうか?

「君が混乱しているのは、君のせいではない。俺のせいだ」
真田は淡々と告げた。
「すまない。俺は君に随分甘えていたようだ」
「……真田…?」
「無理をして俺に付き合ってくれていたのだろう。だいたい、俺と君では、……違い過ぎる」
「……」
その瞳には何の躊躇も無い。彼がもし人間ならば、こんなとき、寂しさや悔しさを滲ませるものでは
ないのか。それとも、俺は本当に彼にとってはたいした存在ではなかったということなのか。

「…そうか。そういうことか。……違う者同士は、つるまない方がいいっていうのが科学者様の見解なんだな」
先ほどまで共に語らい、食事をしていたというのに何という有様なのだろう。
「そういうことだよ」
真田の答えは、古代の予想通りだった。そのタイミングさえも。

もうその言葉に反論する気にもなれず、古代は黙ったまま真田に背を向けた。
真田は何も言わない。それも予想通り。

「じゃあな」


 真田が今、どんな表情をしているかなど確認もしたくなかった。きっと、いつもと変わらぬ感情の見えない
醒めた顔で愚かな自分を一瞥し、そして何事も無かったかのようにコンピュータへ向かうに違いないと思ったから。







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