その愛は生の証


ハイドム・ギムレー親衛隊長官のちょっとした秘密。(2013.11.28)
 

 青いイスカンダルの光だけが満ちるこの豪華なようでいて空疎な寝室のあるじは今、ここにいない。
先にこの部屋の主を呼び出しにやってきた魔女が何処へかと連れ去ったようだ。

 今、ここに居るのはギムレーただ一人。
本来ならば総統が不在の折りには誰一人として立ち入ることを許されないのだが親衛隊の長である
このギムレーだけは別だ。ガミラス国内に、彼のタブーは存在しない。
それがたとえ総統の居室であろうとも、彼は総統閣下の安全を理由に入り込み、それを咎められる事は無い。

 寝台の傍らに佇むギムレーの、銀色の髪に青い光が溶け込んでゆく。肉の削げた色白い頬も冷たい光の為に
まるで死人のように見える。

「総統閣下に、忠誠を」

 色素の薄い鉛色の瞳が主君のいない寝台を見下ろし、薄い唇が小さなため息を吐いた。

「……アベルト…」

 白い手袋を滑らかな手つきで外し、丁寧にサイドテーブルに置くとギムレーはそっと寝台の端に腰掛けた。
まるでそこには既に部屋の主がぐっすりと眠っており、安眠を決して邪魔せぬようにと細心の注意を払っているかの
ような仕草だった。そのまま彼は誰もいないその寝台の中央に掌を滑らせた。イスカンダルの淡い光を受け滑らかな
光沢を放つ美しい敷布の上を、ギムレーの細く、骨張った手は音も立てず滑る。

「愛しい、わたしの……」

 その手もイスカンダルの光を浴びて、魔界から這いだしてきた亡霊の如く禍々しく他人の目には映っただろう。
だが彼の手は主君を呪うのではなく、彼の人がつかの間の休息を得ているそこをありったけの愛情を込め撫でて
いるのだった。

 ギムレーは夢想する。
瞼を下ろしたときの睫毛の長さを、額を流れるまばゆいほどの金色の髪を。全てが理想的に配置された目、鼻、口を。
年々険しさを増し僅かにあらわれてきた皺さえもデスラーの魅力だ。

 アベルト・デスラーはギムレーにとって無条件で崇拝することの出来る唯一無二の存在だ。
ガミラス人にとり、崇拝の対象はイスカンダルにおわすスターシァ・イスカンダルとその妹君たちであらせられるが
ギムレーはそのような偶像に等しい女どもに興味は無い。

美しく、気高くそして残忍で強い、まさしく神に等しい男がこの星にいるのだから。

 彼の目には見えている。
この寝台で激務に疲れた身体を横たえ、瞼を下ろすデスラーの姿が。

その身体を慈しむように撫で、癒やしてやりたい、とギムレーは思う。

 貴方が望みをかなえる為ならば、私はどんなことでもやってあげる。
 貴方の高貴な手を、自ら汚す必要はひとつも無い。そんなことは私がやれば良いのだから。

 だから私は貴方には触れない。
 私の汚れた手は貴方に触れるには相応しくないから。

 だから私は貴方には口づけない。
 時に偽りを吐き、他人を貶めるこの唇は貴方には相応しくないから。

「だから、せめて、今、こうして……」

 ギムレーはゆっくりと身体を寝台に横たえた。僅かに、デスラーの匂いがする。
そして目を閉じ彼の微かなにおいを己が胸に満たしてゆく。

 体温など、冷血漢の奴にはおよそ無いのであろうとまで揶揄されるギムレーだったが、今、このときだけは
彼の身体の奥で、外見からはおよそ計り知れぬほどの情欲の炎が燃えさかっている。

官能に溺れながらも耳を更に澄ますと、デスラーの静かな、規則正しい寝息が聞こえる気がした。

 いけません。
 眠っている貴方を起こしてはなりません。

 艶やかな肌を私は撫でる。柔らく、または時に骨格を直に感じさせるような固い身体の全てに口づける。
貴方を一日支え続け、疲れ強張っているだろう足からそっとブーツを脱がせてやり、優しく揉みほぐして差し上げよう。
そして解放され安堵した爪先を、この唇で慰めて差し上げよう。
貴方の美しい瞳は私を見ずとも構わない。
いや、見る必要など微塵も有りはしない。

貴方の瞳は遠い天上を見つめていればよい。
足元の醜き者どもは私が払いのけましょう、だから貴方はただ美しくありさえすればよい。

「アベルト……」

極まったかのように、ギムレーは背を反らした。
恍惚と唇を薄く開き、今は目元に険も無い。

微かに鼻腔に忍ぶデスラーの残り香だけが、今のギムレーには最大の褒美だった。
触れぬと決めている、唯一デスラーの生々しい存在感を示すその匂いだけで、ギムレーは満ち足りる。
暫くの間、彼は空想の中のデスラーと肌を重ね合わせた。

デスラーは惜しげもせず、恥じらいもせず裸身をギムレーの前に晒す。
彼がどのような思いでその肌を見つめているかなど知りもせず。
至る所にくちづけたいと思われていることなど知りもせず。

暗い想像の茂みの向こうで、デスラーはギムレーの思い通りの姿態を見せるのだった。
彼が視ているものは、現実であるところの肌触りのよい敷布ではなく、デスラーの美しい裸身であり、眩い金色の
髪であり、そして紫水晶のような瞳を見つめ、愛でている。

貴様にはそのような感覚はわかるまい、と昔嘲笑されたはずだがギムレーは確かに今、体内の奥深くに、
溶岩に似たどろりと熱く腥い欲望を覚えていた。

それはくっきりと輪郭のある、生の証でもあった。

「ああ、」

己の痩躯を狂おしく両腕に抱きしめれば煮えたぎるような欲望の奔流が己が身を焼く。

 それなのに静かな青い光が照らす孤独な男の身体は彼自身の情熱など知らぬかのよう。まるで屍だ。

 誰も知らない。

死の使いと呼ばれた男が、この広大な宇宙のなかの、唯ひとりのために熱く心を滾らせているなどと。






────────終────────