はじまりは、どうだっていい


ゲトバガはじめて物語 男ふたりで出来るかな? (2014.3.15)

              

 とにかく変わった男だというのが、バーガーのゲットーに対する印象だった。

 几帳面で、どんな局面でも冷静で、頼りになる先輩士官であることに異論は無い。
ガミラス帝国軍最強の軍団と謳われる、第6空間機甲師団に士官学校卒業後すぐに配属され、
戦闘機パイロットとして戦果を上げ勇名を馳せると共に指揮能力を買われ若年にして幕僚に抜擢
された絵に描いたようなエリートだ。
容貌は二枚目とは言いかねたがその佇まいや、細やかな気遣い、そしてその肩書きに夢中になる
女性は多い。

「そりゃあ、予約が先まであるんだから取り替えたいってのはわかるが、」

釈然としない様子でバーガー少佐は先輩であるゲットー少佐の背に抗議した。

「可哀想じゃないか、あの娘」
「何が」
ゲットーは振り返り、後輩をジロリと見やる。
「別に嫌いになったわけじゃないんだろ?」
ゲットーは後輩のくせに生意気な口をきいて平然としているバーガーをあまり好んではいないが
バーガーは何かといえば自分の後ろをついてまわってくる。
どんなに邪険にしても気にしない。このところそんなバーガーのペースにすっかり馴らされてしまった
気すらし、ゲットーは小さくため息をついた。

「決めていたことだ。彼女もそれを了承していた。それを反故にするのは誠実とは言えない」
「マジかよ」
素っ頓狂な声をあげたバーガーを心底不快そうに見、ゲットーは眉間に皺を寄せた。
「軍人になったときからそうしている。彼女が何人目かは憶えていないが、例外は一人も居ない」
「一言余計だ」

 このゲットーという男はバレラスに帰ってくると当然のように恋人を持つのだが、その交際期間を
常に設定しており、約束の期限が来ると契約終了とばかりに別れてしまう。
相手がどれほど美人でも、どれほどゲットーに執着していてもお構いなしで、そのあたりは割と
保守的なバーガーには狂気の沙汰としか思えないのだ。

「俺のプライベートに関してお前にどうこう言われる筋合いは無い。二度と口出しをするな」
ゲットーはやかましいバーガーに人差し指を突きつけ、険しい表情で言い渡した。
「あー。あとさあ、ちょっと小耳に挟んだんだけどよ、」

全く、このフォムト・バーガーという奴は耳をどこにつけているんだ。なぜハイデルン大佐はこんな奴を
わざわざ引き抜いてきたんだ。

 ゲットーは苛立ちを募らせながらも、驚異的な自制心をもってバーガーの下世話な好奇心に光り輝いて
いる瞳を睨み付けるに止め、歯の裏まで出かかった文句を飲み込み、「何だ」と低く答えた。

「女だけじゃなくて男とも付き合うってほんと?」
「それがどうした」
「……どうした、って……」
予想とは裏腹に、平然としているゲットーを見、バーガーはにやついた口元を凍らせた。
「安心しろ、お前なんかに食指は動かん」
ぽかんと口を開けて変な顔をしているバーガーに対しふん、と一瞥をくれゲットーは背を向ける。

「……そりゃどうも!」

バーガーの遠吠えを聞きながらゲットーはもう関わるのはごめんだと言わんばかりにその場を立ち去り
あとには置いてけぼりを喰らったバーガーがぽつねんと残された。







 ゲットーはまるでバーガーを信用しなかったが、彼の意に反してバーガーはいささか浅慮な面もあれど
めざましい活躍をし、いつの間にかゲットーと同様、機甲師団の幕僚戦略会議に臨席するようになっている。

そんな、いつも闊達で仲間からは「やんちゃ坊主」と揶揄されるバーガーだったが、とある作戦から帰投後、
ドメル司令への報告を済ませると暗い顔をし誰とも目を合わせることなく自室に引きこもった。

「どうしたんです、珍しい」
夕食後の幕僚会議にも姿を見せないのでさすがにゲットーがバーガーの不在を口にした。
「ああ、ゲットーは知らなかったのか」
クライツェが語るところによると、バーガーの率いる第7駆逐戦隊の、まだ入隊してきたばかりの若い
兵士が彼を庇って砲撃を受け死亡したことに酷く落ち込んでいるらしい。
バーガーは若く、短慮の向きもあるが仲間や部下を大事にする男で、部下からの信頼は厚い。
死亡した若い兵士もバーガーを慕い、バーガーもまたよく目を掛けていた。

「脆い男だな、バーガーは」
「そう言ってやるな、ああいう優しさもいいものだ」
「まるで子どもだ」
「ゲットー。お前、相変わらず手厳しいな」
「誰かが死ぬたびに泣くぐらいなら軍人など辞めて坊主になればいい」
ゲットーの口調は冷たい。
「やれやれ、撃墜王は徹底している!」
相手をしていたクライツェはハイデルンを見やり、目を合わせると肩をすくめた。


 バーガーはひとり、明かりも付けないままベッドに横たわり天井をじっと見つめ続けていた。
何が悪かった。何が原因であいつは死ぬ羽目になってしまった。
俺が若くて未熟だからか。それとも運か。

戦争に死は付きものだ。バーガー自身も幾度となく死線を乗り越えてここまできた。
だが、仲間の死には未だ慣れない。目を閉じれば今日死んだ若い兵士の笑顔が瞼に浮かんでくる。
あいつの両親は息子が二階級特進することを喜ぶのだろうか。
「……俺ならそんな勲章、引き千切って放り捨てるけどな。……」

そう呟き、奥歯を噛みしめバーガーは目を閉じた。


 会議を終え、自室に戻ろうとしていたゲットー少佐はバーガー少佐の部屋の前で足を止めた。
インターホンを押すか押すまいかその場で暫く逡巡し人差し指を目の前のボタンにあてがう。


 暗い静寂を打ち破るかのように、ベッドサイドのインターホンがけたたましい音を立てた。
「誰だ」
誰にも会いたくないが今はこのインターホンの音さえ聞きたくないがために彼は通信機に向かい応対する。
『何をしている』
相手は名乗りもしないがこの嫌味なぐらいに冷ややかな声はゲットーだ。
「……体調が悪いから欠席した。親爺には言ってあったはずだ」
『開けろ』
「断る」
『いいから開けろ』

 日頃はバーガーがつきまとうのに対し煩そうに振る舞うだけのゲットーにしては珍しいと思いつつも
「ったく、何の用事があるってんだよ」
と、ぼやきながら解錠操作をし、バーガーはのろのろとベッドから起き上がった。

いま駐屯中のこの基地の居住区は手狭で、幕僚であるバーガーらの居室は一人部屋だが
ベッドと、小さな机を置けばもういっぱいいっぱいだ。
当然、二人もいれば部屋は相当狭く感じられることになる。

「で、何の用?俺は今日はもう寝るつもりだったんだ」
「お前はいちいち部下が死ぬ度にそうやっていじけているのか」
見下したような言いぐさに、バーガーの視線が険しくなる。
しかしゲットーはそんなバーガーの無言の威嚇など全く意に介さない様子で、
「そう、一人一人にのめり込むな」
と告げた。
「お前が部下の面倒見が良いのは知っている。小隊長ならそれでも良かろう。だが、指揮官がいちいち
何十、何百人の兵士の人生に感情を左右されては軍隊は成り立たない」
「あんたは優秀だからそれが出来るんだろうよ。俺はあんたじゃない。無理なもんは無理だ」
己の弱さをずばりと指摘され、バーガーは反論するもののその語気は弱い。
「何故、ハイデルン大佐がお前を幕僚に抜擢したと思ってる?父親と旧知の仲だというそんな贔屓で
お前をドメル司令の幕僚に推したと本気で思っているのか?」
「ゲットー、何故そのこと……」
ゲットーの表情は冷徹なままだ。これほどに自己コントロール出来ればどれほど助かることだろう、と
バーガーは羨む反面、俺はこんな冷酷な軍人にはなりたくないと反発を覚えてしまう。
「……ドメル司令や親爺、そして俺たちの期待に応えてみせろ。お前には出来るはずだ」
バーガーは思わぬ言葉にゲットーを仰ぎ見たが、ゲットーは特別優しげな顔をするでも無く
相変わらず冷ややかな視線をこちらに向けている。

「なあ、一人一人にのめり込まないのは、プライベートも一緒なのかよ?」
つい、挑発するような口調になってしまったのをバーガーは一瞬悔いたが
「そうだ」
と、ゲットーはやはり淡々と向けてきた言葉の槍をかわした。
「だが、お前のプライベートに俺の考えを押しつける気は無い。恋愛は勝手にしろ」
「あ、ああ……」
やがてゲットーは「用はそれだけだ。邪魔をしたな」と席を立った。
「あ、おい」
バーガーも慌てて席を立つ。
「この様子ならもう心配はしなくて良さそうだな」
ゲットーの琥珀色の瞳が心持ち優しげなのは気のせいか。
「…ゲットー」
「死んだ部下には気の毒だった」


そうだ。
ゲットーが知らないわけはないのだ。
宇宙空間で戦う戦闘機パイロットは過酷で孤独な任務を課せられている。そんな中、彼は第一線で
戦い抜いてきた。そして撃墜王、エースパイロットの名をほしいままにしてきた。
だがその戦果の裏側には常に彼と共に飛ぶ仲間があり、失ってきた仲間がいる。

死に向き合うとき、ゲットーが思うのは己の身では無く、遺される者の悲しみなのだろう。

だから。

だから地上に心を残さないというのか。






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