未来へ託すもの


第6章を見終わって、いろいろ思って。19話テレビ放映記念です。ガミラス軍の内情とか、諸々は
私個人の妄想によるもので公式のものではありません。ゲットー少佐とバーガー少佐しかおりませんが、腐要素はありません。(2013.8.4)
              

 ヤマトとの決戦における機動部隊の編成が発表された後、第二次攻撃隊隊長、フォムト・バーガー少佐の
元に一人の若い、まだ幼さの残る愛らしい頬をした兵士が近づいてきた。しかし、「何だ、貴様」とバーガーの
副官に遮られ、悲しそうな顔をした少年を見たバーガーは副官をたしなめると「どうした、お前」と声をかけた。

緊張した面持ちで少年兵は背筋をぴんと伸ばし、言った。
「ぼくを、ゲットー少佐の第一次攻撃隊に入れてください」
バーガーは副官と顔を見合わせ、口元をゆがめ笑う。
「おいおい、もうこれは決定事項だ。それとも坊や、俺の隊ではやっていけねえって言う気か?」
そう言われ、少年兵はハッと顔をこわばらせた。自分が上官に対し不満を述べた事実を今更悟ったのだ。
「い、いえ……そ、そんなつもりでは……」
まだ叱り飛ばしてもいないのに、少年はもう双眸に涙を浮かべている。バーガーは眉間に皺を寄せ、副官と
再度顔を見合わせた。こんなガキを部隊に入れないといけないのか。

「なあ坊主。何故ゲットー隊に入りたいんだ?聞かせてくれよ」

子守りは俺の性分じゃ無い、と内心ぼやきつつも、バーガーは少年につとめて優しく訊ねた。
むろん、理由を聞いたとてそれをかなえてやるつもりなど毛頭無い。

「……ゲットー少佐に、憧れて」
「ほお。撃墜王どのにね」
「僕、航空隊志願なんです。いつか、少佐みたいに特別カラーのツヴァルケに乗って」

隊長が自分の話を聞いてくれた、と気をよくしたのか饒舌になり始めた少年の口を、しかしバーガーは中断させる。

「話は判った。だがもう部隊編成に変更は無い。悔しければもっと戦場へ出て腕を磨け。でなけりゃ撃墜王と
飛ぶなんて一生出来るもんか」
「は、…はい!い、いえ、ザー・ベルク!」

まだ型になっていない敬礼を寄越した少年兵を追い払い、「あんな子どもが精鋭だとよ。気が重いな」と呟くバーガーに
「全くです」と副官が応じる。

少年兵が、遠巻きに心配していたらしい仲間たちに迎えられるのを見、バーガーは小さくため息をついた。
ろくに戦場に出た経験の無い少年兵たちをどう使えばいいのか、頭が痛い。

しかし不意に彼は撃墜王、ライル・ゲットー少佐の言葉を思い出した。

『ガミラスは、あの子たちのものだ』

ガミラスの軍神、ドメル将軍の麾下で戦うということで兵士の士気は高い。年若い兵士たちは無駄に気勢を上げ、
どこか無邪気で、楽しそうにすら見えた。

「ああ、……そうだな。帰してやりたいよな」

「はい?何か、仰いましたか?隊長」
「いや、何でも無い。なあ。若いっていいな」
「はは、いきなり何を仰るんです、隊長だって十分お若いですよ。まあ私もですがね」
「お前のことなんか聞いてねえよ」
副官に対しつれなく返答すると、バーガーはそれでも、どこか懐かしげに少年たちを見送り、傷のある方の
唇の端をつり上げ、いつもの皮肉めいた笑みを頬に載せる。
「まあ、見てろ、ヤマトの野郎。今度こそ息の根を止めてやる」
「そろそろ長期休暇が欲しいところですしね!ヤマトを倒したら報賞金も弾んでもらえますかねえ」
「そりゃあそうさ」

 バーガーは気心の知れた副官ととりとめも無い会話をしながら、とある戦闘機をふと、思い出していた。
先の少年兵の心を捉えた、ガミラスのエースパイロット、ライル・ゲットー少佐の愛機を。



 奴のツヴァルケは、どこにいても直ぐに判る。
軽やかに宙を舞ったと思えば即座に敵機を捉え容赦なく撃ち抜く。戦闘機がまるで鳥のように空に踊る様は
華麗の一言に尽きた。

 撃墜王の特別機は第4航空戦隊、別名「黒鷲戦隊」の名の通り黒く塗装されたツヴァルケの尾翼に白い
ラインが闇夜の雷のように入っているので、皆から「雷光」と呼ばれている。そしてそのツヴァルケは持ち主に
よっていつも綺麗に磨かれ、整備されており、まさに名実ともにガミラス一の戦闘機だった。
『はん、磨いたってここに置いときゃ直ぐに汚れちまうのにさ』
『調子に乗ってしょっちゅう座乗艦を損なうお前なんかにはわかるまい』
奴はちっとも挑発に乗ってこない。
『へいへい、せいぜいその鉄製の恋人を可愛がってやんなよ、ゲットー』


 今、その美しい「雷光」はここに無い。
バラン星の崩壊に巻き込まれたおびただしい数の戦艦、戦闘機、空母、兵士達。それらと共にゲットーの
美しい恋人も消えていった。その報を奴は収監されていた独房で聞いたと言う。
それ以上、ゲットーは何も言わなかった。




 数日前のこと。


「───しかし、残念だな。相棒の不在はさ」

ヤマトとの決戦には空母4隻と艦上機による機動部隊を主とする作戦が決定されたが、その場をドメル将軍は
明言しないままに会議は終わった。

そして解散後、フォムト・バーガー少佐は先を行くライル・ゲットー少佐を追い、その背に話しかけたのだった。

「仕方無い、もう取り戻しようがないことだ」
あと一歩でヤマトを仕留められるその瞬間に命じられた帰投命令の折り、彼らは身一つでの帰国を余儀なく
され、ガミラスのエースパイロットであるゲットーもまた、愛機をバランに置いてゆくしかなかった。
そしてその愛機は先のバラン星崩壊と共に宇宙の塵と消えた。

なのに淡々とした様子のゲットーが、バーガーには歯がゆくてならない。
ゲットーだけではない。ドメル将軍も、ハイデルン大佐も、誰も彼もがこの不当な仕打ちに甘んじ、謝罪も
求めず再び総統の命に従い出撃するのが、おおっぴらには言えないものの許せなかった。

「ったく副総統の野郎、あのとき、あと数分待ってくれれば今頃祝勝パレードの真っ最中だろうによ!」
バーガーはそう言うとドン、と拳を壁に打ち付け苛立ちを露わにした。
「そう腹を立てるな、パレードは先延ばしになっただけだと思っておけ」
ゲットーは喜怒哀楽の激しい僚友と違い冷静を常とする男で、身近にいることの多いバーガーらでさえ、未だ
彼が拳を握りしめ怒りを露わにする場面を見たことが無い。
「そう簡単にいくのかねえ。余計なミッションも加わっちまったし」
「総統命令だ」
淡々と受け答えするゲットーは毎度のことだが、それでもバーガーは「悔しくないのかよ」と言うとジロリと大きな
青い瞳をゲットーに向けた。ゲットーは血の気の多い同僚を憐れむように横目にちら、と眺めるだけで、何も
言わない。

「空母もドッグ入りしていた3杯と試作艦、艦上機は全て二線級のロートル、あげくに兵士は年寄りとガキの
寄せ集め。一体総司令部は何を考えているんだか」
「……」
「バルグレイに積む戦闘機はせめて、ツヴァルケに変えるべきだ。総数を減らしてでも」
「あれでも、ドメル将軍なら余裕で勝てると思ってるんだろう」
「嘘を言えよ、誰も言わなかったのが不思議なくらいだ、デバッケもそりゃあおやっさんが若造の頃は最先端の
戦闘機だった。だが現行のツヴァルケと比べてみろ、どんだけ骨董品かってことくらいあんたが一番知ってるはずだ」
「ああ。だが師団のツヴァルケは消滅したんだ。もちろん、本土防衛用の機体はあるが……」
「それらは全て親衛隊が押さえてる。そりゃもう聞いた。だけどな、ドメル将軍が総統に直接」

ゲットーはそこで足を止め、バーガーへと振り向いた。バーガーはまたうるさい、と叱られるのかと
顔をしかめ身構えたが、ゲットーはそんな僚友を見、小さく笑う。

「それが出来るような状況で無いくらい、お前だってわかっているだろう?」
意に反し静かな声で諭され、言い出したら止まらないバーガーもさすがに黙り込んだ。ゲットーの琥珀色の
瞳は優しい。


 バレラスは帰投してくるたびに陰鬱になっている、そう感じ始めたのはいつのことだっただろう。
活気に満ち自由と平和を謳歌しているはずのガミラスの人々の表情は、いつから沈鬱になっていったのか。
男女がむつまじく語らう川辺に人の姿は無く、表通りを我が物顔で闊歩しているのは親衛隊の、同じ顔をした
薄気味悪い兵士たちばかりだ。

 時折悲鳴が聞こえてくる。固い長靴の音は親衛隊か秘密警察だ。軍用犬が吠え、銃声が響く。


「ガミラスは俺たちが宇宙を飛び回っている間にギムレーの私物になってしまった。……総統が一体何を
見ているのか、俺たちにはわからない。俺たちは一介の軍人に過ぎない。与えられた武器を持って命令に従い
戦うだけだ。その武器が石ころでも、棒きれ一本でもな」
「親衛隊がはびこるのは二等臣民の奴らのせいだろ。奴らが我が物顔で俺たちはガミラス人だなんてほざくのが
間違いなんだ」
「バーガー」

日々の生活はじわじわと逼迫している。窃盗がはびこり、人々は財産だけではなく、心さえ失いかけている。
嫉みや不満が、己よりより弱き者へと向かうのは世の常だった。

「……もう言うな。お前のその持論に俺たちは賛同しない」
「……」
「なあ、せっかくだ。屋上に出てバレラスを見渡そう」

また昨日の閲兵式の繰り返しとなることを避け、ゲットーは全く別の提案をしバーガーも硬直を解いた。

二人はあてがわれていた宿泊施設の屋上へ上がり、生まれ育ったバレラスの街を一望する。

「そういや、随分と久しぶりだな。……こうしてバレラスを眺めるのは」
「お前は休暇となると直ぐに飲みに行くからな」
「じゃなけりゃ何のための休暇だよ」
「俺にはアルコールで休暇を潰すお前の方が信じられんよ」

 眼下に拡がるガミラスの帝都バレラスは深夜でも方々の照明が明るく輝き、その中心には総統府が周囲の
建造物に比べ、一段と高く誇らしげにそびえ立っている。宇宙から眺めればこの星は豊かに繁栄しているとしか
見えず、深い病根を抱えているなど思いもしないだろう。

「いろいろあったな……」

 感慨深げに呟いたのはバーガーだった。ゲットーは小さく「そうだな」と応えた。
二人はそれぞれに己の、振り返るのにはさほど困らない程度の過去に思いを馳せる。

「さて、今まで何度お前の尻ぬぐいをさせられただろうな。まったく気にくわない最低の同僚だよ、お前」
「ちえ、お前だって先輩面して俺に面倒を押しつけたりしたじゃねぇかよ。おあいこだ」
二人の口元には微笑みが浮かんでいる。

「俺は墜ちない」
バレラスの夜景を前に、ゲットーは独り言のように呟いた。
バーガーはおや、と意外そうな表情でゲットーへと振り向く。ゲットーは不確実な事象を希望にすり替えて口にする
ような輩ではない。
バーガーはゲットーの真意を量りかねたが、ひとこと、「わかってるよ」と言った。

「あんたが墜ちるわけねえよ。たとえあんな<ばあさん>に乗ろうがな!」
「失礼な事を言うな、デバッケは親爺さんが若かった頃には<おてんば娘>だったんだぞ」
「ふふふ、デバッケもあんな年食ってから若い男を乗せるなんて思いもしなかったろうな。きっと喜んで飛んでくれるぜ」
「下品だぞ、バーガー」

二人は顔を見合わせ笑った。市街の喧噪も届かない、とはいえ彼らがよく過ごす宇宙空間よりは遙かに低い
小さな建物の屋上で、二人は一体何がおかしくて笑っているのか忘れてしまうほど笑い続けた。


我が故郷、気高く清きガミラス。俺たちはこの星に生を受け、そしてこの星に抱かれ育ってきた。



「なあ、ゲットー。もう一つ、聞いておきたいことがある」
「何だ」
笑うのを止めたバーガーは真顔でゲットーに向き直り、にわかに険しい視線を向けた。
「何故バルグレイの乗員は年寄りばかりなんだ。……いや、第一次攻撃隊の面子、退役間近のじいさんばかりじゃないか」
「お前も暇だな、他人の部下の心配より自分の心配をしろよ」
ゲットーはバーガーの振り向けた話題から逃げようとしているが、バーガーはそれを許さない。
「……戦闘機に数回乗った経験しかない子どもに陽動なんて任せられるか」
渋々、ゲットーは言葉をつないだ。そして先ほどまで見せていた笑顔を引っ込め、バーガーの視線から逃げるように
余所を向き、いつもの淡々とした、感情の覗えぬ物言いで続ける。
「子どもの援護なんてしている暇は無いからな。悪いが古参兵で編成させてもらったよ。スヌーカもドルシーラも複座だ、
単座のデバッケよりは負担が少ない」

 ドメル将軍の立案した今回の作戦において、第一次攻撃隊は最も重要且つ危険な任務だ。それを自ら買って
出たのが師団精鋭の第4航空戦隊長のゲットーだった。むろん、ドメルにしても彼が存在するからこそこの陽動作戦を
立てたのだ。
しかし、精鋭部隊のほとんどは先の送還命令によりバランに置き去りとなり、今回出撃出来る熟練のパイロットは
隊長のゲットーと副長、他数名にすぎない。
後は経験はあるが現役では無い古参兵に過ぎず、機体は二線級だ。バーガーは自分に少年兵を押しつけられたこと
よりもゲットーがあまりに不利であることを実は危惧しているのだったが、先輩士官でありガミラス随一のエースパイ
ロットであるゲットーに対し要らぬ心配を口にするのはさすがに憚ったのだった。

「……危険だ」

しかしバーガーはつい、本音を口に出してしまう。先ほどのゲットーの「俺は墜ちない」という言葉も余計に
彼を不安に貶めていた。

「バーガー」

バーガーを呼んだゲットーの目はバレラスの遠くを見つめている。

「……子どもたちは、生きて帰してやりたいと思わないか」
「……」
「俺は結婚もしていないし子どももいないが、それでも」
「……」
「……このガミラスは親衛隊のものでも、総統のものでも無い。あの子たちのものだ」


 ドメル将軍は国民にとって守護神とも言うべき武人であり、その潔癖な人柄は誰からも尊敬されている。
国はそれを政治にも利用し国威掲揚とばかりに彼を方々へと派遣した。
ドメル将軍について、幕僚団の代表4名も随行した折りには、どこへ行っても彼らは幼子から年寄りまで、
熱狂的な声援を受けてきた。
まっすぐな、疑うことを知らない純粋な子ども達の、憧憬のまなざしは嬉しくもあり、気恥ずかしくもあった。
ゲットーは己の隊を編成する折り、その子ども達をふと思い出し、そして閲兵式に並ぶ少年兵にその瞳を
重ねたのだった。そして強く願った。

彼らの為に、未来を、と。

「……そうだな」

バーガーは口を尖らせ、不機嫌な様子でぼそりと呟いた。
思いもかけぬゲットーの告白は柄に無く彼の感情を高ぶらせ、ぶっきらぼうに答えるしか出来なかったのだ。

「だから、奴らを無駄死にさせるなよ。お前は頭に血が上るとやり過ぎる。気をつけろ」
「…っ、何だよ、ゲットー。説教かよ」
「深追いはお前の悪い癖だ。爆撃が済めばさっさと撤収しろ」
「……」
バーガーは眉間に皺を寄せゲットーを見上げたが、直ぐにぷい、と顔を逸らし彼もまたバレラスの街に目をやった。

「わかったよ」
ぞんざいに先輩へ答え、「だがな、俺たちだって十分若いじゃないか」とバーガーは吐き捨てるように言った。
「バーガー、」
バーガーはゲットーの反論など聞くものか、と言わんばかりに夜景へと目を向けたまま唇を噛みしばし沈黙した
後、再び口を開いた。
「あんたも俺もまだ若いんだぜ?親爺っさんみたいな年寄りじゃ無いんだ!犠牲なんてまっぴらだ!
俺は絶対生き延びてやる。テロンの戦艦なんかにやられてたまるかよ!」
抑えきれなくなったのか、荒げた声は震えている。
「だからあんたも帰れ。ヤマトの艦載機を全部撃ち落として必ず帰れ!」





 こちらを向いたバーガーの顔は、暗くて憶えていない。
もしかしてあいつは、泣いていたのだろうか?
俺が記憶している限り、あいつは泣いたことなど無い、神経の図太い、デリカシーのかけらも無い男だった
はずだが。

 幸か不幸か、愛用のスーツだけは手元にあって良かった、と、第一航宙母艦、バルグレイでゲットーは
パイロットスーツに着替えながらふと、出撃前夜のことを思い出していた。
「あんなのに泣かれたって、少しも嬉しくはないがな」
独りごち、口の端に小さく微笑みを乗せる。

「さあ行こう」

今回のパートナーとなったデバッケ隊長機の尾翼を優しく撫で、コックピットに乗り込むと静かに目を閉じ
己に言い聞かせるよう小さく呟く。

「俺は還る」

やがて意を固め目を開き、チョークアウトのサインを送ると彼は深紅のバイザーを眼前にセットした。





────────終────────