静まりかえった艦橋で、フラーケンは一人潜望鏡を覗いている。
今は任務を終え、皆緊張から解き放たれつかの間の休息におのおのの部屋で瞼を下ろしていた。
「誰だ?」
突然、背に誰かがぐい、と身体を押しつけてきたのだ。
「誰だ?って、わかるでしょー、キャプテン」
「……やはりお前か。どうした」
フラーケンは潜望鏡から顔を離さない。身体を押しつけた主であるゴル・ハイニはふぅ、と小さくため息をつくと
フラーケンの腹に手をまわした。
「何してるんスか、こんなとこ何にもありやせんよ?」
「………」
「ねぇ、キャプテン」
ハイニの吐息がうなじを撫でる。
「静かな次元面を眺めるのが好きなんだ。何も無い静かな海はお前は興味無いか」
フラーケンの口調は穏やかだ。
「うーん、そうですかねぇ。退屈じゃあないっスかねえ」
「ふふ、お前にはわからんでもいいさ……」
すり寄せてくるハイニの頭髪が首筋に触れ、フラーケンはようやく顔を上げ、わずかにハイニの方へと向いた。
「で、何の用だ」
「へぇっ?」
腹にしっかりと両腕を絡めているのを見れば誰だってハイニの考えていることはわかりそうなものなのに。
「いやぁ……キャプテン、もう夜も遅いですし……」
「そうか」
しらばっくれられて居心地の悪くなったハイニは腕を離そうとしたが、フラーケンはその腕に自分の手を重ねた。
「もう遅い、か」
「え、ええ」
きっとキャプテンはこんな風にうろたえる俺をからかうのが楽しいんだろうな、とハイニは思う。
作戦だってことは知ってる、でも俺は敢えてそれに乗っかるのが好きだ。
「遅いっスから」
意を決して腕に力を入れ、フラーケンの身体を抱き寄せる。硬い髪がハイニの顔に当たる。
「……やりましょうよ」
「……?」
フラーケンは怪訝な顔をしハイニを見やった。
「何だって?」
「だからあ。……わかるでしょ?」
「…わからん」
ハイニの息が荒げてくるのを首筋に感じつつ、フラーケンはしらを切る。
「せっかく今夜はゆっくり出来るんスよ?それなのに…」
それなのにキャプテンはどうして自分の寝室に来てくれないのか、と駄々を捏ねようとして、それでは
キャプテンの自由をないがしろにしてしまうと思ったのかハイニは口をつぐんだ。
「いや……キャプテンが潜望鏡覗く方がいいっつーんなら…いいっスよ、…すんません」
どこかふて腐れた物言いに、フラーケンは目を細めた。
自分にバカ正直に生きるこの男が好きだ。
「ハイニ。俺の腰に何を当てているんだ」
「…は、っ、ええっ!いや、これはあの、あのぅ」
軍服越しでもわかるくらい張り詰めたものがフラーケンの尻に当たっている。
「準備万端で来たってわけか」
「そ、そそ、そんなつもりじゃあねエっス!決して!決して!」
そう言う割に、腕を全く離そうとしない。
「ああ、……そろそろ次元面を覗くのも飽きたな。俺は寝るとしよう。おやすみ、ハイニ」
「え……え、ああ、はい、はいはい、寝るんスね、ああ……」
どことなくしょんぼりとしたハイニが愛おしい。
「どうした、何をしょげている?」
「いや…ぁ……お、おやすみなさい、キャプテェン」
名残惜しそうに、それでも往生際悪く腕を離そうとしないばかりか、ハイニはフラーケンの横顔に頭をすり寄せた。
「何だ、お前」
「だって…おやすみの前は、……キッスがあってもいいでしょ?」
「馬鹿野郎」
フラーケンはそう言い捨てると己の唇をさっとハイニの唇に重ねた。一瞬のくちづけ。
「うぉっ」
全くムードの無い奴だ、と思いながらフラーケンはハイニの頭をつかみ、今度は深く唇を合わせる。
「ん、……んん……っ……」
身体の向きを変え、二人は互いの身体を絡ませあい、貪るように唇を吸った。
「ぷはっ」
唇が離れると、ハイニは潜水を終えたダイバーのような声をあげる。
「キャプテン、これっておやすみのキッスじゃねぇですよ」
「ふん、そうか」
「むしろ、起きちゃう方の」
「朝からお前はこんなキスをするのか」
「いや、起きるのは……」
人相の悪い顔でハイニはフラーケンにぐい、と前を押しつける。一層気分が高揚したらしい。
「ね?起きちゃうでしょ?」
それはフラーケンとて同様だ。もちろん、そのつもりでそうしたまでのこと。
「……ならさっさと寝室へ行け。時間がもったいない」
「へいへい、キャプテン。…あ、でも」
「何だ」
「キャプテンがこれで外覗いてる隙に、俺がこうしてキャプテンの後ろから……そうすれば一挙両得って
もんじゃあ、ねえっすかねえ!」
「……馬鹿野郎」
フラーケンはわずかに口の端を曲げた笑みをハイニに見せると、潜望鏡を格納した。
「艦橋でサカって汚すのは御免被るぞ。さあ、お前のベッドは片付いているんだろうな?」
「へ、へへ、そりゃもうさっき片付けてきましたさ、キャプテン」
フラーケンにいいように扱われながらもハイニは思う。
いつかキャプテンと同じ景色を眺めてみたいと。
キャプテンが好きだという景色なら、きっと自分も好きになれるはずだからと。