求め合う指先


先日ピクシブに「昼下がり」というタイトルで投稿した作品ですが、タイトルがやっつけだったので
自サイトにアップする際タイトル変更しました。内容は同じです。(2014.08.23)
              

 日頃手を繋ぐなんてことはしない。
繋いだことなんて無いかもしれなかった。
「まあ、ガキじゃあるまいしな」
興味が無いというわけではないが、どうにもいい歳をした男二人が手を繋いでイチャイチャしている
姿なんぞ、誰も見たくないだろうし絵的にもあまり好ましいものでは無さそうに思えるのだ。
どうせライルだって、「何で子どもみたいに手を繋ぎたがるんだ」とすげなく言うに決まってる。

 二人で見ている映画のワンシーンで、恋人同士の男女が手を繋いで歩いている。
女優と俳優だから、全てが計算され尽くした絵になっているのがあまりに白々しく見える反面、自分が
手を繋ぎたいと望む相手を横目でちらりと見、二人で睦まじく歩く様をつい、想像してしまう。
悪くない。いや、悪いか。

 しかしライルは何食わぬ顔で映画を見ている。こちらを向きもしない。
まあ、そうだよな、こいつは俺に対してはそんなものを求めてはいないだろうし、と胸の内で何か
渇くものを抱きつつコップに入れた酒を飲んだ。

 黙ったまま時間は過ぎ、映画も話が進んでいる。
俺はここまできて、ようやく何をしにライルの部屋に上がり込んだのか思うに至った。
俺は部屋でじっと映画を見るのは特には好きじゃない。だいたいにおいて途中で飽きてしまう。

 そう。俺がここに居るのはただこの男に逢いたかったから。
この、ちょっとばかりひねくれた恋人と同じ空間にいたかったから。

 言葉は無くとも、相手の息づかいが聞こえるだけで安心できる。
任務に就いている間は別行動になることがほとんどだ。そうなると何時あいつが死んでも真っ先に
それを知ることは不可能に近い。場合によっては、泣くことすら叶わない。
だからこんなふうに、同じ場所で過ごせる時は俺達にとっては何よりも貴重なのだ。


 俺は最早映画なんて上の空で、床についた右手をそろそろと、ライルに気付かれないよう
近づけていく。恋人と同じ空間にいることだけではもう物足りない。
肌のぬくもりを感じたいと切望する。

 それでも素直になれず、隣で映画を見ているライルに擦り寄ることが出来ないまま、俺はわざと
身体を斜めに倒して、さりげなく奴にくっつこうとしてしまう。
言えたら何てことは無いはずなのに。

 手、握ってくれよ。 って。



 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ライルは画面から顔を動かすことを一切せず、手をのばし
俺の手に手を重ねてきた。

 待ちかねたように指と指が絡み合う。映画の恋人さながらに指と指が狂おしく求め合う。

 互いにそしらぬ顔をしたまま片方の手がもう片方の掌をくすぐり、甲を掻き、そして強く握る。

指の一本一本に全神経を集中させ、互いの欲望を探り合う。目を合わさなくとも俺達にはわかっている。
求める指先がどれほど相手の全てを欲しているか。


 そのうちどちらからというでもなく、俺達は互いの手を頼りに身を寄せ合う。肩が当たり、腰が触れる。
始めからくっついておけば良かったろうに、なんて言われても仕方ない。こうやって、じわじわと擦り寄って
いくのも興奮するというものだ。

「映画、飽きたのか」
「……ちゃんと見てたぜ」
「まだ終わってないぞ」
「身たけりゃいいよ、あんたは最後まで見てなって」

肉の無い頬に口づけ囁くと、俺は顎の付け根や首筋に唇を押しつける。

「……俺に我慢を強いる気か、フォムト」

 普段よりはぐっと柔らかな口ぶりで、ようやくライルはこちらを向いた。
画面では紆余曲折あった男女がようやく関係を修復しハッピーエンド。
笑っちまうな、どうしてこんな映画を見ようなんて思ったんだろう?
ふん、まあ、目の前でラブシーンを見せつけられたら、いくらフィクションだって催すよな。
ちぇっ、これってまさかこいつの作戦か?このムッツリめ。

「じゃ、しようぜ」

 映像はゆるやかに遠ざかり、恋人達と風景とが混じり合い溶けてゆく。
かわりに俺達の間の空気が甘く濃密になってゆく。

 やがて俺達が唇を重ね合ったときには映画はエンドロールを流し静かに暗転していった。




────────終────────