宣戦布告


              

 こうなることは予想していた。



「確かに俺はずっとお前をフォローしてきた。が、保護者では無い。そしてお前はか弱い女性では無い。
……軍人だ。抗おうとすれば出来たはず。なのに、お前は受け入れた」
「……怒ってるのか?ライル」
「怒るも何も」

独特の、起伏の少ない少し鼻にかかった気取った声。
どんな局面においても、常に冷静なトップエース。
「お前が、そうされることを選んだ。……それだけだ」
「べ、別に、望んだわけじゃねぇ、……俺が甘かったのは認める」
「何故拒まなかった。フィッケルはお前の部下だ。部下を止められない上官など無能の極みだな」

でも、俺は知っている。
奴がその静かな声の向こうに、激しい感情を隠していることを。




 フィッケルと事に及んだ後、奴は泣きながら俺の身体を清め、赦しを乞うた。
『お前だけが悪いわけじゃねえよ』
身体の節々が痛む。
『無茶苦茶しやがって。今度はただじゃおかねえからな』
確かに奴のしたことは強姦だが、俺が隙だらけだったことにも責任がある。
ライルの言うように、体力でも喧嘩の経験値でも勝る俺が本気で抵抗すれば良かっただけのことだ。
なのに、俺は奴の激情にほだされ、そして求めた。同罪だ。
奴は黙ったまま俺の前でずっと頭を下げていたが、俺はいい加減苛つき、奴を置いて部屋へと戻った。
ベッドに倒れ込みそのまま眠ってしまい、幕僚会議に遅れてきた俺を不審に思ったゲットーに
問い詰められ、喉元についたキスマークを発見されてしまい今に至る。

「俺が馬鹿なのはあんただって知ってるだろ」
「馬鹿な上に淫乱か。付ける薬も無いな」
責められるのは仕方ない。だが、どこまで言われっぱなしで耐えればいいのだ。
元はと言えば、この男が俺に変な下着を穿かせたり、陰毛を剃り落としたせいじゃないのか。
「これほど下半身のだらしない男とは思わなかったぞ、フォムト」
「……それ、言い過ぎじゃねえか」
言い返した俺にライルは冷たい一瞥をくれ、心底軽蔑している、と言わんばかりの表情をしてみせる。
元々無愛想であたたかみの無い目鼻立ちのゲットーのこの表情は正直堪える。
「俺をこうしたのは、あんたじゃないか」
「……」
「俺に男とのセックスを教えたのも、あんただったよな」
「……」

子どもじみた言いぐさなのは百も承知だ。

「だから、あんたのせいだよ」
「……だが、他の男とセックスをしていいなんて指導はした覚えは無い。お前が常識を弁えない
破廉恥な男だということだ」
「何だよ、っ……」

俺はそこで気がついた。ライルが酷く怒っていることに。冷静に見えて、唇の端がぴく、ぴく、と痙攣している。
必死に感情を隠そうと握りしめた拳が震えている。

「失望した」

そう言ったライルの目はもうこちらを見ていない。俺もいい加減腹が立って来た。

「……お高くとまりやがって、」
「は?」
「あんたが変態なのがそもそもの元凶なんだよ。分かってんのか」
「……」
「常識だって?はっ、笑わせんなよ」

とことん悪役に徹してやる。俺が常識を弁えていない破廉恥な男だと言うなら、そうなってやる。

「それでも、俺が好きなんだろ?ライル」
ライルのこめかみが怒りに震えているのを真っ正面から見つめ、俺は薄ら笑いを浮かべてやった。
「俺が好きでたまんねぇから、女ものの下着を穿かせて楽しんでたんだろ?変態め」
「……」

何も言わなくなったライルの足元に跪く。
目の前の股間にいきなり顔を押しつけ、衣服の上から欲望のかたちを捜し出すが、それはまだ本能を
剥き出しにしてはいない。
「止せ、」
戸惑いを隠せないライルの声。
「止めるかよ、俺は淫乱なんだ」
ジッパーのホックを歯で噛みしめ引き下げる。
「止めろ!」
まどろっこしいベルトをようやく取り外し、前を開く。
「フォムト、」
ライルの制止など一切無視し、俺は下着の内からまだ興奮の様相を見せていない柔らかなペニスを
取り出し食い付いた。

案の定反応は早い。奴はいつでも冷静沈着だが、醒めているわけじゃない。
獲物を捕らえたときの奴の瞳は猛禽そのもの、狙った獲物は骨までしゃぶり尽くす、実はそんな男なのだ。

「へ、……どうだよ、ご立派じゃねえか」
舌に素直過ぎるほどに反応し、立派に勃起したペニスを俺は手に携え、ライルの顔をのぞき込む。
醒めたふうな顔に反して、手の中のペニスは熱く、根元から亀頭の先までパンパンに張り詰めている。
「何とか言えよ、ライル?」
裏筋を舌先でなぞり俺は嗤う。つるりとした亀頭を唇に滑らせれば「あ……」とライルの悩ましげな声が
俺の鼓膜を震わせる。
更に舌をべったりと押し当て亀頭を擦ってやると、奴はその先から透明な汁を零し始めた。
誰かが入ってくる心配は無い。それが分かって居るからライルも無闇に俺を離そうとはしない。
何時の間にかライルの手はフェラチオを強要するように俺の頭を押さえつけていた。

俺に対してライルは、周囲の者が知れば吹き出すほどに優しい。
こんな性格で、こんなご面相の俺のことも心から愛してくれる。
でも時に今のような傲慢な一面を垣間見せるライルが俺は好きだ。
細いが虚弱な男じゃない。一流の戦闘機乗の常として、体力も精神力も並の軍人以上だ。
そんな、自分よりも優れた男に支配される悦びはまるで麻薬のように俺を虜にする。
ライルが俺を好いている以上に俺はライルを求めている。

「なあ、ライル」

ぐいぐいと押さえつけてくる手の力に逆らい、俺は顔をあげライルを仰いだ。
「怒ってんだろ」
「……」
「犯してくれよ」

ふ、と琥珀色の瞳がにわかに色づく。

「乱暴にさ、…」
見上げたまま口を開け、突き出した舌でべろりとライルのペニスを根元から先端まで一気に舐め上げた。

あからさまな挑発。
ライルは何も言わず俺の頭を掴むといきなり勃起したペニスを俺の口に突っ込んできた。
あまりにも押さえつけるので先端が喉にまで入ってくる。正直、好きじゃないが許してくれとも言えない。
むせる間も与えられないまま、暫くするとライルは何食わぬ顔で俺の喉の奥に射精した。
「ぐっ、……うぅっ、うっ、ぐ、」
「好き者なのだろう。飲め」
気持ちが悪い。吐き気を催すのを必死にこらえ、なんとか呑み込んだ。いや、呑み込まざるを得なかった。
この撃墜王の命令は絶対だ。

「犯すなんて」

先ほど華やかな紫色に色づいた琥珀色の瞳はもう醒めている。そんな瞳でライルは俺を見下し、
引き抜いたペニスの先に付着していた精液の残りを俺の頬に擦り付けながら、いつもの静かな、
鼻に掛かった声で
「大事なお前にそんな乱暴を働くものか」
と囁いた。そのくせ俺の頬に精液をまんべんなく擦り付け終わると口元に運び、舐めて綺麗にしろと
無言で指図する。
俺に始末をさせながらライルは淡々と語る。
「愛している、フォムト。でも今のお前を俺は抱きたくは無い」
そう言うとライルは静かに微笑んだ。

だからこの男には逆らえない。

なにがしかの罪悪感は俺を無力にする。そして、奴が俺に何をするのか期待してしまう。





 視界が遮断されたおかげで、他の感覚が鋭敏になる。いやな振動音が耳に付く。音が止む気配は無い。
ライルの視線を感じる。物音一つ立てないが、ライルの匂いがするのですぐにわかった。
「ん、っ、あ、あ、あ、」
射精したいのに出来ない。根元をコックリングできつく戒められているせいだ。
足も閉じられない。大きく両脇に開かされた状態で縛られ、股間を拡げたまま俺はただ喘ぐ。
「あああ!」
肛門をふさぐバイブが内部から刺激を送り、俺は何度目かの絶頂を迎えた。
「何度目だ、尻でイったのは」
「よ、よんか……い……」
「そうか。もう四回も達したのか。いやらしい子だな、フォムトは」
「あ、ん……」
「こんなにいやらしいから、部下に犯されても仕方ないのだな」
ペニスにはローターが貼り付けてあり、この小刻みな振動にも気が狂いそうになる。
耐えられず、漏らした。
漏らしながら、また達した。隠すことも出来ず、不様な水音が俺を辱める。
「ごめん」
と俺は泣いた。
「気にしなくていい。……そんなお前が愛しい」
ゲットーの声が俺を震わせる。
「もっと見せてくれ」
「ライル、」
薄い唇が慰めをくれる。優しいキスが俺の心を蕩かせる。
「愛してる」

「愛してるよ、ライル」
抱き締めたいのに、腕が縛られて動けない。


「ライル、ライル」
射精したいのに出来ず俺はもぞもぞと下半身を揺らすが何一つ自由にならない。
欲望に翻弄される俺の頬に、ライルはやさしく口づけを落とす。キスをもらうたびに俺の身体は激しく震え
ペニスは悦びの涙を流す。
「フォムト」

 俺の心のなかがどんどんライルで満たされてゆく。
ライルのすらりと伸びた綺麗な指が俺の肉棒を握る。触れられるだけでまたイきそうになる。
俺はライルの指に己のものを擦り付けるように腰を揺すった。気持ち好い。止められない。
「どんどん溢れてくるぞ」
ライルの指と、俺のペニスが擦れ合うたびにくちゅ、くちゅと水音がする。その音にますます煽られ、
俺は喘ぐ。
「俺の指がお前ので濡れた……」
ああ、ああ、と喘ぎ続ける俺の口にライルは指を突っ込んできた。すかさずそれをとらえ、しゃぶる。
よく磨かれた滑らかな爪は決して俺を傷つけない。
ライルはこの爪のように冷たくて、そして優しい。

「挿れてくれよ」
「駄目だ」
「頼むよ」
「今日は、駄目だ」
「欲しい」

 舌を絡ませながら甘い息を吐き俺たちは問答を繰り返す。
「俺が一番だと言え、フォムト」
「言えば、くれるのかよ」
「駄目だ」
冷たい言葉にひそむ嫉妬の炎。
「ライル……う……」
「他の奴とセックスをしたって構うものか。ああ、構わない。そのたびに俺が一番だとわからせてやる」
「ゆる…し、て……」
「……許せない」
「許して、くれよ、お…」
ライルの指は優しく俺のペニスを扱き続ける。やがて俺はダラダラと勢いの無い射精をし、白濁を零す。
「沢山出たな」
ライルはそれを舐め取り、俺のペニスに優しく口づけた。

「俺が許さないのはお前を抱いた男だ……」

ライルの舌が俺を慰める。

「お前じゃない」

愛撫は甘く俺を蕩かせてそして縛り付けてゆく。


 意識が朦朧としてきた。
性具をあてがわれたまま、もう何度達したのか分からない。
でも、いい。
ライルはずっと傍にいる。俺はその気配を感じることしか出来ないけれど、ライルの指や、唇がその存在を
教えてくれる。
もうライルのことしか考えられない。




今のこの世界は、ライルと俺だけのもの。

俺達だけの楽園。






────終────