もう、振り返らないで


              

「バーガー。どうしたんだ?」
不意に部屋を訪れてきたバーガーに、古代は極力平静を装い、何食わぬ顔で問うた。
今の自分は地球人ではない、ザルツ人なのだと己に言い聞かせ、バーガーに向き合う。
口調は乱雑で、立ち振る舞いも洗練されているとは言い難かったが、古代はバーガーに対し、
メルダに相対したときと似通ったものを感じていた。
彼もガミラスの軍人であることに誇りを抱き、こんな局面に立たされていても最善を尽くす男だと。

だが、まだ彼が地球人に対してどのような思いを抱いているかは分からない。
油断は出来なかった。


「……確かめておきたくてな」
「何を?」
古代はバーガーに椅子を勧めたが彼はちら、と目をくれただけでその場に立ったままだ。
「お前等が本当にザルツ人部隊なのかをよ」
古代は身構える。やはり誤魔化せはしなかったか。

「それは前言った通りだ。……今は明らかには出来ない」
「お前の階級は」

古代の顔色が一瞬変わり、眼球が不用意に揺れた。バーガーはそれを逐一注視している。
「……大尉だ」
「ほう。メルヒよりも上か」
古代は自分の階級、一尉を通じやすいよう「大尉」と言い換えたがバーガーは表情を変えること無く
「ザルツ人でな、その若さで大尉になろうと思ったら並大抵じゃないんだぜ」
と声を潜めた。
しまった、と古代は歯がみする。併合された国家臣民は宗主国の国民よりも低く扱われるのが常だ。
「よほどの軍功を挙げたか……」
すう、とバーガーは古代の眼前に立ちはだかった。
「あとは」
青い指に顎を掴まれ、古代はちいさく呻く。そんな古代を見、バーガーは侮蔑の言葉を投げつけた。

「体を売ってのしあがったか、だ」

バーガーの青い瞳がまっすぐに古代を射貫くように見つめる。動けない。
「答えな、コダイ大尉。お前は本当にザルツ人なのか?」

「そうだ」

「……」

動揺を見せればお終いだ。
「俺はザルツ人だ。……バーガー少佐、どうして俺が大尉なのかはあなたの想像に任せる。どのように
思ってもらっても結構だ。でも、今、俺たちはそんなことでいがみ合っていてはならないはず」
バーガーは無言のままだが幾分、疑心もほどけてきたように見える。

「……ああ。だが共同で事に当たる為には何より信頼関係が必要だとは思わねえか?」

それでも青い瞳の冷たさに変わりは無い。
「たとえ」

古代は覚悟を決めたかのように一瞬目を閉じ、そして開いた。

「あなたが俺をどのように扱っても、俺は少佐、あなたを信じる」

「ほう」
「それが最善だと思うから。俺には守らなければならない仲間がいる。そして、それはあなたも同じはずだ」

古代の栗色の瞳は強く輝いて、その輝きには一歩も譲らぬ、という気概が漲っていた。
「俺がお前をどう扱っても、か?」
自分がザルツ人だとしたら、此所では少佐であるバーガーは上官だ。上官の問いを二度もはぐらかし、
ただで済むとは思えない。
「ああ」
二人は鋭い視線を向けあい、一歩も退こうとはしない。

「ザルツ人がガミラスからどんな扱いを受けているのか知っていてそんな脳天気な事を言ってんのか」
「……?」
怪訝そうな古代を、バーガーは突然ベッドへ突き倒した。
「……いや。……知っているから、か」
「一体、何のこ……」
起き上がろうとしたが、バーガーは素早く古代に馬乗りになり、喉元に右手を押しつけた。
急所を制され、身動きが取れない古代にバーガーはニヤリと笑うと空いた方の手で乱暴に襟元を緩め始める。
「語るに落ちたな、コダイ」
照明を背にしたバーガーの顔は暗い。格別、差別主義者のようには見えないバーガーの言葉の端に滲む
蔑視に、これまでガミラスがザルツの人々に与えてきたのであろう理不尽な扱いが想像できた。
「一時しのぎの共闘には手っ取り早い方法だよな」
「こんなことで信頼が得られるなんて思っていな……」
喉を押さえられているせいで声が掠れる。呼吸も苦しい。
「おいおい、さっきお前が言ったんじゃないか。俺がお前をどう扱おうが、俺を信じる、って!」
「バーガー少佐、……」

 彼はこんな卑劣な方法で相手を試すのか。
そう思うと怒りすらこみ上げてくるが、自分を見下ろすバーガーの顔が全く笑っておらず、むしろどこか
悲しそうに見える。古代は自分の窮地も忘れ、バーガーの真意を知りたい、とさえ思い、覚悟を決めた。

「……乱暴にされたくは無い。あなたには逆らわない。だから、押さえつけるのは止めてほしい……」

そう言った古代に、意外にもバーガーは従い、戒めの手をほどいた。
「あなたは男が好きなのか」
「……」
問いに答えぬバーガーの視線のもと、古代はジャケットを脱ぎシャツを下から捲り上げ、脱ぎ捨てた。
まるで決闘前であるかのように険しい表情のバーガーもまた、ベストを脱ぎカマーバンドを外し床に落とす。
シャツのボタンを一つずつ外してゆくときも古代から視線を外さない。


感情を伴わない行為は初めてだ。
自分にはバーガーに対して特別な感情は無く、それはバーガーとて同じだろう。
バーガーの表情には、自分に向けられた欲望など微塵も見受けられない。


裸体になったバーガーの、軍人らしい堅く引き締まった体には無数の傷跡が残っている。頬の傷跡といい、
若い士官ながら前線で幾多の戦闘を戦い抜いてきた、心身共に良く鍛えられた戦士であることが知れた。

「……ザルツ人を抱いたことはあるのか」
「無い。お前はどうなんだ。ガミラス人とヤったことは?」
逆にバーガーに問われ、古代は黙って首を横に振った。
先刻までの態度とは打って変わって、バーガーは静かに古代の頬に触れ、爪で撫でる。
「色が全然違うな。…当然か、二等ガミラスって言ったって所詮異星の人間だ」
その指は頬を滑り、固く結ばれた唇をなぞる。

バーガーの顔が近づいてきた。古代はそっと目を閉じる。不思議と恐ろしくは無かった。
煙草の匂いがする。地球もガミラスも煙草の匂いは同じなのか、と妙な共通点に気付いた自分が可笑しくもなる。

唇が触れあう瞬間、「許せ」とバーガーが微かに囁いた。

口づけの感触に、ガミラス人も地球人も違いは感じられない。ただ、絡め合う舌に煙草の苦みを感じた。

不思議だ、と古代は思う。
昨日出逢ったばかりの男、しかも異星人とこうして肌を重ねているなんて。
バーガーは一体何を考えているのだろう?それともこれがガミラス軍の流儀なのだろうか?

「あ」

剥き出しの乳首に歯を立てられ、古代は思わず声をあげた。甘噛みのあとにくれる舌が優しい。
「あぁ、」
胸を突き出すように背が反り返る。指の腹でそうっと捏ねられ、体が捩れる。
「あ……あ……」
緩く開き喘ぐ口元に、「好いんだな」とバーガーが囁き、唇を寄せる。
青い手は体の側線をなぞり腰を撫で、更にその下へとのびてゆく。ここまできて恐ろしくなったが、逃げ出す
ことは出来ない。助けを求め声を上げれば自分達はここで対立し、脱出どころではなくなってしまう。
耐え、そして委ねるしかなかった。

その表情に覚悟を見てとったのか、バーガーは「酷くはしないぜ」と囁き、縮こまったままの古代の
性器をそっとその手に包み込んだ。
「ううっ」

快感よりも戸惑いと心細さが先行し、古代は思わず「バーガー」と名を呼び、自分を見下ろす男の首に手をまわす。
「怖いのか」
「こわく、…ない、……」
「ここは怖がってる」
「ちが……」
バーガーは古代の言葉を最後まで聞かず、頬に、そして耳に口づけ、古代の髪を除けるようにし首筋にも
唇を落とす。それに合わせ悩ましげなため息が古代の唇から漏れた。

普段誰にも触れられることのないうなじにも口づけられ、舌で愛撫され、まわした腕に力が入る。
バーガーの右手はそんな古代の反応を見極めつつ、握る手の力を加減していた。
「肌の色の違うのが気になるなら、目ェ閉じてろ」
耳にかかる彼の吐息と低い声に背筋が震え、体内に激しく血が巡り始める。
古代は声のする方へと向き、自ら口づけを求め唇を寄せた。バーガーは黙ったままそれに応える。
薄く目を開くとバーガーの頬の傷跡が見えた。
「ん、……」
幾度も唇を合わせ、そして離すうちにバーガーの手のなかで自らが兆しをみせていることに気づき
不思議ではあったが興奮してきた。



再びバーガーの唇が古代の肌を滑り降りてゆく。
なだらかな胸、引き締まった腹、その若く艶やかな肌へ彼は幾度も口づけ、時にきつく吸い己の跡を付ける。
素肌に感じるひんやりとした外気と、バーガーの熱い吐息にぶる、と震え古代は「バーガー」と呼んだ。
「どうした。もう欲しくなったのか」
勃起したペニスをいささか乱暴に掴まれ古代は思わず「ああ!」と叫び、バーガーは慌てて古代の口を塞ぐ。
「気を付けろ、あまり大声で喚くと誰か覗きに来るぜ」
それだけを言うと手を離し、バーガーは古代のペニスを扱きながら唇を寄せ、
「我慢しろよ、コダイ」
と言うと口角を吊り上げ意地悪く微笑み、そしてペニスを咥えた。
「んっ」

はじめはやんわりと、そして次第にきつく吸い上げられ悲鳴を上げそうになるのを必死にこらえ、古代は
手の甲を口に押し当てた。そんな古代を嘲笑うようにバーガーは口の中で張り詰めた亀頭を押し潰すように
圧迫し、その先端を舌先でくすぐる。古代は「あ、ぁ、…、や、め……」と息も絶え絶えになりつつ、
バーガーが弄ぶままにベッドの上で乱れた。片足に引っかかっていた下着も何時の間にか床に落ちている。
快感に脚が開く。今までの航海は緊張の連続で、このような感覚は本当に久しぶりだ。
雪の姿に心をときめかせはするものの、性の対象として捉える心の余裕はまだ無い。

しかも、同性から与えられる快楽は─────

古代の閉じた瞼に、やつれた兄の姿がぼう、と浮かび上がる。

兄さん。

俺の全てだった兄さん。



「何だ、男を知ってるんだな、お前」
同性の異星人に愛撫されているのに一切の抵抗を示さない古代の本性を見抜いたのかバーガーは
安堵したように「なら、楽しもうぜ」と笑った。








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