もう、振り返らないで


              

≪第一章≫

 そうして新たな闖入者を迎え入れた翌朝。

 未だ諦めきれないのか、この大和ホテルの出口を求めてやっきになっている沢村達を尻目に、
メルヒはそっと上官であるバーガー少佐に近寄ると眉を顰め、ネレディア大佐やバーレンにも
聞こえぬよう
「本当にあいつら、ザルツ人なんですかね?」
と囁いた。
「どうしてだ。ザルツじゃ無いにしろあの軍装はガミラスのものに間違い無い。ということは
俺たちの味方ってことでいいんじゃねぇか?」
しかも、こちらが発信した救援信号をキャッチしてこんな妙ちきりんな所までやって来た奴等を、
たとえザルツ人では無くてもぞんざいに扱えはしないとバーガーは思っている。
「スパイだってことも、考えられるのではないですか」
「スパイならあんなバカみたいに出口を探したりはしねえだろうよ。もうちっと利口だろ。それにメルヒ、
俺たちを探って何になる?……まだ第6空間機甲師団が健在だった頃ならまだしも、な」

 彼等の元々の所属師団である第6空間機甲師団の名を口にしたとき、バーガーの表情は僅かに曇った。
帝都中央司令部の制止を振り切ってまで師団の仇を討とうとテロンの艦、ヤマトを追い求めていたのに
こんなわけの分からないホテルに閉じ込められてしまって、打開策を見いだせぬままおよそ4日の時が
過ぎている。

いかに科学の発展したガミラスといえど、宇宙にはまだ多くの謎が秘められており、時として人智の
及ばぬ次元が当然のように存在するこの広大な暗闇と光の空間には脅威を抱かずにはいられない。
閉じ込められたこの空間も非常に奇妙だ。
時は経つが激しい空腹に襲われることもなく、一日ホテルをうろつきまわり、出口を求めさまよい歩き、
夜を迎えてもさして眠くもならない。おそらくこの惑星の自転周期はガミラスのそれと比べ随分早い
のだろうと察したものの、時計も無く客観的判断が全く出来ない。バーガーよりも随分若いメルヒは
惑わされ空腹を訴え、そして夜は泥のように眠っている。
しかしバーガーは己の体が感じている違和感を信じていた。

だがいかにこの空間の時の経つのが早くても、いずれ自分も空腹に苛まれ、やがて餓死するのは
必定だ。体力のあるうちに何としてもここから脱出せねばならない。
その為にはザルツだろうが何だろうが、仲間は必要だった。


 今となっては懐かしい師団名を聞き、そして上官の胸の内を察したメルヒは異論を唱えたいのを堪えた。
が、ピアノを弾いていたネレディアが、二人の会話を聞いていたのか、
「そうね。極秘任務だって言っていたけれど、本当かしら?」
と、口を挟んできた。バーガーは無言のまま顔をあげジロリと彼女の背中を見つめる。
鍵盤の上をネレディアの細い指がゆったりと行き交う。
メルヒは警務艦隊の大佐が自分に同意してくれたものと思い喜色をその顔に浮かべたが、直属の上官が
黙っている以上部下の自分が口を出すのはもってのほか、と沈黙を通しバーガーの言葉を待った。

「今、気にしなきゃならねぇのは、奴等の正体じゃ無い。どうやって此所から脱出するかだ」

バーガー自身にもザルツ人をはじめとする二等ガミラス臣民に対しての偏見はある。七色星団会戦の折にも
重要な作戦任務にザルツ人部隊を登用したドメル司令に対し反感を覚え、閲兵式であからさまに
『信用出来るか怪しいものだ』と言い放ったくらいだ。しかし、あのザルツ人たちは彼の非礼に対し、
国家への忠誠を示してみせた。彼等の歌うガミラス国歌に皆の心が一つになった。
あのとき、ドメル司令もハイデルン大佐も、誰もバーガーを責めなかったことがむしろバーガーを深く反省させる
ことになり、そして今に繋がっている。

信頼に、人種は関係無いのだ。

─────だが、テロン人だけは別だ。

そのとき、バーガーの胸のうちによからぬ想像が黒い翼を広げた。

わざわざドメル司令が重要な任務にザルツ人部隊を用いたのは、彼等の容姿にあった。
テロン人はザルツ人と同じ肌の色をし、頭髪や瞳の色も似通っているのだという。
彼等はヤマトに潜入させるのにはもってこいの人材だったのだ。

ならば。

あのときとは逆に、ザルツ兵のなりをしたテロン人が潜入したということも有り得ない話では無い……?


コダイ。サワムラ。ニイミ。アイハラ。キリュウ。

ザルツ人の名はガミラス人の名に近いものが多い。併合されてガミラス風の名を名乗る者が増えたせいだ。
しかしコダイ等の名は聞き慣れぬ、いや、聞いたことの無い名ばかりで酷く発音しにくい。
よほどザルツの田舎の出なのかとも思ったが。

まさか。


 ネレディアの左手は同じ音を叩き続けているものの右手の奏でるメロディは何時の間にか半音ずつ
下がって、崩壊する寸前の奇妙な緊張を孕む不協和音を響かせている。
音楽に関心も無く素養も無いバーガーは異変に気付くはずもない。

ピアノを弾き続けるネレディアの瞳が前を向いたまま氷のように冷たく光った。










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